053:聖なる光
古代の魔法で作り出された魔物に、傷一つつけることができない。ジェス達は何か方法はないかと考える。
今はエデルが近くで戦っているため、魔物はまず彼女を喰らおうとその場を動かないが、この状態も長くは続かない。
その時、マルソ院長が前に進み出た。
「皆さん……お逃げ下さい。そして、逃げた修道女たちと共に、近くの街へ……ギールまで向かっていただけますか」
「で、でも!」
「ギールの街には冒険者が多くいると聞きます。そこまで逃げれば、助けが呼べるかも……」
「誰が来たって、攻撃できないことにはどうしようもねえだろ! 大体あんたはどうすんだ!」
ライはマルソ院長に食ってかかった。
「少しでも時間を稼げれば」
そして、院長は手を宙に突き出し、〈聖なる光〉の呪文を唱える。光の筋が、魔物の体に刺さった。
その時――
「グオオオッ!」
魔物が明らかに苦しむ様子を見せた。ジェス達も、エデルも、魔法を放ったマルソ院長さえも、はっとして魔物を見る。
光の呪文で傷つけられた部分は、焼け焦げたような跡ができており、再生する様子はなかった。
「効いてる……」
ライは驚いたように呟いた。マリラの炎では、まるで効果がなかったというのに。威力だけなら、マリラの炎の方がありそうだった。
「つまり、あの魔物には、神聖魔法が有効ってこと?」
「なるほど、ならば」
院長は精神を集中し、二度、三度と魔法で光の弾を放った。魔物の体に確実にダメージを与えていく。しかし――
「くっ……はあ」
院長はがくりと膝をついた。アイリスはそれを慌てて支える。
「魔法の使い過ぎです……!」
〈聖なる光〉の呪文は、神聖魔法の中でも高位の魔法だ。かなり精神力を消耗したのだろう。院長の魔法は効いているが、魔物の体は大きく、まだ倒せるほどには至らない。
エデルも戦況が変わったことに気付き、一旦ジェス達のところに下がってきた。
「……僕達が援護しても、マルソ院長一人では、精神力が持ちません」
ジェスの言葉に、マルソ院長は首を振った。
「命尽きようとも……ここであの魔物を倒さねばなりません。そうしなければ、多くの人が……」
「駄目ですっ!」
アイリスが叫んだ。
「アイリス……」
「命を投げ出すなんて、諦めるなんて、絶対駄目です!」
アイリスは嫌々をするように、首を振る。その様子は、子供が我儘を言うようにも見えるが――その言葉に、マルソ院長は目を開く。
「与えられた命がある限り、私たちは生きなくてはいけません! それが聖龍のご意思です! 私達は戦って――そして生きていくんです!」
アイリスの心からの叫びは――かつて自分が少女に聞かせた、聖なる龍の教えだ。
「だから、だから――!」
アイリスの指先に、白い光が灯る。
「えっ!?」
マリラ、ライ、ジェスは思わず目を見開く。
いくらなんでも――高位の呪文である〈聖なる光〉を、アイリスが今ここで会得したというのか。
しかし、アイリスはその輝く指で、ジェス、ライ、エデルの剣に順に触れた。その輝きは、三人の武器に宿る。
「これは……〈祝福〉!」
院長はアイリスの顔を見る。
「〈祝福〉? それって、聖水を作る呪文?」
ジェスの問いかけに、アイリスは微笑んだ。
「それもありますが、本来は、聖龍の力を、宿す呪文なんです。ですから」
「なるほどな」
ライは白く輝く短剣を掲げ、再び魔物に突っ込む。巨体から繰り出される爪や牙の攻撃を避けながら、素早く懐に潜り込み、腐った体を抉る。穿たれた体は再生せず、〈聖なる光〉で攻撃をした時と同じ効果だった。
「よし!」
ジェスとエデルも、光に包まれた剣を手に、突っ込んでいく。
腐敗の竜に、反撃の兆しが見えた。
「なんと……」
マルソ院長は、目の前で手を突き出し、剣に聖なる力を与えている少女――アイリスを見た。
〈回復〉や〈浄化〉のみならず、〈祝福〉の呪文まで使えるようになっていたとは。旅の途中、確実に修行を積んでいたようである。
「――何ということか……」
無論、院長にも使える魔法であるが、それでも長い年月を経て会得した呪文だ。
それに、だ。
アイリスはこのような絶望的な状況でも――いや、絶望的な状況だからこそ、聖龍の教えを忠実に守り、信じていた。それが今の力に繋がっているのだ。
「……。」
アイリスを、驚きと、そして畏怖の混ざった目で見るマルソ院長を、マリラは視界の端に捉えていた。
マリラの専門は古代語魔法だ。神聖魔法については、そこまで詳しいわけではないが、アイリスの神官としての実力――魔法の実力は、目を見張るものがある。それはアイリスが幼い少女だということを差し引いてもだ。
(ずっと一緒に旅をしていたから、慣れていたけど……)
神託を受けた聖女ではなくとも――アイリスには、間違いなく飛びぬけた才能がある。
魔法というのは、古代語魔法もそうだか、本人の努力より、持って生まれた素質に左右される傾向がある。
本人の修行なくして、才能が開くことはないが、素質のない者はいくら努力しても、高みに辿りつけない――そういったものなのだ。
才能の有無の前に膝をつく、そんな魔法使いを、マリラも学園で多く見たのだから。
(アイリスが、彼女を近くで見ている者に嫉妬されたことは……当然なのかもしれない)
剣に祝福を受けたことにより、戦いの状況は変わっていた。
ジェス、ライ、エデルは魔物の攻撃を避けながら、確実にダメージを与え続けている。
〈聖なる光〉の呪文を直接ぶつけるよりは威力は低いが、計四本の武器が、絶え間なくその体に切りつけていくのだ。
巨大な魔物であるゆえ、簡単には倒れないが、徐々に魔物を追い詰めているという実感があった。特にエデルなど、目にも止まらぬ速さで猛攻を続けている。彼女には疲れというものはないのだろうか、とジェスは思うほどだ。
魔物はその四肢や尾、顎を振り回して、目の前の人間たちを潰そうとする。巨体である魔物の攻撃は当たれば大きいが、体が腐っているせいか、動きは早くはない。ジェス、ライ、エデルは共に素早い動きを得意としており、避けるのは難しくなかった。
(奴が動くたび、腐った臭いのする汁が飛ぶのは嫌だけどな!)
ライはそれを避けながら思う。
魔物は時折毒の霧を吐き出すが、それはマリラの風の魔法によって即座に排気される。魔物の口の正面に立たなければ、問題ない。
「このまま攻撃を続けていけば……」
復活したばかりの魔物を、倒すことができるかもしれない。
そう思った時だった。
「グウウ……グワアアアア!」
魔物はがむしゃらに三人を潰すのを止め、動きを止めて骨だけの翼を激しく動かした。
先ほどまでとは違う動きに、警戒し、三人は目配せをして、瞬時に後ろに引いた。
「グワアアア!」
被膜のない翼を動かしても、風は生まれない。だが、その場にいた誰もが、不吉な予感を――そして、風を操るべく、魔法の力の操作に集中していたマリラは、異常に強いおぞましい気を感じる。
「力の歪み……!」
全身に鳥肌が立ち、気を張っていないと、腰が抜けてしまいそうだ。
ギャアアアア!
次に魔物が咆哮した瞬間、その場でぐにゃり、と空間が歪んだように見えた。
「キイキイキイキイ!」
魔物が作り出した空間の歪みから、大量の魔物――血吸い蝙蝠が現れ、一気に襲い掛かってきた。




