060:料理
ドラゴニア大陸について二日目の夜。
日も暮れてきたので、一行は適当な場所に馬を繋ぎ、火を焚いて野営を始めた。
「それにしても、大陸が違えば随分景色が違うものだね」
「そうね。フォレスタニアは森が多かったけど、こっちではあまり見ないわね。地面も固くて乾いた感じっていうか」
ライは武器の手入れをしながら、二人の話を聞いていた。
自分も二年前、フォレスタニアに渡った時はそう思ったものだ。何て緑豊かな大陸だろうと、感心した。
この国に戻ってくることなどないと思っていたが、まさかこんなに早く戻ることになるとは。
「私はずっと、道があるのに驚きました」
「ああ、確かに、街道がちゃんと整備されてるね」
「国の力が強い証拠でしょうね。だからこそ馬で移動する文化が発達できてるんでしょう」
お互いにそんな話をしながら、湯を沸かす。乾燥させた肉などの保存食をもどして食べるためだ。
そうして食事の準備をしていると、不意にジェスとライが、武器を取って立ち上がった。
「……魔物がきてるな」
「うん。マリラ、アイリスと一緒に後ろを守ってて」
「分かった」
マリラも杖を出し、いつでも呪文が唱えられるよう身構える。
「気をつけろよ。こっちの魔物は、フォレスタニアよりも強いぜ」
魔物が飛び出してきたのと同時に、ジェスとライも駆けだした。
魔物は大型の鳥のような姿をしていた。
飛ぶことはないが、鉤爪のついた足で素早く駆けまわり、鋭い嘴で襲い掛かってくる。
「やっ! はあっ!」
その爪と嘴の絶え間ない攻撃を、ジェスは素早い剣捌きで受けきる。そうしてジェスが敵を引き付けている間に、ライの短剣と、マリラの炎が確実にダメージを与え続けた。
最後は動きの鈍くなった怪鳥の翼を、ジェスが剣の一振りで切り落とし、止めを刺した。
「ふう。……食事の前に思わぬ邪魔が入っちゃったね……さてと、どうしよう?」
どうしよう、というのは、野営の場所を変えるかどうかだ。
このまま魔物の死体を放っておけば、血の臭いにつられた他の魔物が寄ってきそうだし、第一気味が悪い。
「うーん……けど、どこに行ってもなんか一緒な気がするのよね。火も焚いたし、この魔物の体を始末する方が早いんじゃない?」
そう言って、マリラは魔物の体と、血が付いたあたりを炎で焼く。これでひとまず生臭い臭いはなくなる。
こんがりと焼けた魔物を見ながら、ライは呟いた。
「ふーん。……なあ、これ、食ってみないか?」
「俺は食ったことないんだけど、魔物も毒さえなけりゃ、食えるには食えるんだろ? 本で読んだぜ?」
この魔物は戦闘の間、一度も毒を使った攻撃をしてこなかったところを見ると、恐らく毒はないはずである。
ライの提案に難色を示したのはマリラだ。
「えーっ、嫌よ、魔物って不味いじゃない」
「いや、そうでもないよ」
ジェスは剣の血を拭い、鞘に納めながら言う。
「僕も食料が不足してた時に、食べたことあるけど、それなりの味の魔物と、不味いのといたかなあ。同じ種類の魔物でも何か違う気がするんだけど」
そういえば最近は食べてないけど、あの違いって何だったんだろう、とジェスは腕を組んで考えた。
その疑問には、意外にもアイリスが答えた。
「その違いは、魔物が命あるものをどれだけ喰らっていたかによると言われています……」
「え?」
「私達人間を含めて、この世界の命あるものは、すべて聖龍の創った恵みです。命あるものが生きるには、動物であれ、植物であれ、命あるものを食べることが必要です」
「ふむふむ」
「一方で魔物は、力の歪みから生まれた存在で、命あるものを喰らいはしますが、それは自身の命にするというより、存在が生まれながらに持つ、飢えや乾きをただ満たすためと言われています」
魔物が命あるものを喰らったところで、飢えや乾きは満たされはしないのだが、魔物とはそういう存在なのだ。
「で?」
「……私たちは命あるもの以外を食べることはできないため、命あるもの以外を食べると、不味いと感じるようにできています。だから魔物は本来、生き物にとって不味いと思うものなんです。ですが、魔物が命あるものを喰らっていた場合、間接的にその命を頂くことになるため、食べられると思うようになるそうです」
