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青空の冒険者  作者: 梨野可鈴
第三章 霧と迷いの森
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028:恩返し

 ルーイェの街は、年に一度のバザールの最中だった。特に隣国からの珍しい品が安く買えると、街は商人や買い物客でにぎわっている。

 ジェスとライは、買い物をしているマリラとアイリスを待つ間、暇なので、屋台の食べ物を買っては食べを繰り返していた。

「ドラゴニアの焼き菓子だって」

「へえ、美味いな、これ」

 そうして食べ歩きをしている二人に、背後から走ってきた少年がぶつかった。

「わっ」

 ぶつかられたジェスは手に持っていた菓子を落とすが、持ち前の反射神経の良さで、地面に落ちる前に空中でキャッチする。

 少年は謝ることもなく、そのまま走り去っていく。

「危なかったあ」

「危なかった、じゃないだろ!」

「え、どうしたのライ」

 ライは呑気なジェスを放って、少年を追って走り出した。

「あのガキ、財布すりやがったぞ!」


 冒険者として鍛えているライやジェスから、子供の足で逃げ切れるはずもなく、財布を盗んだ少年はすぐに捕まった。

「……」

 捕まった少年は大人しくしていたが、自分を掴むライを睨んでいる。

「ほれ、財布」

 少年の懐からジェスの財布を取り返したライは、それをジェスに放った。

「ったく……人混みなんだから注意しろよな」

「ありがとう、ライ。それで、どうする?」

 どうするというのは、この子のことだ。盗みをはたらいたのだから、それなりの場所に突き出すのが適当だろうが、それにしても少年はかなり幼いように見えた。年は八、九くらいだろうか。

「んー。おいお前、名前は?」

 黙ってうつむいたまま、答えようとしない。その時その腹が、ぐうと音を立てて鳴った。

「……」

「……」

 ジェスは、自分の持っている焼き菓子を見て、それを少年に差し出した。

「良かったら、これ、食べるかい?」


 盗人に追い銭ってこういうことか? とライはジェスを呆れて見ていた。

 子供はしばらくジェスを警戒したように睨んでいたが、やがて耐えきれなくなったのか、奪うように引っ掴んで、勢いよく食べ始めた。あまり急に食べるものだから喉を詰めそうで、ジェスは自分の荷物から水まで飲ませてやった。

