表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
青空の冒険者  作者: 梨野可鈴
第四章 修道院の聖女
42/162

042:監禁

 ジェスは、いつもの冒険者の店で夕食を取りながら、仲間を待っていた。

「おう、ジェス」

 そこに、情報収集をしていたライがやってくる。ライは盗賊であり、ジェスより遥かに人との駆け引きが上手い。情報収集は、ライの役目だった。

「どう?」

「おう、あちこちで話を聞いて、大体の取引場所は見当がついた」

 そう言ってライはニヤリと笑う。ジェスはため息をついた。

「詳しくは宿で聞くよ」

「あと、関係はねえけど、面白い噂を聞いたぜ。最近、子供の神官が、色んな冒険者パーティに同行してるらしい」

「子供の神官?」

 ジェスは首を傾げた。子供が冒険者パーティに同行しているというのは、ジェス自身が幼い時にそうしていたから、まあ良いとしても、子供で神官というのは、かなり驚きだ。

「何でも、癒しの魔法が使える少女らしいぜ。驚きじゃねえか? その辺の教会にいる神官だって、まともに神聖魔法が使えるのは限られてるだろ」

「へえ……」

 そこに、マリラが戻ってくる。袋に詰めた荷物を抱えていた。

「ジェス、ちゃんと揃ったわよ。大きさは私と同じくらいで問題ないでしょ?」

 そう言って少し意地の悪い笑みを浮かべてみせるマリラに、ジェスはまたため息をつく。

「二人とも、どうしてそんなに楽しそうなの?」

「だって、ねえ?」

 マリラとライは顔を見合わせて笑った。



 その頃、アイリスは一人で夜の道を走っていた。しばらく走り、喧噪から離れたところで人気のないところまで来ると立ち止まり、はあはあと息をつく。

「……私の、せいで……」

 アイリスは苦しそうに呟いた。

 事の発端は、アイリスが『獅子の王』と呼ばれるパーティの魔物退治に同行したことだ。魔物を退治して回ることで有名な強いパーティと聞いていた。

 アイリスはその魔物退治に同行していた。結果として、彼らは分厚い金属鎧を着ており、魔物相手にほとんど傷を負わなかったため、アイリスの出番はなかったのだが。

 依頼に成功した彼らは、酒場で祝杯を上げ始めた。

「ははは、さあて、いっちょ乾杯だ!」

 彼らはぐいぐいと酒を飲み干す。アイリスは酒は飲めないので、少し料理に手をつけていただけだったが、その間に彼らはどんどん酔っ払う。やがて、他の客に絡んだり、店の外で暴れたりし始め、ついには他のパーティの冒険者と喧嘩になった。

「いつもいつも迷惑なんだよ! でかい面しやがって!」

「いってえな、何すんだコラ!」

 男達は殴り合う。そんな様子はこの街では日常茶飯事だったが、暴力事に慣れていないアイリスははらはらしていた。

「はっ! 俺たちにはよ、この癒しの神官がついてっからな! おい!」

 大声で呼ばれたアイリスは、びくりと震える。

「俺の傷を治せ! あの男をぶっ飛ばしてやる!」

「えっ……」

 アイリスは戸惑った。

 確かに、彼は殴られて怪我をしている。少し血も出ているようだ。だが、それをアイリスが治せば、彼は回復し万全の体力で相手に殴りかかるだろう。

 そうしたらアイリスは、次はその相手を治すのだろうか?

 それでは――喧嘩はいつまでも止まらない。むしろ、相手を痛めつけ続ける争いが、アイリスのせいで長引くように思われた。

「何だと! そのガキが噂の少女ってわけかよ」

 殴られた男の方も、アイリスを見た。

「おい、あんな馬鹿についてねえで、こっち来いよ。俺らの方が強いぜ?」

「言わせておけば! 手加減しねえぞ!」

「勝った方があのガキをパーティに入れるってのはどうだ」

「望むところだ!」

 そうして、頭に血の上った男たちは、騒ぎながら殴り合う。

 アイリスはその場にいるのが耐えられなくなり、逃げ出した。


(どうしよう……)

 アイリスは人の通らない裏道で、一人座り込んだ。

 自分の存在が噂になっているのは何となく知っていた。どうやら、〈癒し〉の魔法が使える神官が、貴重だということも。

 あんな争いの種になるなら、自分はこの街から出た方がいいのだろうか。

 そんなことを考えていた時だった。

「失礼、君は、アイリスという子かな」

「え……」

 不意に声をかけられ、アイリスは驚いて振り向く。考えに沈んでいて、人が近づいていたことに気付かなかったらしい。

 声をかけてきたのは、黒っぽい服を着た商人のような男だった。

「あ、はい……」

 アイリスがそう答えた瞬間だった。その男は、アイリスに急に掴みかかり、その口を素早く布で覆った。

「ん、ん――!」

 叫ぼうとするが声が出ない。口を押さえる布からは何か甘い匂いがして、嗅いだ途端、アイリスは意識を失った。



「……っ」

 頭がずきずきと痛んだ。

 アイリスが目を覚ました時、見えたのは薄汚れた壁だった。

 ここはどこだろう?

 アイリスは冷たい床に寝転がっていたらしい。起きようとして体を動かすと、じゃら、と鎖が鳴った。

「えっ?」

 アイリスの手と足には、それぞれ鎖が着けられていた。それぞれ、右手と左手、右足と左足を結ばれていて、まったく身動きが取れないという程ではないが、明らかに拘束されている。

 状況が分からず、アイリスは焦って周りを見渡した。

「……気がついたみたいね」

 近くの壁に、女性がもたれ掛かっていた。彼女も自分と同じように手足を鎖で繋がれている。

「こ、ここ、どこですか?」

「あなた、分からないの?」

 女性は明らかに疲れ果てた様子だった。痩せた細い腕が痛々しい。

「は、はい……すみません。確か……あの、捕まって……」

 言いながらアイリスは今までのことを思い出していた。

 妙な匂いを嗅がされて、そして意識を失ったのだ。

 女性はそれを聞くと顔を歪めた。

「……まだ小さいのに、可哀想に……。ここは、奴隷市場よ」

「ど……奴隷ですか?」

 アイリスは目を丸くした。

「あ、あの、人を売ることって、禁止されているんじゃないんですか?」

「……表向きにはね。今でも裏では売られているわ……」

 女性は目を伏せた。

 アイリスは周りを見渡した。窓のない暗い部屋の中には、他にも鎖で縛られた女性が何人かいるようだった。部屋には小さな扉が一つあるだけだったが、閉じ込められているのだから、どう考えても開かないだろう。

「ど、どうしたら……」

 アイリスは怯えて、隣の女性に問いかけたが、彼女は首を力なく振った。


 どうすることもできず、アイリスは黙って座っていた。どれだけの時間が経ったのか、すると、乱暴に部屋の扉が開かれた。

「!」

 アイリスや、一緒に捕まっていた女性たちがびくりと震える。

 そこにいたのは、アイリスを攫った黒い服の商人だった。

 その商人の男は、連れていた女性を、乱暴に部屋の中に押し入れる。

 女性は、押されるがまま、声も出さずに床に膝をついた。やはり手足は鎖で繋がれている。長い黒髪が顔を覆い、その表情は見えないが、ずっと俯いている。

「さーて……もうそろそろ競りが始まる。お前達を売るとするか」

 商人は残忍な笑みで、アイリス達、部屋に監禁している女性達を見渡した。

「……」

 これから、どうなってしまうのだろう。

 アイリスは、ただ心の中で祈ることしかできなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