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青空の冒険者  作者: 梨野可鈴
第三章 霧と迷いの森
32/162

032:手紙

 雨の中、一行は野営をしていた。木々の葉に雨粒が当たる分、雨の音は街中で聞くそれよりずっと大きい。

 森を進む中、雨に降られた一行は、雨宿りできそうな大きな木を見つけて、その根元で休んでいた。雨が止む気配がないため、今日はそのままそこで休むことにする。

マリラは〈火〉の魔法で焚き火を起こした。

「寒いと風邪ひくでしょう」

「木に燃え移らないように注意しないといけませんね」

 ここは、冒険者の街ギールから、北に進み、川を越えた森の中だ。ジェス達一行は、ここからさらに北東にある村を目指していた。

ライは、大木にもたれかかって目を閉じた。今日はライが先に寝る番である。

「ま、行ってみて何もできそうになかったら、特産らしい鹿肉の料理でも食べて帰るしかねえなあ」

「何もない方がいいよ、僕らが行く頃には、もう見つかってるといいんだけどね……」

ジェスはそう言って、手紙を見た。



 ジェス達が、冒険者の店のマスターから、その手紙を紹介されたのは、数日前のことだ。

「……行方不明の男性を探してほしい?」

 冒険者の街にあてて送られてきたその手紙は、北西の村に住む女性からのものだった。内容は、狩人の夫が森に入って行方不明になってしまったので、探してほしいというものだった。

「うーん……探すって、その……骨でもいいわけかしら?」

 マリラは言葉を選びながら尋ねた。マリラがそう思うのも仕方がない。

何しろ、手紙によれば、その狩人が森に入ったのは今から一年以上も前のことなのだという。

 状況はよく分からないが、さすがに生きているとは思えない。だが、手紙ではそれ以上のことは分からなかった。

「どうする? その手紙だけじゃ引き受け手がいなくてね」

 それはそうだろう、とライは思った。

 手紙には村の地図も同封されていたが、ここからかなり遠い。依頼を請ける時は、内容の詳細や報酬について、依頼者と冒険者側がしっかりと話し合って決めるのが常識だ。

 内容や状況もよく分からない、報酬についても明記されていない、そんな状況でわざわざ遠方まで出向いて詳しい話を聞く気になる冒険者はいない。

「というかよ、マスター。俺たち――ジェスならどんな損な依頼でも請けると思って、こんな仕事紹介するなよ」

 ライが声を低くして店のマスターに詰め寄ったが、もうその時にはジェスは依頼を請ける気でいた。



「みんな、ごめんね。でも色々考えたらこの人を放っておけなくて。こんな遠い村から冒険者の街まで来ようにも、魔物も出るから難しいし、冒険者に仕事を依頼したことなんてないだろうから、報酬の相場とかも知らなかっただろうし……」

「ジェスさんらしいと思います」

 仲間達は、慣れているので気にしていない。

 第一、マリラもアイリスもライも、冒険者として功名を上げたいとか、一山当てて大金持ちになりたいとか、野望を抱いているわけでもなかった。

 時間に追われているわけでもなく、観光がてらの旅でも、別に問題ない。

 アイリスは火の番をしながら、心の中で、神への祈りと、仲間とこうして旅が出来ていることへの感謝を唱えた。



 一行がその村についたのは、その翌日だった。

 村の北には、大きな森が広がっている。ギールの街の近くの森とは木の種類が違うのか、爽やかですっとするような香りが流れてきていた。

 小さな田舎の村の人々は、見慣れない冒険者に訝しんだ。

「エミーさんという人から、手紙を受け取ってきました」

 ジェスが村人に手紙を見せると、村人は、ああ、と頷いた。

「まだ諦めてなかったんだな……」

「……。」

 それを聞き、もはやこの村の人々は、その狩人のことを諦めているらしいことを知った。村人に案内され、ジェス達はエミーという女性に会った。

 エミーは一行が予想していたよりも若い女性だった。小さな赤ん坊を抱いている。

 彼女は、冒険者が来たことに涙を流して喜んだ。

「ああ、来てくださったのですね……」

「あの、お力になれるかは分かりませんが……。手紙では詳しい状況が分かりませんでした。その、話を聞かせてもらえますか」

 過剰な期待をさせるのは酷だと、ジェスは気を遣いながら話した。

「あ、はい、あのっ」

 言葉に詰まる彼女に、抱いていた赤ん坊がぎゃあぎゃあと泣き始める。母親の心の動揺を察知したのだろうか。

「良かったら、お話の間、預かっておきましょうか?」

 マリラはそう言って赤ん坊を受け取って抱いた。上手にあやして泣き止ませる。ライはそれを目を丸くして見た。

「……お前子供いたの?」

「そんな訳ないでしょ」

 馬鹿なやり取りにその場が和む。狙ってやっているのかとマリラは思ったので、それ以上は追及しなかった。

 エミーは涙をエプロンの袖で拭い、気持ちを落ち着かせようとした。

「え、えっと、すみません。ええと、うちの主人……ドランが森に入って行方不明になったのは、一年半ほど前になります。この村の北にある森は豊かです。村の名産品である鹿を取るために、主人は森に入りました。主人は優秀な狩人です。森には何度も入ったことがありますし、この森には魔物はほとんどいません」

「……行方不明になってすぐ、村では探したんですか?」

「はい……この村の男はほとんどが狩人です。村で狩りをする範囲は、何度も探しました」

「……?」

 その言い方に、何か引っかかるものを感じたライは、それを尋ねた。

「村で狩りをする範囲『は』?」

「……。」

 エミーは俯いた。だが、これを言わなければ話は進まないだろうと、意を決して話した。

「……この森には、言い伝えがあります。決して森の奥に入ってはならないと……出られなくなるからと……。村ではこの森を、『幻惑の森』と呼んでいます……」

「……」

 ジェス達は顔を見合わせた。そこで赤ん坊を抱いたマリラが、あっと声を上げる。

「知ってるわ。幻惑の森に入ったら方向感覚が狂って決して出られなくなるって。ここの森のことなの?」

「……本当なの、マリラ」

「子供の時にそんな話を聞いたわ」

 エミーはいやいやをするように首を振った。

「もちろん、主人だってその事は知っています! 森の奥に進もうとはしないはずです! なのに……なのに帰ってこないなんて、絶対に何かあったんです……」

「念のため聞くけど、森以外で行方不明になったってことは?」

 ライの問いに、エミーはあり得ませんと首を振った。

「弓を持って森の中に行く主人を、私は見送りました。あの時、私のお腹の中にはこの子がいて、いつも主人は日が暮れるよりも早く帰って、私のことを手伝ってくれたんです」

 目に涙を溜めて話すエミーに、ジェスはどうしたものかと思案した。

「……村の人は、当然奥までは探さなかったのか……」

 だからこそ、エミーは諦めきれないのだ。例え、迷えば決して出られなくなる森だと伝承があっても。

「お願いします! どうか、どうか主人を連れて帰ってきてください!」

 懇願する彼女に、一行は顔を見合わせて考えた。

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