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青空の冒険者  作者: 梨野可鈴
第三章 霧と迷いの森
35/162

035:火蜥蜴

 一行は、森が燃えている方向に走った。

「火を噴く魔物……」

 ジェスは、ライから話を聞いて呟いた。

「この森には魔物がいないってのに、そんなヤバい奴が急に出てくるなんてな」

「迷い込んだか、それとも魔法の力が歪んで、発生したか……」

 焦げ臭い臭いがした。敵に近づいているらしい。

「それにしても、またこんな森の中を走って、迷わないかしら?」

 マリラはふと後ろを振り返った。あの天にも届きそうな巨大な樹が見える。あの大木が目印になっている限り、さっきの平原には戻れそうだが、どうもこの不思議な森では、その確証が持てない。

(巨大な森の奥には平原があって、その真ん中には、あの大樹……あんな大きな木、もう少し遠くから、それこそ村からも見えていてもおかしくなさそうなのに……)

「あの霧も出ていませんね」

「ああ……」

 あの前が見えなくなるほどの乳白色の霧はないが、その代わりに森に立ち込めていたのは、灰色の煙だった。

「……いたぞ!」

 煙の向こうに、全身が赤黒い鱗で覆われた、大きなトカゲのような魔物がいた。長い舌をチロチロと出しては、近くの木に炎を吹きかけている。


 魔物――火蜥蜴の足には、何本かの矢が刺さっていた。だが、固い鱗に阻まれてか、それほど深く刺さっているようには見えない。

 火蜥蜴は、一行を見つけると、ぐるる、と唸った。そして思いのほか俊敏な動きで、木の後ろに姿を消す。

「逃げるぞ!」

 ライがそうして追おうとした瞬間、火蜥蜴は木を回り込み、ライの背中に火を噴きつけた。

「なっ!」

 ライは素早く身を躱したが、炎が脇を掠める。熱気がまともにあたり、ライは地面に倒れてその場を転がった。

「ライさん!」

 アイリスは急いで回復魔法を唱えようとするが、傷はないとライは手を振った。

「ちっ……迂闊に近づくのは危険か」

「だったら!」

 マリラは杖を構え、〈疾風〉の呪文を唱えた。火蜥蜴の体を切り刻もうとする。

「ギイッ!」

 空気の流れを感じた火蜥蜴はそれを逃れ、木の後ろに隠れる。風の刃は木の幹に傷をつけ、枝を落としたが、魔物の体には当たらない。

「……思ったより素早い!」

 ならば、避ける隙もないほどに広く風を操って魔物を包み込むまでだ。マリラは精神を集中させ、木を包み込むように、大きく風を操った。

 だが――

 魔物が隠れていた木が、急に大きく揺らぐと、燃え上がりながらマリラに向かって倒れてきた。

「危ない!」

 ジェスはマリラを横から抱えるようにして跳んだ。マリラは地面に勢いよく叩きつけられたが、間一髪で燃える木の下敷きになるのを逃れた。

 あの火蜥蜴は、木を盾にするだけでなく、後ろから炎を吹きかけ、木を燃やして倒したのだ。その隙に魔物は走って逃げていく。

「いたた……」

「ごめん、マリラ、大丈夫?」

「ううん……ありがとう」

 マリラは体を起こした。ライは腕を組んで考える。

「森の中では戦いにくいな。奴が隠れる場所も多いし、燃やせる木が多いってのは不利だ」

「……あの大きな木のある場所まで誘導できないかな。それならいくらか戦いやすいはずだけど」

 火を避けながら戦うにしろ、攻撃魔法を叩きこむにしろ、木が多い森の中では難しい。

「けど、あの魔物、結構賢そうよ」

 一行が考えているところに、ドランが走ってきた。


「君たち! 大丈夫か」

 ドランは矢をいつでも放てるように弓を持ったまま、ジェス達の所に来た。

「ええ……魔物は逃がしてしまいました」

「逃げた……。そうか、さすがにあの魔物も、相手が多いとみれば逃げるのか」

 ドランの言葉に、ライは尋ねる。

「……アンタが戦った時は、あの魔物が追いかけてきたのか?」

「ああ。木に隠れて矢を打ったが、最初の数本しか当たらなくてね。そうしたら火を噴いて襲い掛かってきたわけだ」

 それを聞いてライは考えた。

「……一人が囮になるってのはどうだ。一人でいけば奴はむしろ追いかけてくるかもしれない。あまり離れないようにしながら逃げて、平原まで誘導する。そうしたら一斉に畳みかける」

 ライの作戦に、ジェスは反対した。

「危険だよ。だったら、三方から囲んで追い立てた方がいい。幸い、僕たちは数がいるんだし」

「追い立てる方が難しくないか? 奴は火を吹くんだから、一定の距離を保ちつつ、近づかないといけないし」

「うーん……ドランさんはどう思います?」

 一年以上もの間、あの魔物と戦い続けてきたという彼の方が、魔物の性質を熟知しているだろうと、ジェスは意見を求めた。だが、ドランは首を振った。

「魔物との戦いについては、恐らく君たち冒険者の方が慣れているだろう。申し訳ない……だが、君たちの作戦に私の矢が必要であれば、いくらでも戦おう」

「……とはいえ、矢にも限りがあるでしょうし」

 マリラは言いながら、ふと疑問に思った。

 ドランが一年以上もこの森で戦い続けてきたにしては、矢がまだ残っているのが驚きである。そんなに大量の矢を持って森に入るとも思えないのだが。

 その後話し合い、魔物を三方から追い立てるということに決まった。

 後ろからドランの矢とマリラの魔法、左右からジェスとライが挟むようにして、できるだけ魔物を平原の方に近付ける。

「私は、どうすればいいんですか?」

「アイリスは、マリラとドランさんの後ろから追ってきて」

「……はい」

 頷きながら、アイリスは、味方の無事を祈ってその背中を見ていることしかできない自分が悔しかった。

 無論、武器を取って、自ら魔物の前に立つことなどできないし、そんなことをしても足手まといになることは分かっている。

 自分にできることは仲間の傷を癒すこと。

 だが、仲間には傷など負って欲しくない。

「……皆さん、気を付けて……」

 アイリスはただひたすらに祈った。



「……いたぜ」

 ライは、火蜥蜴の姿を見つけた。木の陰に隠れながら様子を窺う。

 森のどこにいても見える、巨大な大樹を見上げて方向を確認する。一行は物音を立てないよう移動して、火蜥蜴を遠くから取り囲む。

 マリラは自分の隣で弓を構えるドランに小声で話しかけた。

「……ドランさん。私の魔法ですが、あまり連続で放つことはできません。ドランさんの矢にも限りがあるとは思いますが……」

「そうか。いや、遠慮せずに言ってくれ。俺は矢がなくなれば石でも投げるさ」

 そう言って、ドランは足元の石ころのうち、手ごろな大きさの物をいくつか拾った。マリラは礼を言う。

 マリラの得意とする炎の魔法は、あの火の魔物にはあまり効かないだろう。まだ習得したばかりの風の魔法を使う以上、精神力には気を付けないといけない。

 全員が持ち場についたのを見て、ジェスは頷く。

 それを合図にマリラは、〈疾風〉の呪文を唱え始める。

 触れたものを切り裂く風の刃が、魔物目がけて飛んだ。

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