031:人質
ジェスとライは、いきなり姿が見えなくなったマリラを探した。
「おーい、マリラ?」
「……あんまりここでウロウロしてると、仲間が戻ってくるんじゃねえのか?」
ライは周囲を見渡しながらイライラしてそう言った。
(……金を持ち逃げした? いや……)
ライはその考えをすぐに捨てる。あの女魔法使いとは少し話しただけだが、決して頭が悪いようには思えない。
もし金を持ち逃げするのだとすれば、まだ山賊や魔物と戦う危険があるこの森の中ではなく、ギールの街に戻ってから逃げ出す方がいいはずだ。
それに、彼女がそんな悪い人間だとも思えない。
その時、ジェスは草むらの中に落ちていた物を見つけた。
「ライ、これ!」
「おい……」
それは、マリラの杖だった。
マリラは、縛られたまま、黙って大人しくしていた。
だが、その頭の中では、必死に考えを巡らせていた。
(杖もないわ……魔法も使えない。簡単な魔法なら、杖なしでも唱えられるかもしれないけど、〈火〉くらいじゃどうにもならない……)
あと何日かすれば、山賊たちは痺れを切らして、マリラを売り飛ばすため外に連れ出すかもしれない。その時にうまくやれば逃げられるだろうか。
だが、その時、急に外が騒がしくなった。
「何?」
マリラは外の様子を伺おうと耳をすませた。
「何が起こっているんです?」
マリラと一緒に縛られている女性は、そう聞いた。マリラは答えず、外の音を聞くのに集中していた。そして――。
「マリラ! どこ!」
「いるなら返事しろ!」
驚くべきことに、聞こえてきたのは、ジェスとライの声だった。
ジェスとライは、マリラの落ちていた杖を見つけ、瞬時に状況を理解した。そして荷車とドレスをそこに置いたまま、すぐに引き返し、山賊たちの待ち構えるアジトに乗り込んだ。
先ほどは奇襲だったが、今度はこちらの存在を知られている。山賊たちは矢や斧を構え、すぐに襲い掛かるが、二人は攻撃をかいくぐり、アジトの中で暴れ回る。
「くっ! おい、あの女を盾にしろ!」
顔に傷のある男は、手下にそう命じた。手下はすぐにマリラを連れてこようとする。厄介なことになる前にと、ライはすぐにその手下を追ったが、別の山賊が正面から横から切りかかってきたため、その相手をしなければならなかった。
ジェスもまた、三人の山賊を相手に見事な剣さばきを見せていたが、さすがに人数で押されて苦戦している。
「おい、出てこ――えっ?」
山賊の手下が、人質を閉じ込めている部屋の扉を開けた瞬間、マリラは縛られたまま勢い良く床を転がった。体はごつごつとあちこちに当たり、金髪は乱れてひどい有様だったが、それでも手下の男の足元をかいくぐって、マリラは縛られたまま部屋から飛び出した。
「てめえっ! 大人しくしやがれ!」
手下はマリラの髪を引っ掴んで捕まえようとしたが、マリラは必死で男の腕に噛みつき、抵抗する。
そこに、相手の山賊を倒したライが近づき、手下の男を蹴飛ばした。
「……来てくれたのね」
マリラの呟きに、ライは苦笑した。短剣でマリラを縛る縄を切り、自由にする。マリラは痛む体を抑えながら立ち上がった。
「悪いけど、魔法で援護を頼むぜ。さすがこの人数は長くは相手できねえ」
「ええ」
マリラはライから杖を受け取り、すぐに魔法を放つ。炎が勢いよく杖の先から飛び出し、ジェスに一斉に切りかかろうとしていた山賊たちを吹き飛ばした。
「うわっ!」
いきなりの爆発に、ジェスも驚いていた。
「……炎も使えるのか」
「どっちかっていうと、そっちの方が得意ね」
しかし、敵のアジトとはいえ、室内で炎をぶっ放すか? ライは内心冷や汗をかいた。
その時だった。
「てめえらっ! 動くな!」
顔に傷のある男が、マリラと共に縛られていた女性の首筋に剣を当てて、ジェス達三人に怒鳴りつけた。
「少しでも動けば、この女の首を掻き切るぞ!」
「きゃああっ」
ジェスははっとして動きを止めた。ライもまた、しまったという顔をしている。
女性は必死に目に涙をため、助けてくださいと叫んでいた。
「くっ……!」
ジェスは構えていた剣を下ろす。ライもまた、身動きが取れない。
「よし、お前ら、一斉にかか――」
男は、動けないジェスとライを見て残忍な笑みを浮かべ、まだ動ける手下に指示を出す。
だが、マリラは構わず杖を向けた。
「おい、動くなって言っただろう! この女がどうなってもいいのか!」
