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青空の冒険者  作者: 梨野可鈴
第四章 修道院の聖女
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049:力の歪み

 ジェスとライは、エデルと共に修道院の庭で警護にあたっていた。外から魔物が侵入したら、すぐに対応できるように構えている。

「……そういえば、ジェスは前回の武芸大会には出なかったのか」

「え?」

「先々月、ディーネの街で開かれたんだが」

「そうなんですか、依頼で遠くに行っていたので知りませんでした」

 遠くに、というか、その頃ジェス達は森の中で迷っていた。何しろ、気がついたら半年も経っていたのだ。

「そうか、残念だな。良かったら、軽く手合わせしてもらえないか」

「いいんですか? 光栄です」

 ジェスとエデルは剣を抜いた。その様子に、ライは苦笑しながら注意する。

「あんまり本気でやらないでくれよ? いざって時にバテててもらっちゃ困る」

 二人の剣士は、軽く剣を打ち合わせ始めた。互いに相手を倒すためのものではなく、打ち込みには力を込めていない。しかし、両者とも動きは速く、まるで剣舞のようだ。

「速い――腕を上げたな」

 エデルはそう言った。実際、彼女の左のレイピアは、ジェスの攻撃を受けるのにだけ使っていて、攻撃に転じる余裕はなかった。

 だが、ジェスも切り込む余裕はない。少し息が上がってきたところで、二人は剣を下ろした。

「……やっぱり強いですね。どうしたらそんなに?」

 尋ねるジェスに、エデルはふう、と息をついた。

「……ただ必死に強くなることを求めただけだな。いや、そういうことを聞きたいのではないか」

「……いえ」

 軽い気持ちで聞いたのだが、それが憚られるような気がして、ジェスは首を振った。その時だった。

「おい!」

 ライが修道院の敷地に、魔物の姿を見つけた。


 すぐさま、エデルは抜いたままの剣を構え直して駆け出し、一閃のうちに魔物を切り裂いた。

「キキャーッ!」

 建物の陰から、他の魔物が飛び出してくる。その鉤爪がエデルに触れるより速く、彼女のレイピアが空を舞った。

「小鬼だ!」

「いつの間にこんな!」

 魔物は次々、どこに隠れていたのか飛び出して、ライやジェスにも跳びかかってくる。猿のような魔物は集団で跳びかかってくるが、ライとジェスも背中合わせで戦い、それらを一匹ずつ確実に倒していった。

「キキッ!」

 残り二匹となった時、小鬼はジェス達に背を向けて走り去っていく。

 エデルは、修道院を囲む塀を蹴って跳び上がり、その上に飛び乗った。そのまま塀の上を走り、逃げた魔物を追う。

「……どういうことだ?」

 ライは倒した魔物を見下ろした。

 この魔物は、空を飛んだり、地面の中を潜ってくるような種類ではないはずだ。今まで見張っていたのに、こんな魔物がこれだけの数侵入してきたことに気付かなかったなんてことがあるだろうか。

 いや、現に魔物は修道院の中にいるわけだが……。

「ジェス、俺たちはエデルと逆回りで、修道院の周りを回るぞ」

「ああ」

 逃げた小鬼くらいなら、エデル一人で問題ないだろう。それよりも、他に侵入していないか見て回らなければならない。

 ライとジェスは、武器を構えたまま走り出した。


「はっ!」

 ジェスは気合を込めた掛け声と共に剣を振り下ろした。ライも短剣を巧みに振るう。ここに来るまで、五匹もの魔物を倒していた。

「くそっ……! 外に出た奴らは何やってんだ」

 今頃、あの筋肉馬鹿たちが修道院の敷地の外で魔物退治をしているはずではないのか。これでは、外で戦っていた昨日よりも魔物が多い。

 いや、待て。ライは、昨日のやり取りを思い出した。

(がはははっ! 俺なんか今日は六体も魔物を倒したぜ!)

(はっ! 俺様は七体も倒したぜ!)

