027:買い物
よく晴れた天気の下、港町の大通りは人で溢れかえっていた。いつも賑やかなこの街も、今日は特別で、時々花火が上がる。
「すごいですね」
「うん」
ジェス達一行は、貿易の街ルーイェにいた。
この街は、ここフォレスタニアと、海を隔てた隣国、ドラゴニアとの貿易で栄えている街であり、今日は年に一度のバザールが開かれていた。
「ここなら確かにいい物が手に入るかもね」
マリラはそう言って、裾が裂けてボロボロの、自分のローブを見下ろした。
長旅、特に魔物と戦うような危険な旅をしていれば、自然と着ている服は擦り切れて駄目になってくる。
「特にマリラのローブは、僕のために裂いてもらっちゃったし」
そこで、一行は新しい防具や、できれば武器なども調達しようとしていたのだが、そこでルーイェの街のバザールの話を聞き、わざわざ出向いてきたのだ。
「この前の報酬もあるしね」
「にしても、難しいわね。冒険者としては丈夫な服がいいけど、魔法使いとしては、ローブが正装だし」
マリラはすでに、いくつかの出店の前でぶつぶつと独り言を言いながら、商品を手にとっていた。
その様子を見たライは、長い溜息をついた。
「よし、ここからは男同士、女同士で自由行動だな。宿で待ち合わせってことで」
「え?」
「服を買うんだったらその方がいいだろ。よしジェス、行くぜ」
そう言って、ジェスを連れてずんずんと防具屋の方へ向かう。
「……ライ?」
ジェスは呆気に取られてライを見たが、ライはうんざりとした顔をしていた。
「女の服選びは、とにかく長いんだ」
「……」
実感のこもったその言葉に、ジェスは何も言わなかった。
「うーん。黒か。ああでも、こっちの紺もいいわね」
「マリラさんは、髪がきれいな金だから、こういう色の方が似合いますよね」
「ううーん」
良いなと思う服は生地が薄くて、旅には不向きだと思ったり、着てみるとやたらと胸元が開いていたりと、なかなか難しい。
あれこれとローブを比べるマリラの横で、アイリスはニコニコ笑いながらそれに付き合っていた。
「そういえば、アイリスも服を買わないの?」
「そんなに古くはないですが……」
「だけど、旅を始めた時から比べたら、少し背が伸びたんじゃない? せっかくだし、この機会に新しいのを買った方がいいんじゃないかしら」
そう言われて、アイリスは自分の服を見下ろした。修道院から旅立った時からずっと着ている巡礼用の神官服は、確かに裾が短いように感じる。
「……そうですね、新しいものにした方がいいかもしれないです」
「じゃあ、見てみましょうよ」
そう言ってマリラは、あっさりと別の店へと移り、アイリスに合いそうな服を探す。
「どういうのがいいかしらね」
「え、えっと、あまり派手なのは」
「そうねえ、神官だし。でもこういうのも可愛いわよね!」
旅をするための服、という制約さえなければ、レースの付いたドレスなどを着せたいくらいだ。お人形のように可愛らしいに違いない。
自分の服を選ぶ時よりも上機嫌で、アイリスにあれこれと服を合わせて見せるマリラに、アイリスは照れながらも嬉しそうに笑ってみせた。
「私、小さいころから修道院で決まった服しか着てなかったので、どういうの選べばいいか分からなくて」
「あら、じゃあ、お気に入りの一着を探すわよ」
えいえいおー、と二人は人込みの中を、ゆっくり楽しそうに歩いていく。
年の離れたマリラとアイリスがそうして一緒にいる様子は、まるで姉妹のようだった。
その頃、ジェスとライはさっさと買い物を済ませ、人混みから離れた場所で、果物をかじりながら休んでいた。
ライも防具を新調した。もともと、盗賊が好んで着るような軽い服を着ていたが、少し防御力を重視して、内側に細い金属の鎖が織り込まれた戦闘用の防具に買い替えた。
ジェスは、特に装備を変えていない。
「重い防具だと早く動けないしね。結局は革鎧に僕は落ち着くから」
「武器も買い替えるってほどじゃないしな」
そして、まだ宿に行くには早いので、こうして木陰で休んでいる。
「マリラとアイリス、まだ買い物してるのかな」
「だろーな」
「合流する?」
「やめとけ。服選びなんか、もう、どっちのドレスがいいか延々意見を求めたくせに、何か言っても聞きやしねーし。結局自分でどっちにしたいか分かってるくせに」
「……」
何か過去にあったのだろう。ジェスはあまり深く聞かないことにした。
そしてバザールも閉まる頃、マリラとアイリスはほくほく顔で店から出てきた。
「良かったですね、安くなって」
「バザールでは値切らないと損よ」
「マリラさんってすごいですね」
マリラが着ているのは、前と同じ黒を基調としたローブだ。だが、肩や腰など、ところどころに金属の輪で飾りが付いている。
この金属はお洒落だけでなく、さりげなく急所を守るはたらきもしており、戦いの場に出る魔法使いにはうってつけの品だった。
アイリスも、新しい神官服を着ていた。遠目には白く見えるが、少し近くで見ると、やや青みがかかっている。色がついているのは、魔物避けの香り草で染めたからだと、店主は自慢していた。
魔物の多い隣国ドラゴニアでは、神官は巡礼に出る時に、無事を祈って服を染めるのだという。自然なブルーの色合いは、アイリスの水色の髪と青い瞳とよく合っていた。
「さて、宿に向かいましょう」
「はい。ジェスさんとライさん、これを見たら何て言うでしょうね?」
上機嫌のアイリスの言葉に、マリラはやや複雑な顔をした。
「……何て言う、っていうか、何か言うかしらね」
「……えっと」
「アイリスにこう言うのも何だけど、男なんてね、服なんか着てるか着てないかくらいしか見てないわよ。どんなに時間かけて髪を結っても切ってもまるで気付かないんだから」
「……はあ」
アイリスは、よく分からなかったが、とりあえず頷き、あまり深く聞かないことにした。




