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青空の冒険者  作者: 梨野可鈴
第三章 霧と迷いの森
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033:幻惑の森

「本当にな、無理はしないで欲しいんだ……何かあっても、儂らは責任が取れん……」

村長の男に連れられ、一行は森へと入っていた。その背には、いつもより多い荷物を背負っている。

 エミーの話を聞き、一行は考えた。森に行くか行かないかではない。どうすれば森に行って生きて帰れるかをだ。

 一行はエミーと共に村の人々に話をして回った。

 そして、食糧として干した鹿肉と、色のついた布切れをできるだけ多く集めた。念のため、弓矢も借りる。村人たちも、エミーとドランに対して罪悪感があるのか、ジェス達を止めながらも、協力してくれた。

 そして、万全の準備を整えて、一行は村長の案内で森へと入った。

「この辺りまでじゃな、探したのは。これ以上奥には、村の者は決して進むことはない」

「……村長さんからしても、ドランさんが行方不明になった理由は分かりませんか」

 ジェスは聞くが、村長は分からん、とあご髭に手をやりながら答えた。

「ドランは本当に優秀な狩人じゃった。弓の扱いも村一番で、無謀な真似をする男でもなかった……」

「そうですか」

「エミーをそれはもう大事にしていたし、放ってどこかに行くはずもない。妻がさらわれれば、それこそ地の果てまで助けに行くかも分からんが」

「エミーさんの言う通り、本当に素敵な旦那さんなんですね」

 アイリスはそう、呟いた。

 決して、彼の死の証拠を見つけるまでは、彼のことは過去形で語らないと、決めている。

 かつて世界は言葉で創られた。言葉には力がある。それは、魔法の力を持つ、神聖語や古代語に限らない。だから、アイリスは悪い言葉を言わないように気を付けている。



 村長と分かれ、一行は更に奥まで進んでいく。

「ドランさーん」

 一行は呼びかけながら進み、少し進んでは、木の枝に布を巻きつけた。これを目印に帰るためだ。

 結局、これくらいしか方法は思いつかなかった。

「でも、本当に、大きな森ですよね」

 生い茂る葉に遮られ、森の中は昼間だというのに暗い。頭上を見上げても、太陽の位置ははっきりしないから、幻惑の森などという言い伝えがなくても迷ってしまいそうだ。

「なあ、マリラ。その、言い伝えっていうのは、要は深い森だから迷いやすいし、不用意に入るなって言い聞かせてるのか?」

「うーん……それだけかしら。その手の言い伝えは、特に子供に向けて、たくさんあるわよ。けど、村の人達の様子からして、それだけとは思えないのよね」

「僕もそう思う。森に慣れているはずのドランさんが一年以上出てこないっていう事実だけでも、充分この森には何かあるってことなんじゃないのかな」

 歩くうち、緑はより濃くなってくる。そうしているうちに、視界がぼやけてくる。

「あれ……霧、ですか?」

「そうね……」

 霧のせいか、何だかうすら寒い。森の奥には泉でもあって、湿度が高いのだろうか?

「あれ、出そう」

 元から暗い上に、霧で視界が悪くなってきたため、ジェスは荷物から輝石を出して、先頭を歩くライに渡した。

 以前遺跡から持ち帰った光る石を、一行は輝石と呼んでいた。常に強い光を放っているため、普段は分厚い布の袋に入れてある。

 そうして行く手を照らしたライは、前に見えたものにぎくりとした。

「お、おい……あれ」

 前方の木の枝に、赤い布が結び付けてあった。


「これって、僕たちが結んだものだよね?」

「……だよな」

 おかしい。さっきから、真っ直ぐ進んでいたはずだ。いつの間にか、ぐるっと方向を変えてしまったのだろうか。

 確かに、森の木を避けながら進むから、まったく真っ直ぐには進めない。だがそれにしても、不自然だ。

「……うーん。ちょっと時間はかかるけど、これは正確に真っ直ぐ進むしかないね」

「どういうこと?」

 ジェスは、一行に真っ直ぐ進む方法を説明した。

「まず一人が、ある地点に残る。少し進んで、もう一人がその地点に残る。次に同じ方向に進んだ時、後ろを振り返って、最初の人と次に残った人が重なるように移動して、方向のずれを修正する。その時点で最初に残った一人が場所を離れて、先頭と合流する。……これを繰り返して、直線に進むんだよ」