 昨日、つまり、ジェス達五人が魔物退治に出ていた横で――修道院の中の警護にあたっていた彼らは、それと変わらない量の魔物を倒していたということだ。

 修道院の限られた敷地内でそうなのだ。魔物の出現する密度は、修道院の中の方が高いということになるではないか。

「……くっ」

 マリラの言う通りだ。この魔物の出現は何かがおかしい。

「――ジェス、ライ!」

 向こう側から、エデルが走ってくる。彼女もまた、魔物を倒しながら回ってきたらしい。

「どうなっているんだ、これは……こんなに敷地内に魔物が出るなんて」

「こんなこと、なかったんですか?」

「ああ、時々中で魔物を見かけることはあっても、こんなに数が多いことなんて――」

「……おい、待ってくれ」

 ライはエデルに尋ねた。

「今まで、この修道院の中で魔物を見かけていた時、その魔物は、群れじゃなくて一、二匹程度だったのか?」

「ああ、勿論、見かける度に倒したが……」

 ライは考え込む。

 生あるものを喰らうという本能に支配されている魔物にも、一定の知性はある。人間の集落を一、二匹程度の弱い魔物が襲ったところで、返り討ちに遭う可能性は高いことを、魔物も理解している。冒険者や行商人が魔物に襲われるのは、その数が少ないからなのだ。

余程の大群でない限り、基本的に、人間の集落に魔物が入り込むことはないはずだ。

「……もしかすると……」

 呟いたライの足元で、土が不自然に揺れた。


「なっ!」

 ジェスもエデルも、自分達の足元の土がひとりでに動き出し、むくむくと蠢いて形を作っていくのを、驚いて見ていた。

「魔物――が」

 あまりに至近距離に急に飛び出してきた魔物に、誰も動けなかった。

 いや――飛び出したのではない。生まれたのだ。

 発生したばかりの魔物は、その手を、目の前のライに向かって叩きつけた。

「――燃えろ!」

 瞬間、ドン、という音がして、ライの目の前を巨大な火の玉が横切った。

「ぶわっ!」

 熱風に押され、ライは後ろによろめく。魔物は燃えるというより、火に当たった衝撃でバラバラになっていた。マリラとアイリスが、急いで駆け寄ってくる。

「危なかったわね」

「お前の魔法がな……」

 ライは焦げた前髪を触りながら、地面に開いた、土煙がもうもうと立っている大穴を見た。

「マリラ、アイリス!」

「さっきから修道院の建物の中でも大量に魔物が出てる! もう外の警護はいいから!」

「何だって! 魔物は見つけ次第、私たちが……」

 驚愕するエデルだったが、ライは、やっぱりそうか、と呟いた。

「魔物は外から入ってきてるんじゃない。この修道院の中で発生してるんだな」

「……ええ。修道院の中で発生した魔物は、人間が多いことを察知して外に逃げていたのね。だけど、徐々に発生する数が増し、ついには修道院の中で人を襲うようになってきたわ」

「どういうこと? 話が……」

 話の見えないジェスとエデルに、マリラは説明しようとした。

「魔物っていうのは、世界を構成する力の歪みから生まれるの。この力っていうのは、古代語魔法で使う力と同じなんだけど――」

 だが、その説明は、修道院の中から聞こえてくる悲鳴に遮られた。


「くっ……今は中の魔物を倒す方が先か!」

 言うや否や、エデルは双剣を構え、戦場と化した修道院の中へと突っ込んでいく。ジェスもそれを追おうとしたが、マリラが止める。

「待って! いくら魔物を倒しても、元凶を絶たないとキリがないのよ、それに急がないと!」

「どういう……」

「いい? この修道院のどこかに、魔物が出現する元になっている力の歪みがあるはずなの! それを見つけ出してどうにかしないといけないのよ」

「だけど……!」

 修道院の中からは、なおも悲鳴や、物が壊れるような音、争う音が聞こえてくる。マリラの言う通り、元凶を探すのが、結果的には彼女らを救うことだというのは分かっている。だが、目の前で襲われている人を放っておくことなどできない。

 アイリスもまた、辛そうに首を振っていた。今襲われているのは、アイリスと共に過ごした修道院の人々――家族たちなのだ。

 その時、ライは一人、別の一点を見ていた。

「なあマリラ。良く分からねえけど、その元凶ってのがどこにあるか、手がかりはあるのか?」

「……それはないわ……。でも、修道院の院長ですら知らないんだから、どこか隠された空間があると睨んでる」

「ふうん……じゃあ、こうすっか」

 ライは、マリラの〈火球〉の魔法で大穴の空いた地面――その下に広がっていた、石作りの通路を見下ろした。

「俺とマリラでその元凶を探す。ジェスとアイリスは、修道院の中に向かってくれ」

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