 まあ、あまりに少年が空腹だということが分かったので、ライは自分の食べかけだった菓子も少年にやったのだが。

「で、君の名前は?」

「……トロニ」

「トロニ、君のご両親は?」

 確かに子供が盗みをはたらいたなら、まず親のところに連れていくのが妥当かもしれない。だがトロニは、その問いに首を振った。

「そんなもん、いない」

 ライは、その子供の様子を観察した。痩せているし、腹を空かせていたし、着ているものもみすぼらしい。

「孤児か……」

「じゃあ、君の家は?」

 トロニは黙ったまま首を振った。家もないという。

「……ライ」

「確かに、この街にも貧民街はあるぜ。大きくて華やかな街だからこそ、そういうのは必ずあるもんだ」

 ジェスは困ったように眉根を寄せた。

「じゃあトロニ。君に名前をつけてくれた人がいるよね。その人は?」

「……死んだ」

 ずっと無表情だった子供が、初めて感情らしいものを顔に表した。つらそうな顔で、そっぽを向く。

「そうか……」

 ジェスはしばらく何か考えていたが、そっと立ち上がった。

「ごめん、ライ、先に宿に戻ってマリラとアイリスを待っててよ。僕はちょっと寄っていくところがあるから」

「え? 俺も行くぜ。どうせまだ戻ってこないって」

「うん、じゃあ……」

 ジェスはトロニの手を取って、歩き始めた。トロニは驚いたように身をよじって逃げようとするが、ジェスは安心させるように少年に笑いかけた。

「大丈夫、怖いところになんか連れて行かないから」

「いや、本当にどこに行くんだ?」

 ライもジェスの意図がつかめず、尋ねた。お人好しだから、子供を見逃すのかと思っていたが。



 気が付けば、すっかり日が暮れてしまっていた。

「お前のお人好しの真髄を見た……」

「え?」

 あれからずっと歩き回り、さすがにライも疲れた様子だった。

 まずジェスがトロニを連れて行ったのは、商人ギルドだった。

ジェスは商人ギルドから紹介を受けて、あちこちの店を訪ねては、トロニが住み込みで働ける店がないか頼み込んで回ったのだ。

 年に一度のバザールの最中である。忙しい商人たちは、いきなり訪ねてきては頭を下げるジェスに、微妙に、または露骨に、嫌そうな顔をした。

「このままこの子を放っておいたって、盗むしか生きていく方法がないだろう? いつかは今日みたいに捕まって、大変なことになる。この子だって好きで盗みをしているわけじゃない」

「そりゃそうだが……」

「分かっているよ、偽善だって。でも、関わった以上は放っておけないじゃないか」

 まさに、お人好し極まりないが――しかしそれがまた、結果としては良い結果をもたらす。

 以前、依頼を受けた商人の一人が、ジェスを覚えていた。その商人は、山賊に盗まれた財産を取り返してくれとジェス達に依頼したのだが、その時のよしみで、トロニを引き受けてくれたのだ。

「ありがとうございます」

「いやいや、ちょうど人手が足りなかったですし。今こうして商売を大きくできているのは、当時困っていた私を、タダ同然で助けてもらったからですからね」 

その商人も、要するにジェスのお人好しに助けられた一人だったわけだ。


 夕暮れの差し込む店の中で、ジェスはトロニの頭を撫でた。今日からここが、トロニの家になる。

「じゃあね、トロニ。ここでちゃんと働くんだよ」

「……っ」

 トロニは、何を言ったらいいか分からない様子だったが、ジェスが店を出ていこうとする時、絞り出すように礼を言った。

「あ、ありが……とう」

 震えるトロニの目からは、涙がこぼれそうだった。

「い、いつか……いつか、あなたに、お礼……」

「いいんだよ。僕に返してくれなくて」

 戸惑う少年に、ジェスは笑顔で答える。

「いつか君が大きくなったら、きっと誰かを助けてあげてね」



 夕暮れの中、人がまばらになった道を、ジェスとライは歩いていた。

「悪いね、ライ。でも放っておけなくて」

「いいさ、今に始まったことじゃねえし」

 お前のお人好しはな。

 そう言うライに、ジェスは頬をかいた。

「……何ていうんだろうね。僕としては、恩返しのつもりなんだ」

「恩返し?」

 ジェスは少し迷ったようだったが、ライに話し始めた。

「この前、カステールで僕の両親を紹介したけど……二人とも、僕の実の親じゃないんだよ」

「……」

 ライは、それを聞いても驚かなかった。

 見た時から、髪も目の色も違うし、親子にしては似ていないと思っていたので、薄々気付いてはいた。

「僕も成長するうちに、何となく気付いたし、両親もそれを察して話してくれたんだけどね。両親が言うには、赤ん坊の僕が、山に落ちてたらしいんだ」

「……山?」

 落ちていたというより、捨てられていたという方が正しいだろうが――山というのはさすがに驚きだ。

 魔物や狼に襲われたらひとたまりもないし、運良く冒険者のジェスの両親が通りかからなければ、間違いなく死んでいた。

「それを拾って、そして育ててくれたんだ。こうして剣も教えてくれて、僕を守ってくれた。本来、何の理由もないはずなのに。――その恩を、僕は返しているつもりでいるんだ」

「……そうか」

 ライは、内心、呟く。

 そのお前の度が過ぎたお人好しを、フォローしてやらなきゃならないと思っている俺も、充分お人好しなんだろうな――。

 俺だけじゃなく、マリラやアイリスも。

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