003:出会い
ジェス、ライ、マリラ、アイリスの冒険者四人は、森の中で、焚き火を囲んで座っていた。
神官のアイリスは神への祈りを捧げており、魔法使いのマリラは魔導書を読んでいる。剣士のジェス、盗賊のライはそれぞれの武器の手入れをしていた。
ジェスはおもむろに立ち上がると、ライに声をかけた。
「ライ、少し稽古に付き合ってもらえない?」
「ん? まあいいぜ」
ジェスは剣を抜いた。ライもまた、短剣を抜いて向かい合う。そして、どちらからともなく動く。金属のぶつかり合う音が、響いた。
アイリスは祈りを終え、二人の稽古の様子を見ていた。気が付くとマリラも二人の稽古を見ている。近くでこう動き回られたのでは、集中できないといった様子だ。
ジェスは、青年にしてはかなり小柄で、使っているブロードソードも、どちらかといえば細身のものだ。
アイリスは戦いのことには詳しくないが、他に見てきた冒険者の剣士より、俊敏なように思う。ライと時折打ち合わせても、そこから力で押すのではなく、次の一撃を素早く繰り出すことに集中しているように見える。
ライもまた盗賊らしく、軽やかな動きでそれを受けている。長剣の一撃を短剣で正面から受けるのではなく、受け流し、かわすといった様子だ。
二人はしばらく稽古を続けていたが、しばらくして止めた。その息の合った様子に、アイリスは尋ねてみた。
「ライさんとジェスさんって仲がいいですけど、どこで知り合ったんですか?」
「ああ、私も知らないわね」
マリラも頷いた。このパーティは、ジェスがライと組んで始め、そこにマリラ、続いてアイリスが参加して今の形になったのだ。
「別に大した出会いでもねーけど……冒険者の街の、酒場で知り合ったんだ」
「ライはいい奴だったから、僕から誘ったんだ」
ライは、冒険者の街の酒場で、薄い酒を飲んでいた。さてどうするか、と考えを巡らせている。
とりあえず、人の多いこの街に出てくれば、仕事にも困らないし、目立つこともないと考えたが、そう甘くはないらしい。
冒険者は、大体、複数人でパーティを組むか、ギルドに加入して仕事を受けるのが一般的だ。その方が受けられる仕事も広がる。
一人で行動しているライは、目立つ上、仕事にも困っていた。冒険者の酒場にいると、一人なら仲間に加わらないかと誘われることもあったが、ライは相手を見極めながら、その誘いを断ってきた。
「……ん」
店の奥の方が騒がしくなってきたので、ライはそちらの方を向いた。冒険者なんて、血気盛んな連中の集まりだ。酒が入れば、喧嘩なんて日常茶飯事である。
奥のテーブルに、小柄な黒髪の剣士が座っており、それを取り囲むように大柄な男たちが立っている。
「あんたか、俺たちのパーティに入りたいっていうのは。こんな貧弱な奴だったとはな」
そう言って大柄な男はゲラゲラ笑い、それに合わせ、周りの戦斧や大剣を持った男達も下品な笑いをあげた。
ライはその様子を見ていた。あまりに小柄なので、座っている剣士は女かと思ったが、周りの男達の言い方からすれば男のようだ。
「みなさんのパーティは、強い魔物を倒している、正義感溢れるパーティだと聞いています。僕もそのお役に立ちたいと思ってこうして来ました。剣の腕を見てほしいんです」
「ガキが生意気言ってんじゃねえよ」
小柄な剣士の言うことなど意に介さないというように、男達は、店を出て行った。小柄な剣士は、その場に取り残されていた。
ライは、その剣士に近付いた。
「よう、アンタ、あの筋肉馬鹿のパーティに入るんなら止めた方がいいぜ」
「……あなたは?」
「ま、俺もアンタと同じ冒険者ってとこだな。アンタ、名前は? ここの人間じゃないだろ」
「僕はジェス。この冒険者の街には、二日前に来たばかりで」
「へえ。どっから?」
「南の遺跡の街から来たんだ。知ってるかな?」
「もちろん、有名な所だな。ああやって、他のパーティに入ろうってしてるってことは、アンタは今んとこ、一人で冒険してるのか」
「ええ。だからまず、どこかのパーティに入ろうとしてるんだけど」
ライはジェスと話しながら、何だろうなこいつは、と思った。
ずっと話しているが、ライは自分のことを、名前さえ明かしていない。なのにジェスは、聞かれたことはペラペラ話すのである。ただのお人好しか、嘘を並べ立てているかのどっちか、ライは考えていた。
