029:再会
買い物を済ませ、マリラとアイリスは宿に向かおうとした。
「宿ってどこでしょうね?」
「確か、青い海の渚亭っていうところだけど……」
マリラは近くにいた、荷物を運んでいる男に声をかけた。
「すみません、ちょっと道を」
振り返った男は、マリラを見て驚いた。
「あれ、マリラ!」
マリラも驚いていた。その男は、かつて魔法学園の学友だった、シャイールだったからだ。
マリラは、仕事を終えたシャイールと、久しぶりに話していた。シャイールは二人を海がよく見える高台に案内してくれて、アイリスは夕焼けの沈む海の美しさに目を輝かせた。
シャイールは、魔法で盗みを働いた罰として、杖を没収された。今はその償いとして、商人ギルドの下、港で下働きをしているのだという。
「でも、悪くないよ。弁償が済んだら、ゆくゆくは賃金をちゃんと貰って雇ってくれるそうだから」
港で働くからだろう、シャイールは、学園にいた頃とはずいぶん変わり、日焼けして逞しい体になっていた。
「それで一人立ちできたら、もし許されるなら、もう一度ちゃんと魔法を学びたいと思っているんだ」
「そう」
「学園はなくなったけどね。アルバトロが倒されたって話、知ってる?」
「ああ……まあ」
マリラとアイリスは顔を見合わせた。アルバトロを倒したのは自分達なのだと伝えると、シャイールは驚いてひっくり返った。
「マリラ、君、すごいや……」
「いや、私だけの力じゃないわよ。仲間が協力してくれたから。それより、学園、なくなったの?」
「ああ、うん。もうクロニカの街は誰もいないし、荒れ果ててしまったから、街は魔物が住み着いたりしないように、リドル先生が焼き払ったらしいんだ」
「……そうね」
リドルが学園を焼き払った場に、マリラ達も居合わせている。あの美しい街が全て焼け野原になってしまったのは残念だが、仕方のないことだった。
「先生は近くの村に移って、小さな学校を始めたそうだよ」
「そうなの……」
「それより、君の話が聞きたいな。君は今、冒険者をしているんだろ?」
「ええ。この前は古代の遺跡に行ったし……あ、それよりまだ仲間を紹介してなかったわね」
マリラはシャイールに、改めてアイリスを紹介した。
「彼女はアイリスよ。可愛いけどしっかりしてるの。あと、ジェスとライっていうのがいるんだけど」
楽しそうに話すマリラを見て、シャイールは笑った。
「君、少し変わったね」
「え?」
シャイールの言葉の意味が分からず、マリラは聞き返した。
「学園にいた頃の君は、何だか人を寄せ付けない感じだったのに」
「ああ……」
マリラは目を細めた。
それは、今の仲間と出会ったからだ。もしあの時、彼らと出会えなかったら、マリラもシャイール同様、道を踏み外していたかもしれない。
魔法学園を飛び出し、一人で冒険者の街ギールに来たマリラは、仕事を探していた。
魔法使いが冒険者パーティにいるのと、いないのとでは、戦力に大きな差があると言われている。だから、マリラは冒険者の街に来れば、すぐに仕事が見つかると思ったのだが、現実はそう甘くはなかった。
まず、魔法使い単独では、魔物退治や遺跡探索などの仕事は、まず成功しないから紹介できないと言われた。前衛がいての後衛である。
第一マリラだって、いくら魔法が使えても、一人で魔物退治ができるとは思えなかった。
ならば、別の冒険者パーティに雇ってもらうような形を取ろうと、斡旋をお願いしたのだが、それは難しいと言われてしまった。理由は、マリラが学園を正式に卒業していないからだ。
つまり、マリラがちゃんと魔法を使えると、証明するものが何もない。そんな人物を紹介して、文句を言われては困るというのだ。
まあね。学園に入るだけなら、お金さえ積めば誰でも入れるしね……卒業することが大事だものね……。その言い分はもっともなので、マリラは頷くしかない。
残された道は、自分自身の力で実力をアピールすることなのだが、そのためには依頼をこなして実績を積まなくてはいけない。どうすればいいのだ。
