026:遺跡に眠る宝
青竜の遺跡の探索から、十日後、一行はギールの街にいた。
今回の依頼主に、遺跡で採取した花を届けるためである。
「お花、すっかり枯れてしまいましたね」
アイリスは、木の箱に入れられた、黄色っぽい藁のようなもの――もともとは美しい黄色い花だったものを、残念そうに見た。
「まあ、砂漠を越えたからなあ。つーか、遺跡を出た時点で萎れてたしな」
「もともと、依頼主もそれは承知だったよ。そもそも、乾かして薬草にするらしいからね」
そうして話していると、冒険者の店に、一人の老人がやってきた。今回の依頼主である。
あの後――黄金の部屋で、再会を喜んだ一行は、そこから丸一日かけて遺跡を出た。
まず、アイリスはジェスの傷を魔法で治した。傷は元通りになったが、出血が多かったため、ジェスはしばらくそこで横になっていた。
体力、精神力を使い果たしたライとマリラも同様に、そこで休んでいた。アイリスはその間、黄金の部屋に咲いていた花を摘んでいた。
てきぱきと動くアイリスに、マリラは大丈夫なのかと尋ねた。
「うーん、なんだか元気というか、気分がいいくらいです」
「そう、なの?」
本人がそう言うのならいいのだが。マリラとライは首を傾げた。
十分に休息を取って、出発しようとしたところで、一行は問題に直面した。暗闇の中を進む明かりがない。
松明や、ランプの予備の油はゴーレムと戦った時にほとんど燃やしてしまった。これでは、とても外に出るまで明かりがもつとは思えない。
「……マリラって、割と後先考えないよな……」
「な、何よ、ライ」
「いや、責めてはないぜ。仕方なかったし。けど、魔法学園の時も、なんか似たような事態に……」
「ううっ……」
「そういえば、この部屋って明るいですね?」
アイリスは思い出したように尋ねた。竜の像の目に嵌まっている石から、部屋中を照らす光が出ているからだ。
それに気付いた一行は、竜の目から四苦八苦して、光る石を取り出した。短剣で何度もぐりぐり抉ってやっと取り出したその石は、明かりにするには十分すぎるくらい、強い光を放っていた。
像の目は二つ、つまり光る石は二個あったが、ジェス達は一個だけを持っていくことにした。
石を一つ取ると、昼間のように明るかった部屋は、一気に暗くなった。それでも、まだ明け方ほどの明るさがある。
「多分、この光がないと、ここの花は枯れてしまうんじゃないかな」
そして一行は、ベルガとザンドが開けた壁の穴から、外に向かったのだった。
「ご苦労じゃったな。大変な旅だったのだろう?」
依頼主の老人――薬師だという彼は、ジェス達のボロボロの恰好を見てそう言った。そして、懐から、金貨の入った袋を渡す。危険に見合っただけの、結構な報酬だった。
「その花って、そんな貴重なのか?」
ライが尋ねると、老人は頷いた。
「古代の魔法王国で多く栽培されていた花でな。古代遺跡の中では今でも見つかるのだが、優れた薬になるため、高値がつくから乱獲されやすい。加えて、遺跡の周りは今や砂漠だから、持ち出して栽培することも不可能というわけじゃ」
「だから数株だけ取ってくるように、と……」
「そうじゃ。絶滅してしまうからな」
老人は満足そうに頷いた。
「君たちがこの花の価値を知らなくてくれて助かったわい。乱獲して、売り飛ばさないとも限らんからのう」
「……ん?」
マリラはその言葉に、ふと首を傾げた。
老人が店から出て行った後、マリラはジェスに話しかけた。
「ねえジェス、ちょっと剣を貸して?」
「いいよ、はい」
手渡された剣を、マリラは両手で持つ。少しだけ鞘から抜き、その感触を確かめると、すぐに収めてジェスに返した。
「結構重いわね」
「これでも軽い方なんだけどね。どうかした?」
「うん……」
マリラは黄金の部屋での、ベルガ達とのやり取りを思い出した。マリラがアイリスと引き換えに、黄金の剣を渡した時のことだ。
「あの時は焦ってたし、色々考える余裕なかったけど、今にして思うと、あの金の剣、妙に軽かったのよね」
「へえ」
「そもそも、もし純金だったとしたら、私の力で持ち上げられるような重さじゃないわよね?」
「……つまり」
ライは身を乗り出した。
「あの遺跡の言い伝えがどこまで本当か知らないけど、黄金の部屋の宝っていうのは、だからつまり……」
ベルガは、苛々と金の剣を、床に叩きつけた。剣は、カラン、と高い音を立てて跳ねる。とても軽い。
「くそっ!」
金の剣は、黄金どころか、金属ですらなかった。木を削って作った細工に、表面だけ金を塗っただけの代物だ。
「ザンド、どうして気付かない! 持てば分かっただろう!」
「すまない……」
ベルガの剣幕に、ザンドはただ身を小さくするしかなかった。
確かに、ザンドが持った時、この剣は軽かった。だが、〈強化〉の魔法で身体能力を高めているザンドは、大概の物を造作もなく持ち上げられるため、その辺の感覚が分からなくなっていたのだ。
「ガセだったってのかい……」
苛々と、ベルガは歩き回りながら呟く。
あの時、彼らに剣を偽物とすり替える余裕があったとは思えない。宝は最初からこの張りぼてだったのだ。
あの遺跡は、事前に情報も集めていたし、数日前から何度も出入りしていた。そして中の構造や、最奥にいる番人の存在も大体掴んでいた。
ザンドの体に刻まれている呪文では、力や素早さだけではなく、聴覚や視覚といった感覚も高めている。
だから遺跡の中でも魔物の存在を検知することができるし、壁の向こうにいるジェス達の様子を掴むことができた。
また、ベルガが口の中で小さく呟くだけの声も聞き漏らすことはない。アイリスを連れながら、ベルガはザンドに、彼らをゴーレムと戦わせ、隙あれば横から宝を持っていく計略を伝えていたのだ。
「ちっ……」
「……」
ベルガは忌々しいとばかりに木の剣を足で蹴って部屋の隅に転がした。ザンドは、黙ってそこに立っていた。
青竜の遺跡の奥、水の流れる音が静かに響く部屋には、黄色の花が揺れている。それは遠くから見れば、輝く光を受けて、金色の絨毯のように見えるだろう。
誰もいない部屋で、転がっていた巨大な石は、何日もの間、露に濡れていた。やがて、それはぶるぶると震え出した。
石は少しずつ動いて集まっていき、人型を取る。
遺跡の番人であるゴーレムは、ゆっくりと起き上がる。そして、赤く光る目で、ぐるりと部屋を見渡したと思うと、壁に開いた大きな穴を見つけた。
ゴーレムは、壁に近づいていくと、ゆっくりと壁の穴を塞ぐように、石を積み上げ始める。何度も何度も、部屋を横切っては石を拾い集めていく。
決してゴーレムは、自分の守る花を、その巨大な足で踏みつけることはない。
遺跡の奥には、今も静かに宝が眠っている。




