046:剣技
ジェス、ライ、マリラ、アイリスと、双剣を腰に差したエデルの五人は、修道院の敷地を出てしばらく歩いていた。
修道院の周辺に跋扈する魔物を退治するためである。ジェス達も魔物の状況を見ておきたい。
「私は少し前にここに来たんだが、魔物の多さに、ここで魔物退治を請け負った。一人では警備が足りないと考え、冒険者を集めるように院長に勧めたんだ」
エデルは、どうやらここにしばらく滞在して、魔物退治をしていたらしい。
「え? エデルさんは、一人で旅をしているんですか?」
「ああ」
言うまでもなく、一人旅は危険だ。当然、魔物に襲われた時も一人で対応しなければならない。それは、彼女の腕が相当立つということなのだが。
エデルは武芸大会で優勝するほどの剣の腕前だ。ジェスもその時剣を合わせたが、まるで歯が立たなかったといっていい。
そうして歩いていると、不意に地面が揺れる。
「来たか!」
振動と共に、土の中から、魔物が飛び出した。
泥まみれの、骸骨のような魔物は、ガチャガチャと骨をぶつからせながら近付いてくる。
「せやっ!」
「はっ!」
ジェスとエデルが、同時に剣を抜き、素早く一体を叩き伏せる。魔物はバラバラに崩れて倒れた。
「まだまだ来るわ!」
一行を取り囲むように、地面に穴がぼこぼこと開き、魔物が次から次へと出現する。軽く十体はいるだろうか。かなり数がいる。
エデルは素早く跳躍し、両手の剣を目にも止まらぬ速さで振るっていく。数体の魔物に同時に襲われても、一体を確実に切り倒しながら、片方の剣で別の魔物からの攻撃を防ぐ。
武芸大会でジェスが苦戦した、攻守ともにバランスの取れた、双剣の見事な技だ。
ジェスとライもまた、それぞれ剣を振るって、魔物を倒していく。
「よし!」
三人の前衛に守られ、マリラは呪文の詠唱に集中することができた。〈火球〉をぶつけ、魔物を吹き飛ばす。
「――まだ穴から出てきてます!」
まだ残りの魔物は地下に潜んでいるらしい。自分達の足元から不意をつけて攻撃されないよう、アイリスは〈護り〉の呪文を自分達の足元に向けてかけた。
魔法の障壁が、五人のいる地面の下に生まれ、今まさにジェスの足を掴もうと、土の下から伸びてきた骨の手が、見えない壁に押されて砕けた。
「よっしゃ!」
残りの魔物たちは、仕方なく少し離れた地面から飛び出てきては、一斉に襲い掛かってきたが――。
「遅い」
魔物たちは、共に素早い動きを得意とする剣士たちに、あっという間に地に叩きつけられた。
地面の揺れや、魔物の気配がなくなったのを確認して、一行は武器を下ろした。
土骸骨は、倒しても剣に魔物の血肉が付くことはないが、泥がついてしまう。ライは短剣を軽く振るって鞘に戻した。
「それにしても、近くで見ると迫力あるわね、エデルさんの剣技」
この戦闘で、もっとも多くの魔物を倒したのはエデルだった。ジェスやライも、決してその実力は低くないが、彼女の剣技はやはりずば抜けている。
ジェスも頷いた。あの武芸大会以降、自分も剣の腕を上げたとは思うが、やはり彼女には敵いそうにない。
「剣の振りが素早いですよね」
細身の剣なのもあるだろうが、彼女の剣技はとにかくスピードで相手を圧倒するのだ。
「私はドラゴニア出身だからな」
彼女は褒められたことには肯定せず、ただ一言そう言った。
「ドラゴニア……どういうこと?」
「ドラゴニアの剣術は、敵からの攻撃を受けることより、避けることを重視する。身軽な装備で俊敏に動き、的確に相手の急所を狙うものだ」
「そうなんですか」
ジェスも剣士なので、興味深く聞いた。
「かつて、古代王国との戦いがあった際、ドラゴニアでは竜と人が激しく争ったことから、このような剣術が発達したそうだ」
竜の爪や牙で襲われれば、どんな鎧を着ていてもひとたまりもない。自然、攻撃はかわす必要が出てくる。
「対して、フォレスタニアの剣術は、重装備を着た戦士のもので、相手の攻撃を受ける動きが多い。こちらは古代王国との戦いの時代に、魔法使いとの戦闘が中心だったことや、魔法の武具が多かったことによるらしい」
フォレスタニアには古代魔法王国があったため、非常に優れた魔法の防具が多く存在した。ならばその防具で攻撃を受ければよい、というのが理由の一つだ。
また、魔法に対しては、精神を集中させて抵抗することになる。体を動かして避けるより、その場で精神を統一して耐える必要があったことから、体を大きく動かさない剣術が発達した。
「なるほど……勉強になるわね」
マリラは感心した。
「というと、ジェスの剣術も避けるタイプだから、ドラゴニアのそれに近いのかしら?」
「僕のは自己流だよ。体格でやむなくそうしている面が強いし」
ジェスの父は、典型的なフォレスタニア流の剣術使いだったのだが、ジェスの動きは、母から教わった盗賊の技に近い。
「そうだな。どちらかといえば、ライの短剣捌きの方が、ドラゴニアの剣術に近い動きだな」
エデルの言葉に、ライは軽く肩を竦めただけだった。
それから一行は、また別の魔物の群れを倒し、また、そこから帰る途中でも二回ほど魔物と戦闘になった。
幸い、魔物自体はそれほど強くはなかったが、とにかく数が多いように思う。
「……本当に、魔物が多いですね」
アイリスの声は沈んでいた。
こうして退治に出ていることが、果たして有効なのかどうか疑うほどだ。
「まるで次から次へと沸いてくるな」
「……。」
マリラは腕を組んで考えた。
やはりおかしい。
急激に魔物が増えた原因が、何かあるように思える。
「まあ、今日は疲れたし、食事にでもしようよ」
ジェスはそう言った。食事は修道院側で出してくれており、礼拝堂に運んできてもらっているという。
「そうね。私も行く。アイリスは?」
「そうですね……」
アイリスは元々ここの修道女なので、食事は、修道女の皆と一緒に食堂で食べるということもできる。
本来、実家に帰ったようなものだし、アイリスもお世話になった皆と共に食事がしたい。だからこそ、あのよそよそしい態度には、どうしていいか分からないという気持ちもある。
「……私も礼拝堂に行きます。他の冒険者の皆さんとも、ご挨拶しておきたいですし」
「そう」
マリラはアイリスの頭を撫で、優しく微笑んだ。
「だな、俺らも明日からは、修道院の警護やら、ローテーションに組み込まれるわけだろ? 相談がてら、行くか」
そう言って礼拝堂に向かって歩き始めた四人に、エデルは背を向けて、反対方向に歩き始めた。
「あれ? エデルさん、食事は?」
「……私は部屋で食べる」
それだけ言って、さっさと行ってしまう。その背中を、ぽかんとした顔で一行は見ていた。
「何だあれ」
ライは思わず呟いた。
実は、集団行動が苦手なのだろうか? 一人旅をしているというのも、何やら訳ありのような気がするが。
「……まあ、行こうか」
廊下を進み、礼拝堂に入る大きな扉を開けた。入って目につくのが、大きな龍の像だ。
その姿に、ジェス達は感心し、アイリスは懐かしさを覚える。
銀に輝く聖龍の像の瞳は、静かに一行を見下ろしていた。