マリラは、ため息をついて、冒険者の店で一人食事を取っていた。
そこに、二人組の男が入ってきた。一人は、黒髪の小柄な青年で、恰好からすると剣士らしい。もう一人は、狐色の髪の背の高い青年で、盗賊のようだ。
二人はマリラの隣のテーブルに座ると、何やら相談を始めた。
「やっぱり二人じゃ難しいかな」
「頭金があれば、人を増やせるんだけどな」
「不意を突く? いい考えはあるかな、ライ」
マリラはその二人どころか、周りの他の客に、まったく注意を払っていなかった。自分のこれからのことを考えるだけで精一杯だったからだ。
だから、マリラの前に酔っぱらった大柄な男がやってきて、その肩を掴まれるまで、相手に気付きもしなかった。
「おい、姉ちゃん、一人か?」
「放しなさいよ」
マリラはむっとして振り払おうとしたが、男の力が強い。酒臭い息をかけられ、不愉快だった。
「良かったら来いよ、今日は俺様は、強い魔物をな、退治したばっかりで金は十分だからよ」
マリラはむっとした。完全に女を馬鹿にしている。マリラが黙っていると、男はそれを何と勘違いしたのか、外へ引っ張っていこうとした。
「あー、またアイツ」
ライは、隣のテーブルにいた金髪の女性が、ここらで有名な荒くれ者に絡まれているのを、呆れた顔で見た。魔物退治の腕は立つが、脳みそが残念すぎるパーティ『獅子の王』のメンバーである。
それを見たジェスは急いで立ち上がり、その男から女性を助けようと駆け寄って行った。ライはまったく心配していなかった。ジェスの身のこなしで、あの馬鹿にやられるわけはなく、そしてこんなことは日常茶飯事だったからだ。
だが――そこで予想外のことが起きる。
「放せ、このブサイク男が」
金髪の女性は低い声でそう言って男を睨みつけ、杖を取り出して男に向け、呪文を唱えた。
男は一瞬呆けたが、その場でどさりと倒れる。
「……魔法使い?」
そして、酔っ払いの男と共に、彼女を助けようと近づいていたジェスも、その場で倒れ込み、寝息を立て始めた。
「……あら?」
女性は、狙っていなかった相手が眠っていることに気付いた。
「あー……」
ライは仕方なく近づき、ジェスを起こそうと揺さぶるが、起きる気配がない。ライは金髪の女性を見る。
「おい、アンタ、何したんだ」
「眠らせただけだからすぐに起きるけど……。ごめんなさいね」
「はー……この馬鹿の仲間が来る前に、外に出た方がいいな」
ライはジェスを背負い、女性を促して外に出た。
マリラは話を聞いて驚いた。どうやらこの剣士は、自分を助けようとしていたらしい。
「必要なかったみたいだけどね」
起きた剣士は、そう言って頬をかいた。
「迷惑かけちゃったわね。それじゃあ……」
マリラはそう言ったが、剣士は屈託なく話しかけてきた。
「女性の一人歩きは危ない……いや、危なくないのかな……?まあ、良かったら送るけど」
「ええ?」
マリラは呆れた。迷惑をかけられた相手を送っていくのか?
その表情をマリラは探るようにじっと見たが、下心はなさそうに見える。
「あー、まあ、コイツはこういう奴だよ」
背の高い盗賊の方は、そう言って肩を竦めた。
「はあ……。いや、でも私、今日泊まる宿とか見つけてないから、送ってもらおうにも、行先がないし」
「え? じゃあ、あなたは、魔法使いみたいだけど……一人で旅をしているの?」
剣士の問いに、マリラはまあ、と頷いた。
「旅は始めたばかりなのよ。これからどこかに雇ってもらうつもりで、この街に来たところ」
「そうなんだ。……ねえ、ライ」
「ん? おお、まあ確かに、これなら……」
剣士と盗賊は、何やら視線をかわし合った。剣士はマリラに向き直る。
「僕はジェス。こっちはライ。僕たちは、今、山賊退治の依頼を受けているんだけど、もし良かったら、協力してもらえないかな?」
「えええ?」
マリラは驚いて声をあげた。
しばらく、マリラがパーティに加わることになった過去の話となります。