 元は、目印のないような砂漠や草原で、方向を見失わないように進む一つの方法だという。

「うーん。理屈でいけば、それで真っ直ぐ進めるけど……」

 何となく、嫌な予感がした。

 そこから、マリラとライとジェスは、代わる代わる目印になった。ちなみに、一番背の低いアイリスは目印ではなく、輝石を持って常に先頭を歩き、時折木の枝に印をつける役だ。

 この方法では、時々立ち止まったり、後ろの仲間を待ったりする時間があるので、ゆっくりとしか進めない。

 それでも、着実に前に進んでいる――はずだった。

 だから、一行は、行く手に印をつけた木が出てきた時、頭を抱えた。


「うーん、これはもう、幻影を見せる魔法か何かかかってるとしか思えないわね」

 何かの力がはたらいていることは間違いない。だが、それが分かったところでどうしようもない。

 先に進めないというなら、戻ることはできるのかも試してみた。

 一行は印を頼りに、元来た道を戻ってみたが、いつの間にかぐるぐると同じところに戻ってしまう。

 随分歩き続けて疲れたので、一行は座って休憩した。

「魔物が出ないのだけは助かるわね」

「あの、それなんですけど……」

 アイリスは気付いたことを話した。

「さっきから、生き物の気配がしないような気がするんです」

「え?」

 そう言われ、ジェス達は耳を澄ませた。確かに、森の中には、木々の葉が擦れる音しか聞こえない。普通なら、鳥の声や虫の羽音など、様々な生き物の音が聞こえる。

「そう言われてみれば……いつから?」

「森に入った時はそんなことなかったわ。鹿や鳥を狩っている

くらいだし」

「霧が出た、あたりからか?」

「……やっぱり森に住む動物も、この森で迷うから奥の方には行かないってこと?」

「森から出られなくなるっていうのは、森の外で暮らす人間の考え方だろ? 森に住んでる動物は、森から出られなくても困らないんじゃ」

 何にせよ、これだけ木が生い茂っているのに、それは異様だ。

 ジェスの表情が曇る。

「……森に獣がいないとなると、食べる物がないよ。こんな所で一年も迷ったら、ますます生きている可能性は……」

「もはや、俺たちが生きて森から出られるかどうかって気がするが……。」

 食糧はそれなりに持ってきたが、限りはある。

「魔法がかかっているなら、力の源がどこかにあるはずよ。それをどうにかすれば出られるかもしれないわ」

 マリラの意見に、仲間たちは頷いた。

「……そろそろ寝ようか?」

「ああ、そろそろ頃合いだな……にしても、何か夜かどうかもはっきりしなくないか?」

 空を見上げても、木漏れ日が差すばかりで、鬱蒼と暗い。だがそれでも、夜と昼では、明るさが違うはずだ。

 一体どうなってるんだ。



 不安はあったが、体が疲れているからか、一行はよく眠った。

 それから再び、森の中を当てもなく進み続ける。しかし、歩けば歩くほど、霧が濃くなってきて、ついには数歩先も乳白色の靄しか見えないようになった。

 一行は、互いの腕や服を掴み、離れ離れにならないように歩いた。

 互いの視界には、一つ前を歩く仲間しか見えない。一番後ろを歩くジェスには、アイリスの背だけが見える。先頭のライどころか、その後ろでライの腕を掴んでいるはずの、マリラの姿さえ見えない。

「いよいよ、どこに向かってるか分からなくなってきたな……」

「……」

 手探りで、木にぶつからないように慎重に歩き進める。足元の木の根などにも注意が必要だ。

 そうして、どれだけ歩いたのか――いや、実際は大した時間ではなかったかもしれないが、途方もなく歩いたように感じられた。

 目の前の霧が、急に晴れたのだ。

 一気に開けた視界の向こうには、森の先にある開けた平原と、その中心にそびえる巨大な樹があった。

 見上げても見上げても、一番上が見えないほどで、まるで塔のような大きさだった。

 幹は太く、近くに寄れば壁のようだ。樹齢は何千年、いや何万年なのか想像もつかない。

「……こんな大木が、森に?」

 思わずため息が漏れる。

 今まで見てきた木とは明らかに違うそれを、一行は驚いて見た。木の密集する森から出て、その大木に近寄って行った。そして、その根元にうずくまっている男を見つける。

「えっ……ちょっと、あれって!」

 男は髭もじゃで、やや汚れていたが、猟師のような恰好をしていた。近くには、彼のものらしい弓矢もある。

「……ドランさん?」

 ジェスの呼びかけに、男は少し動いたように見えた。

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