「……甘いわよね」
マリラはそう呟いた。
まったく、ジェスとライ、この二人は、甘いといったらない。
昨日会ったばかりのマリラを助けるために危険を冒すどころか、この見ず知らずの女の命を盾にされ、この状況で武器を下ろすのだ。
だが、その優しさに、マリラは助けられている。
「二人とも構わないわ、やっちゃって!」
「だけど」
見捨てるわけにいかないと迷うジェスに、マリラははっきり宣言した。
「あの女は山賊の一味よ!」
マリラの言葉が真実だということは、山賊たちの表情を見れば明らかだった。
「な、何故だ!」
動揺した男はそう口走り、女に睨まれてはっとする。
「何故? 三日も閉じ込められて、そんなに髪がさらさらで汗臭くない訳ないでしょう。人質のふりをしながら私を見張っていて、下手に動けば声をあげて仲間を呼んでたんでしょうが」
「ちっ……」
女は舌打ちした。そして、縛られていたはずの縄をするりとほどくと、男の持っていた剣を掴んで、飛びかかってくる。
「一斉に武器を投げな! 女もまとめて皆殺しだ!」
「お頭!」
顔に傷のある男が、そう女を呼んだ。
「あいつが首領とはな……!」
だが、女首領の剣がマリラの喉に届くよりも早く、マリラの〈眠りの雲〉の魔法が完成した。倒れ込んだ女首領の首にライが短剣を当てると、山賊たちは観念したように両手を上げた。
荷物を届けた商人は、涙を流してジェス達に礼を言った。
「本当に何とお礼を申し上げていいか……ですが……」
結局、商品のドレスは無事だった。縛りあげた山賊たちに聞いたが、首領の女性がいたく気にいり、売りさばこうとしなかったそうだ。しかし、奪われた金はほとんど使われていた。
ジェス達に渡す報酬は、ほとんど雀の涙だった。
「仕方ないですよ。もともとそういう約束になっていました」
「……俺たちじゃ、そのドレスを貰っても、売る伝手もないしな……」
ライはマリラを振り返ったが、マリラは首を振った。こんな豪勢なドレスを普段から着るわけない。
商人は何度も何度もジェス達に頭を下げ、何かあれば必ずこの恩は、と言った。
「あー、何か、悪かったな」
ライはマリラを振り返ったが、マリラは肩を竦めた。
苦労に見合った報酬ではなかったが、仕方ない。
「あの山賊たちをしかるべき場所に突き出したら報奨金がもらえるかもしれないから、そこに期待しましょう。だから、もう少し付き合わせてもらうわよ」
「はは……それなんだけどさ、マリラ」
ジェスはマリラに笑いかけた。
「君の魔法、凄いね。良かったら、僕たちの仲間になってくれないかな」
「えっ?」
「はっ?」
ライとマリラは驚き、互いに顔を見合わせた後、ジェスを見た。
「ライだって思うだろ? パーティに魔法使いがいるのは心強いよ。もちろん、マリラ次第だけど」
「それは……」
マリラは少し考えて頷いた。
自分を助けに来てくれたということもあるが、この二人を見ていたら、信用に値すると思ったのだ。
「そう言ってくれるなら、喜んで。正直、私も冒険者としての仲間を探していたところだしね」
このお人好し達には言っても構わないだろう。マリラは自分が、冒険者として仕事や共に行動してくれる相手を探すのに苦労していたことを話した。
「あー、そりゃあまあ仕方ないな。魔法の学園とやらは俺はよく知らないけど、特に、女の冒険者は余程腕が認められないと厳しいかもな」
ライの言葉に、マリラは尋ねた。
「あら、じゃああなた達は、私の腕を認めてくれてるのね?」
「この目で見てるからね。まあ、僕はあんまり女性だからとか思わないけど……。母が冒険者だったのを見て育ってるからかなあ」
ジェスが呑気に言う。ライも同意した。
「俺もそうかもな。剣の腕の立つ姉がいてね」
「へえ、お姉さんがいたんだ」
ジェスの言葉に、ライは肩を竦める。
「ふうん……じゃあ、よろしくね」
マリラは二人に手を差し出した。
ジェスとライは、海の見える高台にいるマリラとアイリスを見つけた。宿に行ってもいないから、散々探したのだ。
「ったく、探したぜ……」
疲れた体で歩き回らせやがって、とライは呟く。
「おーい、マリラ、アイリス」
ジェスは手を振る。
日はほとんど沈みきっていて、群青の空には星が輝き始めていた。
マリラも二人に気付き、手を振り返した。
笑顔で手を振るマリラを、シャイールは静かに微笑んで見ていた。