005:山賊の正体
貿易の街ルーイェから、冒険者の街ギールまで、品物を載せた荷馬車が向かっていた。今回の依頼主である商人の男は御者台で手綱を引いている。アイリスは男の隣で御者台に座りながら、祈りを捧げていた。
ジェスとライは、それぞれ馬車の前と後ろについて歩いていた。マリラは、荷物と共に、馬車の幌の中にいる。
今回の依頼は、ルーイェからギールまで品物を運ぶ商人の護衛だった。本来、この二つの街はそれほど離れておらず、二つの街の間にある森を迂回して進んでも、一日程度で到着する。強い魔物が出ることもほとんどない。なのにこうして護衛を必要とするのは、最近、山賊が出るからなのだという。
「かなり手練れの者達だと噂が立っています」
依頼主の商人はそう言った。
「私の知り合いでも、従者に荷物を運ばせたら、山賊にやられて帰ってきたというものが多くおりまして……」
そこで冒険者の護衛を雇う商人が増えた。普段ギールの街にいるジェス達が、わざわざルーイェまで出向いて仕事を受けたのも、この護衛不足のためだ。
ジェス達は周囲を警戒しながら、進んで行った。
「手練れの山賊ねえ……どう思う、マリラ」
「うん?」
ライは、幌の中にいるマリラに声を掛けた。マリラは窓から顔を出し、ライに返事をした。
「どう思うって」
「俺もちょっと情報収集したのさ。相手が何人くらいいるのかとかな」
「で?」
「そしたらかなり数の多い集団だっていう噂だった。だが、そんな山賊団がこの近辺にいたら、商人が襲われる事件が起こる前に、目立つと思わないか?」
この辺りは、冒険者の街だけあって、人の出入りは多い。だが、それほど治安の悪い地域ではない。
「……賊に襲われた人達って、全員殺されてはいないのよね?」
「ああ。荷物だけ奪われているらしい。だとしたら、相手の人数くらいはちゃんと見てるはずだ……」
ライはどうも話に違和感を覚えているらしい。マリラも考えた。もし相手がかなりの集団だとしたら、自分達四人で、相手になるだろうか?
その時だった。
「……きゃあ!」
アイリスの悲鳴に、ライとマリラははっとした。ライは走って馬車の前へ回り込む。
「おい、ジェス!」
先頭を歩いていたジェスが、道に倒れていた。
「何があった!」
「い、いきなりジェスさんが倒れて……」
そう言ったアイリスも、急にぐらりと体が傾き、力が抜けてその場に座り込む。その横にいた商人の男も、いつの間にか手綱を手から放し、座り込んで――寝息を立てていた。
見覚えのある光景に、ライははっとする。瞬間的に息を止め、精神を集中させた。
「くっ……」
だが、猛烈な眠気がライを襲う。これは、〈眠りの雲〉の呪文だ。マリラが、よく使う魔法の一つ――。
「魔法ってのはずるいよな」
以前、ライはそうマリラに話したことがある。
「ずるいっていうのは、何が?」
「いやあ。剣で戦う場合、避けたり受けたりできるだろ。けど魔法が相手じゃあ、どうしようもないからさ」
「そんなことはないわよ」
マリラは首を振った。
「魔法っていうのは、誰でも使うことができる力。自分の中にある魔法力を活性化させる。だから、精神を集中させて自分の魔法力を活性化させれば、相手の魔法に対抗することができるのよ。もちろん、相手の魔法使いの実力にもよるでしょうけど」
――とは、言っていたが。精神を集中させて魔法に耐える訓練など、ライはまともにしたことがない。
だが、ここで倒れるわけにはいかない。ライは短剣を抜き、それを自分の腕に押し当てた。鋭い痛みが走る。歯を食いしばり、痛みと眠気の両方を必死に堪えた。
「眠るわけにはいかないんだよ……!」
その時、馬車のすぐ横の草の茂みから、怯えたような声が聞こえた。
「ひいっ!」
茂みからはガサガサと何かが動くような音がする。あそこに賊が潜んでいる――。
その瞬間、マリラが素早く樫の杖を茂みに向け、気合を込めて呪文を唱えた。
〈眠りの雲〉の呪文が、的確に賊の隠れている茂みを包み、中から男が前のめりになって倒れてきた。男は、灰色の長いローブを着ている。
「……魔法使いが、賊だったのか」
「……どういうこと?」
「さあな、まずはこの男を縛って、目が覚めるのを待つとするか……おい、マリラ?」
マリラは、呆然とした表情で、倒れた男を見ていた。
しばらくすると、ジェスとアイリス、それから商人の男も目を覚ました。マリラの〈眠りの雲〉の呪文の時より、ずっと起きるまでの時間が短い。それは、相手の魔法使いの実力が、マリラよりも下ということを示していた。
「自分で自分の腕を刺して、魔法に耐えるなんて……」
「そんなことしても、基本的には無駄なんだけどね……」
魔法の眠りは普通の眠りとは違う。激痛の中でも魔法を使えば相手を易々と眠らせることができる。だが、そのライの気迫に驚いて、敵の魔法使いの精神集中が解け、居場所が分かったのだから、結果的には無駄ではなかったが。
そのライの傷は、起きてきたアイリスが〈癒し〉の呪文で治していた。アイリスがライの怪我を治している間、ジェスとマリラは魔法使いの男を縛り上げた。目が覚めた男は、観念したように今までのことを白状した。
「……ああ。今まで商人を襲ったのは、私だよ」
物影に身を隠し、〈眠りの雲〉の呪文で商人を眠らせては、金目の物を奪っていたという。
「信じられない。手練れでかなりの人数の山賊という話じゃなかったのか」
商人の男は、こんな痩せっぽちの魔法使いの男が一人でこれまでの盗みを働いていたことに驚いた。
「仲間がいるんじゃ?」
ジェスはそう聞いた。魔法の杖も取り上げられ、なすすべもない男は、必死に首を横に振った。
「本当だ!」
「けど……」
ジェスは首を傾げた。この男が嘘をついているようには見えない。ライは溜息をついた。
「ああ……。これは俺の想像なんだが、恐らく最初に襲われた……商人の従者だっけか? は〈眠りの雲〉の呪文に襲われたことが分からなかったんじゃないか。で、居眠りしている間に荷物が盗まれたと思って、嘘をついたんだろ。手練れの山賊に襲われたってな」
「……じゃあ、他の事件も……」
ジェスの問いに、ライは多分な、と言った。
「一旦山賊の噂が広まってからは、皆居眠りしている間に荷物を取られた奴らは山賊のせいにするようになった……ってとこだろうよ。俺達は、普段からマリラの魔法を見てたから気付いたけど……」
その時、縛られていた男がぴくりと反応した。
「マリラ?」
男から、名前を呼ばれたマリラは、ゆっくり首を振った。
「……どうしてなのよ」
マリラは、悲しそうな目で、縛られた哀れな魔法使いを見下ろした。その様子に、マリラを除く全員が、驚く。
「あの……知り合いなんですか?」
遠慮がちに聞くアイリスに、マリラはゆっくりと頷いた。
「どうして……どうしてあなたが、こんなことをしたの……シャイール」
シャイールと呼ばれた男は、唇を噛んで俯いた。