064:過去
ライは、近くの机から適当な紙を取り出し、羽ペンで家系図を描きだした。
まずは、この国のことをよく知らない三人に、基本的なことから説明する。
「俺の命が狙われてる理由は、王家の王位継承権争いだ。それしか考えられねえ」
「……王位継承権」
「この国の現王、要するに俺の父にあたるわけだが、ガルドラ王には三人の子供がいる」
一人目の子供が、第一王女であるレイチェラ・リューベ・ドラゴニア。
「姉上は、側室の侯爵家の女性との間に生まれた。かなり剣の腕が立つ」
「え、どれくらい?」
「んー。直接剣を交えたことはねえけど、まあ、ジェスと試合して、勝てるかどうかってとこじゃねえかな」
ジェスの剣の腕は決して低くない。まあ、エデルのようにとてつもなく強い女剣士もいるわけだが、王女がそうであることに、マリラとアイリスは驚く。
二人目の子供が、第一王子であるファルトアス・サフィーラ・ドラゴニア。
「兄上は、正妃であるサフィーラ公爵令嬢の子供だ。ただ、生まれつき足が悪くてな。生まれ持ったものだから、神聖魔法で癒すこともできないとかで」
「あ、はい、そうですね……」
アイリスは頷く。神聖魔法は、毒や傷、呪いなどを治すことはできるが、人本来の寿命を延ばしたりするような魔法はない。
そして三人目の子供が、レオンハート・エムロイド・ドラゴニア――ライである。
「一応、第二王子。母上のエムロイド家の地位は低いけど、それでも王の子供だからな。現王がいい年して伯爵家の若い娘を見染めて、強引に側室にしたとか何とか」
「はあ……」
その辺の貴族の力関係などに疎いジェスは、曖昧に頷いた。
つまり、この王家には三人の王位継承権を持つ者がいて、それぞれ母親が違うということらしい。
「何かもう、争いの火種しか見えない感じだけど……。でも、この国の王位継承権の順位はどうなってるわけ?」
普通に考えれば、母親の地位も低く、王子としても二番目であるライには、王位は回ってこないだろう。なら、継承権争いとは、無縁な気がするのだが……。
マリラの疑問に、ライは深くため息をついた。
「そこだ。この国は建国当時、戦乱が多かった。そもそも建国王が、剣でのし上がった伝説があるからな。そこで、ドラゴニア国には、実力、特に剣を重要視する風潮があって――王位は、継承権を持つ者同士で、剣の試合をして勝った者に与えられるんだよ」
ライの説明に、一同は驚いた。
「ええーっ?」
「フォレスタニアの国の王は、生まれた順位とかで明確に決まるんだって? ボンクラが王になるかもしれないけど、それは脳筋が選ばれたら、ここでも一緒だよなあ……。ちなみに現王も、先王の第二王子だった。伯父上を剣で下して、王位に就いた」
「剣、でって……」
確かにこの城の兵の動きは決して悪くない。辺境警備の兵を各地に配置していることからも、かなりの兵力があり、武に重きを置いていることは分かる。
しかし、王が自ら前線に立つわけでもなし、王が剣の優劣で決まる必要があるのだろうか?
