038:吟遊詩人
ギールの街に戻った一行は、広場に人だかりができているのを見つけた。
「一体何かしら」
何か面白いものがあるのかと一行は近づいていく。
「んー、おお、吟遊詩人か」
身長の高いライは、人垣の向こうに、金髪の美しい吟遊詩人が、楽器を手に歌っているのが見えた。ちなみに、ライの身長はこの国の成人の平均よりも高い。だが、ジェス、マリラ、アイリスに見えるのは人の背中ばっかりだった。
「へー。吟遊詩人にこんなに人が集まるんだ」
この街では、冒険者の冒険譚や、過去の伝承を歌にして聴かせる吟遊詩人を時折見かけることがある。だが、これほど人気があるのは珍しい。
「聞いてくか? ……といっても、こんな近づけないんじゃ、聞こえそうにないな」
「そうですね」
アイリスは少し残念そうな顔をしたが、一行は引き続き今日の宿を探しに出た。
冒険者の店で、一行は食事をしていた。店の主人に鹿肉を渡して、代わりに宿代をまけてもらっている。
「いや、こりゃ上質の鹿肉だねえ」
「ははは……僕たちじゃ焼くくらいしかできないんで、それで何か作ってもらえると嬉しいです」
ジェスと店の主人がそんなやり取りをしていると、また店の外から騒がしい音がする。酔っぱらっているらしい男の声と、何か揉めているらしい高い声。こちらは女性だろうか。
「……えーと」
「またあの何だっけ……『馬鹿の王』とやらが酔っぱらって女に絡んでんのか」
「……。」
この騒ぎは、もう嫌というほど見てきた光景だ。マリラとライとアイリスは、深くため息をついた。
「大丈夫ですか!」
そして、当然のように店を飛び出していくジェスについて行く。
「放してくださいと言っているでしょう!」
「いいじゃねえか嬢ちゃん」
「お、あれって……」
酔っぱらった冒険者の男と揉めているのは、昼間見た吟遊詩人だった。
「あーもう」
ほとんどやる気なく、マリラは〈眠りの雲〉を唱えた。ばたん、とその場に倒れた男はそのままに、一行は吟遊詩人を助ける。やや寒い季節になっているが、放っておいて凍死するほどではない。
「大丈夫ですか?」
「……あ、は、はい、どうも……あなた達は」
吟遊詩人は、警戒した様子だった。
「この馬鹿は、この辺じゃ有名な荒くれ者かな。あんまり夜は女性がこの辺をウロウロするのは危険だぜ」
ライがそう言うと、吟遊詩人はむっとした顔をした。
「この男も間違えていたようですが……私は男ですが」
「……えっ?」
美しくウェーブのかかった金髪に、整った容姿。華奢な体つきに高い声は、そう言われてもとても男には見えなかった。
「確かにこれだけ綺麗な顔をしていたら、人気が出るでしょうね」
マリラはそう言って目も前の吟遊詩人を見た。
彼はフローライトと名乗った。
「隣のドラゴニアから旅をしてきたんです。やはり古代魔法王国のあった地ですから、色々な伝承があると思いましてね」
「へー……」
この国はフォレスタニアと呼ばれる。人呼んで魔法の大地だ。
かつて古代に、栄華を極めた魔法王国があった地であり、この大陸には各地に魔法の遺跡が存在する。
国と呼ばれているが、この大陸では国としての王を立ててはいない。古代魔法王国の崩壊以来、この地にはそれをまとめる王はおらず、各地で貴族がその領地を治める他、村や街が自治を行う形になっている。
「だったらカステールの遺跡に行けば色々な伝承が聞けるだろうね。かなり遠いけど、さらに南まで足を伸ばして、ディーネの街に行くのも、色々な文献が揃ってていいと思うし」
「ええ。今はその路銀を貯めようと、この街でしばらく稼いでいるところです」
ある程度金が貯まれば、冒険者を護衛に雇って、カステールに向かうという。
「そっか、頑張って」
「では、せっかくですから出会えた記念に、一曲歌わせて頂きましょうか」
そう言ってフローライトは、弦楽器を手にした。
人気の吟遊詩人の歌声が聞けるとあって、店中の客たちが彼に注目する。
「わあ、嬉しいです」
吟遊詩人の歌を聴くのが初めてのアイリスは、目を輝かせた。
「では、古代魔法王国のはじまりと、終わりの歌を」
かつて――まだ人が、言葉を持たず、他の獣と共に野原を駆けていた頃。
竜は、人に言葉を教えた。
竜の言葉は、世界を創る魔法の言葉。
人は言葉を覚え、魔法を使うようになる。
炎の温かさ、光の明るさ、それらを感謝していた。
やがて、人はより大きな魔法の力を探し始める。
竜から教わった言葉より、さらに力ある魔法の言葉を。
人は魔法を操り、そして大きな国を築く。
すべてが思うがままの、魔法の王国。
それでも、人は大きな魔法の力を探し続ける。
世界を飲み込み意のままに操る、大きな力の魔法の言葉を。
それは世界の進化だと、ある竜は喜んだ。
それは世界の崩壊だと、ある竜は怒った。
人と竜は激しく戦い、ぶつかり合う。
王国を拡げよう、世界を手に入れようとする人と、世界を新しい方向に導こうとする竜。
王国に虐げられ、愛する者を守ろうとする人と、神龍が創りし世界の姿を守ろうとする竜。
両者は争い、世界の力は歪む。
戦場に幾多の竜と人の骸を重ね――
栄華の王国は――砂と消える。
人は新しい言葉を覚える。
どれだけ歌っても美しい世界を傷つけることのない、新しい言葉を!
さあ歌おう、愛すべき我らの言葉で――
長い語りを終え、フローライトはふう、と息をついた。
美しい調べと歌に、店中から拍手が起こる。
「素敵な歌でした」
アイリスはそう言って笑う。
「そう言ってもらえると、私も嬉しいです」
彼が歌ったのは、今や伝承となっている古代魔法王国の歴史だ。
「さて、では――」
フローライトは優雅に礼をし、そして楽器のケースを開いた。
「……んっ?」
「私の歌を聴いたのだから、当然でしょう?」
悪びれず、そう言った。
店中の冒険者や客から、お代を取って、フローライトは上機嫌で店を出て行った。ジェス達も当然、いくばくかの銅貨を投げ込んだ。
「……あっちが勝手に歌ったんだろ?」
「あれくらいの逞しさがないと、旅の吟遊詩人はやっていけないんじゃないかしら?」
まあ、いい歌だったので良しとしたが。
アイリスも嬉しそうだったことだし、とライは肩を竦めた。