「腕には自信があるのか?」
「まあ、一応は……冒険者の両親から教わって」
その時、表から女性の悲鳴が聞こえた。その瞬間、ジェスは剣を持って店から飛び出していく。
ライも、店のマスターに、ちょっと様子見てくる、と言って、料金を置いて店を出た。表には、屈強な男達に囲まれ、困っている町娘の姿があった。
「は、離してください!」
「いいじゃねえか、俺たちは、『獅子の王』のメンバーだぜ」
ああ、とライは事情を察した。獅子の王、というのは、さっきジェスが話していた冒険者パーティだ。
手練れの戦士で構成されており、強い魔物を退治する依頼を引き受ける、それなりに戦闘力の高いパーティなのだが、どうにも荒くれの集まりで、酒癖が悪い。
また町娘にちょっかいを出したか、と思っていると、そこにジェスが走って立ちふさがる。
「嫌がっているじゃないか、止めるんだ」
「あっ、おい……」
いきなり飛び出してきたジェスに、『獅子の王』たち――大仰な名前だ、は不愉快な顔をした。そして、さっきの剣士だと見ると、急に笑い出した。そして、いきなり殴り掛かってくる。
「わっ」
ジェスは、その拳を避けた。ライは目を見張った。あの至近距離からの攻撃を避けるのは、なかなかの身のこなしだ。一撃目が外れた大男は、酔いもあってか、バランスを崩して転んだ。
「てめえ、やりやがったな!」
「いや、僕は何も……」
その通りなのだが、男達は聞いていない。男達は事の発端となった娘のことなど忘れ、ジェスに向かって行った。ジェスはちょっと待ってください、と言いながら、攻撃をひょいひょいと避けている。娘はいつの間にかどこかに逃げてしまったようだ。
「へえ……」
ライは他の冒険者と共にそれを見物していた。大男四人と、小柄な剣士が渡り合うというのはなかなかの見ものだ。もっとも、双方とも武器を抜いていないのだが。
「ちょこまか逃げてんじゃねえぞ! 盗賊みたいに卑怯な奴だな!」
「失礼なことを言うな!」
ジェスはさすがに言い返した。
「盗賊は冒険者にとって大事な役割だろ! 敵地に忍び込んだり、罠を調べたり、真っ先に危険な場所に向かう仲間だぞ!」
「……はっ?」
その言葉に、ジェスを挑発したはずの男は言葉を失った。ライもまた、同じ心境だった。
こいつ、変なやつだな。ライは笑った。そして、乱闘の後ろからそっと近づき、男達に足払いをかけたのだった。
折り重なってのびている男達を見下ろしながら、ライは笑った。
「魔物しか相手にしてねえからな、こいつら、馬鹿だ」
「……な、なんか……周りに迷惑かけたかな……」
ジェスは申し訳なさそうに言った。
「いつもこんなもんさ。ここは冒険者の街だしな」
「ありがとう、助けてくれて」
いいや、とライは手を振った。
「ところで、あなたも冒険者って。今、どこかのパーティに入ってる?」
「いや。俺も仲間を探しているとこだな」
「じゃあ、良かったら僕と仲間になってくれないかな」
ライは驚いたようにジェスを見た。
「あ、ああ……俺は、ライ。見ての通り盗賊だな」
「改めて、僕はジェス。剣士だ」
「剣士……というよりは、盗賊みたいな身のこなしだったな」
ライがそのことを指摘すると、ジェスは言った。
「僕の父は剣士で、母は盗賊だったんだ。両親とも冒険者で、戦い方は両親から教わったんだ」
それを聞き、ライはなるほど、と言った。
剣士でかつ、盗賊の心得もある、か。
ライの仲間としては、理想的だった。
「じゃ、よろしくな」
ジェスの話を聞いたアイリスは、そうなんですね、と頷いた。
「トラブルに巻き込まれていたジェスさんを、ライさんが助けたのがきっかけなんですね」
「……そこまでいい話じゃねえぞ?」
ライは一応言っておいた。
確かに間違っていないのだが、そこだけ聞くと、まるで自分が善人のように聞こえる。あの場において、真に善人だったのは、ジェスだけだと、ライは思うのだが。
あれから、何だかんだで、女子供の仲間が増えたのは、ライにとっては予想外だったが、なかなか心強いし、楽しい仲間たちだった。
「さて、そろそろ寝るか。明日にはこの森を抜けないとね」
ジェスの言葉に、一同は頷いた。目指すは、港を抱える貿易の街だ。