「昔からの習慣だよ。つうか、武術に長けていれば、王家の血筋さえ二の次なんだぜ? 王が若くして死んで、王に見合う力のない王位継承者がいなかった時、国一番の兵士長が一時的に王になった時代さえあるらしい」
それは、幼い王子が育つまでの暫定的なものであったらしいが、とにかく剣の実力がなければ王に相応しくない! というのがこの国の考え方らしい。
「で? その王位決定の試合とやらは、もうライはしたわけ?」
「してない。俺も国を出た当時は成人してなかったからな。その試合は、現王が死んだり、治世不可能な状態になったりした時、または現王が王位を譲るべきと判断した時に行われる。現王はピンピンしてるからな。まだ先だろ」
ここまで説明されて、話が見えてきたマリラとアイリスは、続きを促す。
ライは言いにくそうに頭をかいた。
「まあ、何だ。第一王女は、剣の腕が立つとはいえ女性。第一王子は、生まれつき足が悪い。そして第二王子は、特に健康上の問題はなさそうな男子で、剣も教えたらそれなりに覚えるらしい。王位継承の試合が行われる頃には、最も若くていい年頃だと思われる――」
「そう……つまり、この国の次の王に最も近いところにいるのは、ライってわけなのね」
マリラが続きを引き取ったが、ライは首を横に振る。
「俺にその気はねえし、本気でやっても、あの姉上に勝てる気はしねえけど……。だが、俺が王になれるって考える奴もいるだろうよ。それが面白くないって思う奴もな」
だから、とライは続けた。
「この王宮で出されたものを受け取る時は、絶対に油断するな。食べ物や飲み物であれば、必ず毒見した上で」
一同は緊張して、特にアイリスはしっかりと頷いた。
唯一、毒を治療できる〈浄化〉の魔法が使えるアイリスは特に気を付けないといけない。
「衣服も、渡されたものは着るな。毒針が仕込まれている可能性があるからな。行動する時もできれば、一緒の方がいい」
「ライ……」
「暗殺されるのはもう御免だ。……それが俺がこの国を捨てた理由だよ」
緑の鋭い目が、過去を思い出して、辛そうに伏せられた。
雪のような純白の髪を持つ美しい女性――レイチェラ王女は、第二隊の隊長であるアルロスの報告を聞いて目を丸くした。
「……レオンハートが、この城に戻ってきた?」
「はい。数名の供を連れ、闇に乗じて城に忍び込んでいたところを、第二隊が発見しました。――今は自室にいらっしゃいます」
「何でまた……」
聞けば、宝物庫に隠れ潜んでいたという。ただの賊に落ちたとは思えないが……。
「申し訳ありません。私にもその真意は分かりかね……」
「謝るべきはそこではないでしょう。賊の侵入を許すなど、王城警護が聞いて呆れます。少し弛んでいるのではなくて」
「申し訳ございません」
厳しい言葉に、アルロスは平服する。王子が手引きしていたとはいえ、これはアルロスの失態である。
「とにかく王城の警備を見直しなさい、早急に。それとアルロス、このことを知っているのは?」
「ご報告致しましたのは、レイチェラ殿下が最初でございますが、私の部下もレオンハート殿下の件を知っております」
まず自分に報告に来たという言葉を聞き、レイチェラは満足そうに微笑む。
「そう。妙な噂が広がる前に、私から陛下にお伝えした方が良いでしょうね。どうせすぐ広まるのです。ファルトアスと、ジャズデン隊長にも、貴方から伝えておきなさい」
「はっ」
アルロスは短く答え、王女の部屋を後にした。
アルロスがファルトアス王子に同じ報告をしに行った時、ファルトアスは深い青色の目を、本に向けたまままるで動かしもしなかった。
「そうか、レオンハートがか」
「……ご存じだったのですか?」
あまりにも動じていない様子に、アルロスは疑問に思って聞いたが、ファルトアスは表情一つ変えなかった。
「まさか」
「……いかがなさいますか?」
「どうせ陛下の相手は姉上がするだろう。すぐに招集されるだろうし、私は何もしないさ――」
「……。」
アルロスはこの第一王子が苦手であった。レイチェラのような厳しさはないが、感情を表に出さないが故に、底が知れない。
「君も忙しいだろう、下がっていい」
アルロスが出て行った後、ファルトアスは杖をついて立ち上がり、読んでいた本を棚に戻した。彼が歩くたび、コツ、コツと、杖が床を突く音が響く。
ふっ、とファルトアスは静かに笑った。
このタイミングで帰ってくるとは、あの弟は事態を引っ搔き回してくれる。さて、これからどうなることか。




