063:王子
「ぐあっ」
ジェスは、宝物庫の前にいた見張りの兵士を、不意打ちで襲って気絶させた。
「僕はここで見張ってるから」
「ああ」
ジェスが曲がり角で辺りを伺っている間、ライは宝物庫の鍵穴に針金を突っ込み、乱暴に擦る。鍵が開くまでのほんの数分が、永遠にも感じられた。カチ、という音を立てて、鍵が外れる。
宝物庫の中に入り込み、扉を閉じる。見張りの兵士も引きずって中に入れておいた。ここに来るまで、ごく限られた数の兵士としか合っていないし、全て眠らせるか気絶させるかしている。うまくすれば、まだ侵入は気付かれていないはずだ。
「よし、探すぞ。秘薬は王家の紋章が描かれた小瓶のはずだ」
「はいっ」
輝石を取り出し、宝物庫を照らす。一行は手分けして、宝物庫を探した。
さすが王家の宝物庫というだけあり、広い部屋の中に、絵画や壺といった美術品や、剣や盾なども置かれていた。
それぞれがかなり値打ちのあるものだと思われたが、それらは無視して、竜の秘薬だけを探す。
(ちっ……確か記憶じゃ、そんなでかい瓶じゃなかったはずなんだよな……)
ライは苛立ちながら、辺りを見渡す。仲間達も手を止めずに、必死にその秘薬を探していた。
それにしても、敢えて何も言わなかったが、誰も他のお宝に手をつけようとはしないらしい。
(ま、そんな余裕ないけど……皆、真面目だよな)
「アイリス、どう?」
「駄目です……こっちにもないです」
宝物庫中を探したが、それらしい薬の瓶は見つからなかった。
「ちっ……ここじゃねえのか?」
ライは焦った。竜の秘薬は、ドラゴニア王家の秘宝のはずだが、ここではないのか?
「どうする、ライ?」
ジェスはライに判断を仰いだ。ライは唇を噛んだ。他の場所を探そうにも、リスクが高すぎる。
「くっ……一旦引き上げるしかねえな」
「そうね、かなりの時間ここにいたはずよ」
宝物庫の中をくまなく探すのにかなり手間取ってしまった。日が昇れば、人も増えるし、闇に紛れて逃げるのも難しい。
宝物庫の扉を開ける。だが、その瞬間、一行に剣が付きつけられていた。
「賊め! もう逃げられないぞ!」
「……っ!」
宝物庫の扉の前を、十人ほどの兵士が取り囲んでいた。
咄嗟にマリラが彼らに杖を向け、〈眠りの雲〉の呪文を唱える。
三人ほどの兵士が呪文を受けて倒れたが、兵士たちはマリラが杖を取り出すと同時に素早く散開していた。残りの兵士達が、ジェス達を取り押さえようと向かってくる。
ジェスはそれを素早く避け、返しざまに一人の兵の剣を跳ね飛ばした。だが、多勢に無勢だ。四方向から同時に囲まれ、床に押さえつけられる。
「きゃあっ! んんーっ!」
「大人しくしやがれ!」
洗練された兵の動きは、マリラやアイリスをあっという間に羽交い絞めにした。魔法使いと見るや、素早く口を塞いでくる。
「こんな子供が忍び込んできたとはな! だが我が王は賊には容赦しないぞ!」
「ううっ!」
アイリスが強い力で抑えられ、苦悶の表情を浮かべる。
「やめろ!」
ライは叫んだ。だが、賊の言葉に止まる兵たちではない。その剣で、ライを壁際に追い詰めようとしたが――
「待て!」
兵士達に指示を出していた若い男が、それを鋭く制した。その言葉に、ライの寸前で刃が止まる。
「ら……ライ、逃げ……」
押さえつけられながら、ジェスは必死にライの方を見た。だが、ライは動きを止めたまま、兵士達の隊長を真っ直ぐ見た。
「――離せ。彼らは俺の客人だ。無礼を働くことは許さない」
その声は、今までに聞いたこともないような、冷淡な口調だった。
(ライ……?)