「はあ……」
アイリスの分かりやすい説明に、一同は納得した。
というより、さすがアイリスである。龍の創る世界の教えをちゃんと理解し、自分の言葉で説明できるのだから。その辺の教会の神父と比べても、知識は遜色なさそうだ。
「なるほどな。道理でスライムが不味いとかいわれるわけだ。スライムみたいな弱い魔物じゃあ、ほとんど他の生き物を食ってないわけだし……」
「ふーん。じゃあ、ちょっと食べてみよっか。不味かったら携帯食料を食べればいいんだし」
「不味いと思うということは、栄養がないということとほぼ同じですから、食べる意味はないと思いますよ」
「ちょ、ちょっとお……」
生まれながらの冒険者であったジェスはともかく、ライやアイリスまでもが、この魔物を食べることに賛成している。
それでもマリラは嫌だった。
子供の時、村の収穫が悪くなるたびに食べさせられたスライム。吐き気がする程不味かった。
(しかも、今の説明で言うなら、あの頃、ほとんど食べた意味はないってことじゃないのよ……)
マリラは幼い頃のトラウマを思い出し、天を仰いだ。
そうこうしている間に、ライが短剣でてきぱきと魔物の肉を捌き、まだ生だった部分をジェスが火で炙る。見た目だけなら、鳥の串焼きにも近い。
「そうだ、バランの街で海水をちょっと汲んでたんだよね、アイリス?」
「あ、はい。聖水にしようかと持ち歩いていた水ですが……」
「? アイリス、塩水でも聖水ってできるのか? 傷にかけたらすげえ痛そう……」
「あ、はい、飲むのも辛いってことに気付いて止めました」
「それ肉にかけようよ、塩味がした方がいいんじゃないかな」
「あ、はい。どうぞ」
「おお、でっかい肉。こんなん屋台で食ったらかなりするぜ」
和やかに三人は、それぞれ串焼きにした巨大な肉を手にしている。マリラはぶるぶると頭を振った。肉の焼ける匂いが確かに美味そうだったが、あれは魔物の肉だと言い聞かせる。
「マリラ、食べないの?」
「私はいい……こっちの干し肉にする」
そしてマリラは干し肉を湯でもどしはじめた。こっちの方が断然美味しいに決まっている。
アイリスが食事の前の祈りを捧げる。
「じゃあ、いただきます」
「……。」
マリラは、ジェスとライが肉にかぶりつくのをじっと見ていた。……なお、アイリスは念のため、二人が肉を食べて無事かどうかを見届けてから食べるように言われていたので少し待つ。
万が一、魔物の肉に毒があれば、アイリスしか治療できないからだ。
二人は無言で肉を咀嚼し、飲み込んだ。
「……で、どうなのよ」
マリラの問いに、ジェスとライは、手元の肉に視線をやる。
「何かこう……期待したような美味しさじゃない」
「まあ、食べられなくはない」
そして、アイリスも食べてみる。食べてみたアイリスもやや首を傾げた。
「あんまりお肉の味、しませんね。まあ、本当にお肉の味がするような魔物は、相当強い存在ということになるのかもしれませんが……」
「ま、いいや。マリラも食ってみろよ」
「えー……」
悶絶するほど不味くはないのだろうが、美味しくはない。三人を見る限り、そんな印象だ。
ライに渡された肉の塊を、マリラは嫌々ながら、小さく齧る。そして、食べるや否や、目を見開いた。
「嘘、美味しい」
「……はっ?」
ジェス、ライ、アイリスは驚いてマリラを見た。何口も食べ進めていくマリラに、ライは恐る恐る声をかける。
「お、おい、マリラ? 無理してないか?」
「勿論、屋台とか、ギルドで食べる肉料理とかに比べたら断然味は落ちるけど――これ食べられるわね。へえ、意外ね」
そして黙々と食べ進める。
その様子に三人は呆然としていた。
(……味覚って、結局は子供の頃に食った味が基準だもんなあ……)
そういえば、マリラが何かを食べて不味いと言った記憶が、ライの知る限りでは、一切ない。
あまり本人は進んで話さないが、マリラは幼い頃、かなり貧しい生活をしてきたということは何となく感じ取れる。
「……俺、干し肉食っていい?」
「あ、あの、できれば私も……」
こうして夜は更けていった。