ジェスも、マリラも、アイリスも、事態が飲み込めない。
「賊ごときが何を!」
ライの言葉にいきりたつ兵だったが、兵士の隊長は慌てた様子で部下の兵に指示を出す。
「待て! 剣を下げろ!」
「隊長……?」
「よう、アルロス。隊長とは偉くなったもんだな」
ライはそう、兵士達の隊長に声をかける。
「何故……レオンハート、殿下」
アルロスと呼ばれた隊長の呟きに、兵士たちの間にも動揺が走る。
「知らねえ兵士も多いみたいだから自己紹介しとくか――俺は、レオンハート・エムロイド・ドラゴニア。自分達が仕える国の王子の顔くらい、覚えとけよ?」
ジェス達は混乱していた。
ライが、この国の王子?
しかし、兵士達の隊長の様子からして、それは間違いないようだった。
「一体、どう……」
「話は後だ。さ、行くぜ」
「……なりません、殿下」
ライはジェス達を連れていこうとしたが、アルロスが行く手を遮った。
「貴方は二年もの間、急に行方をくらましたままだったのです! 一国の王子たるものがそんなことが許されると思うのですか! このことは陛下に報告します。その間、殿下とその方達については、こちらで身柄を預からせて頂きます」
「ふん……その、一国の王子とやらは、命は随分軽く扱われてるようだけどな。まあいい。せいぜい、俺たちを逃がさないようにしっかり見張ることだな」
「っ!」
アルロスは続く言葉を失ったようだった。ライは今度こそ、ジェス達を連れていく。アルロスは歯噛みしながらそれに付いて行った。
「お前たちは殿下のお部屋の前にいろ。鼠一匹通すな。報告は私からする」
そうして、ジェス達一行は、見事な部屋――レオンハート王子の部屋に通され、そして軟禁されることになったのだった。
「はーっ」
部屋につくなり、ライは盛大に息をついた。
「はあ、じゃないわよ!」
マリラはそのライに食ってかかった。ライは苦い顔をする。
「……悪い、すまない」
「それは、何に対して謝ってるわけ?」
マリラは苛立ちを隠しもせず、ライに詰め寄る。
「……必ず、皆のことは解放するし、秘薬も探し出す。こんな結果になってすまない」
「違うだろ、ライ」
ジェスが、マリラとライの間に割って入る。
「僕だって、ライが色々と隠しているのには気付いてはいたよ。何かドラゴニアに対して因縁があるんだってことは分かってた。やけにこの城のことにも詳しかったしね……。」
それに、本当のことを言えば、ジェス達はもともとライが偽名を使っていることも知っていた。
魔法学園でライがアルバトロに魔法で操られていた際、ライは自分の隠していた本名を名乗らされていたからだ。
だが、ライはライであることに変わりないし、信頼していたから何も聞かなかった。
「けど、もうここまで来たら、隠し事はないよ。――僕達、仲間じゃないのか。どうして相談してくれなかったんだよ」
「……っ」
ライがはっとした顔をする。
「そうです、ライさん……。私だって、あのやり取りを聞けば、分かります……。ライさんは、この国で、命を狙われているんですか?」
アイリスが話の核心に迫る。
ライと、アルロスという兵士長のやり取り。
逃がさないように見張れ、鼠一匹通すな――それは、ライ達を逃がさないようにする一方で、ライ達に危害を加えるものを近づけさせるなという命令でもあった。
「……。ああ……。悪い……皆を巻き込みたく、なかったんだ」
ライは顔を覆った。
マリラはそんなライを下から見上げ、強い口調で迫る。
「何よ、人には散々偉そうに説教しておいて! 今更、巻き込むも何もないじゃないのよ!」
「……はっ」
ライは苦笑した。
自分が大国の王子と知っておいて、本当に遠慮がない。
ライは、美しい装飾の施された椅子に座った。皆にも座るように促す。
「……そうだな、どこから話すか。俺がこの国を出て――冒険者になった理由」




