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青空の冒険者  作者: 梨野可鈴
第二章 砂漠の古代遺跡
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024:石人形

 ゴーレムは、改めて、遺跡の侵入者達を、その赤く光る目で探した。

 そして、痛みに呻き、壁の前で動けないでいるジェスを、その視界に捉えた。

「まずい、ジェス、逃げろ!」

「……うっ」

 ジェスも、ライの声は聞こえていた。だが、足がまったく動かない。さっきの攻撃で折れてしまったらしい。

「ちいっ!」

 動けないジェスを見て、ライは飛び出した。そしてゴーレムとジェスの間に立ちはだかり、挑発するように動く。

「こっちだ!」

 グオオオン……、と唸り声をあげゴーレムはライを見た。そして、ライに向かって、体ごとタックルを繰り出してくる。

「う、うおっ!」

 体が大きいので、さっきのパンチより逃げにくい。しかし、一番近くの敵を攻撃するという、単純な行動原理は変わっていないのは幸いした。

 ゴーレムは、ライを目がけて何度も体当たりを繰り返す。その動きを利用して、ライは逃げながらも、ゴーレムをジェスから引き離した。

「ジェス! しっかりして!」

 マリラは血まみれになって呻くジェスに駆け寄った。

「マ……リラ」

 ジェスはどうにかマリラの呼びかけに答えた。意識があるらしいことに、ひとまずほっとする。

 だが、出血がひどい。額を切ってしまったから、それほど深い傷ではないが、血が止まらない。マリラは自分のローブの裾を裂き、応急処置に強く縛った。

(こんな時、アイリスがいてくれたら……!)



 同じ頃、アイリスは不安に駆られていた。

 もちろん、暗く危険な遺跡の中にいて、不安がないわけはないし、それよりもアイリスは絶望に沈んでいたのだが――なぜか、抑えがたい胸騒ぎがするのだ。

 それは、先ほどから聞こえる、ズドン、ズドン、といった何か大きな音と無関係ではないだろう。

「……。」

 もうだいぶ長い間、この行き止まりの道の前で休憩しているように思う。

 もちろん、魔物と戦ってくれているベルガやザンドが休みたいというのなら、アイリスは構わないが――それより、気にかかるのは、二人が何かを待っているように見えるのだ。

(一体……私は……)

 アイリスは、はっと気づき、手を組んで祈りを捧げた。

 迷った時は、聖龍の意思を感じること。

 そして――仲間を強く想うこと。



 マリラは、杖を握り直した。

(何とかしなくちゃ)

 まだ自分の状態は万全ではない。だが、ここで何とかしなければ、全滅だ。

 この怪我では、ジェスは戦えない。ライは、ジェスとマリラを守るため、囮となってくれているが、その体力にも限界がある。

(まさか、ゴーレムの腕が飛ぶなんて……)

 マリラは転がっている、ゴーレムの腕を見た。本体から切り離されるともはやそれはただの石でしかないのか、動く気配はない。水溜まりに浸かって濡れている。

 ――水?

 そういえば、ゴーレムの腕が飛んだ時、腕から水が噴き出していた。その噴射の勢いで、腕は飛んだのだ。

「……もしかして」

 マリラは、杖を構えた。狙いをゴーレムに向け、集中して呪文を唱える。

 杖の先から、握り拳ほどの大きさの炎が飛び出し、ゴーレムに当たった。それはゴーレムの体に比べれば、ごくごく小さな炎だ。だが、炎がぶつかった瞬間、ゴーレムは動きを止めた。

「何だ?」

 だが、それは一瞬のことで、すぐにゴーレムは動き出す。しかしその様子に、マリラは確信した。

 あのゴーレムの弱点は――炎だ。


 古代語魔法は、光・闇・風・地・炎・水の六つの属性に分けられる。

かつて世界が創造された時、六つの龍によってもたらされた元素がこの世界を構成しており、龍たちが世界を創造するのに使われた言葉こそが、古代語なのだ。

 それぞれ、光と闇、風と地、炎と水の組み合わせは、相反する性質を持つ。従って、水属性の魔法に、炎属性の魔法をぶつけると、互いに力を失う性質がある。

 あのゴーレムの原動力は、水属性の魔法だ。

 水を噴射して、自らの体を動かすなど、そうとしか考えられない。

 この黄金の部屋には、水路が巡らせてあり、中央には水を吐き出す竜の像がある。あれもおそらく、水龍を模した像なのだ。

 だから炎をぶつけさえすれば、あのゴーレムは止まるかもしれない。しかし――。

「火力が……」

 マリラは歯噛みした。今の自分に残された精神力では、あのゴーレムを包むほどの巨大な炎を放つことはできない。

「おい、マリラ! 何か分かったのか!」

 さすがはライだ。マリラの真意には気付いている。ゴーレムの攻撃をひたすら避けて息が上がる中、こちらに問いかけてくる。

「このゴーレムの弱点は炎よ! だけど……」

「……はっ」

 ライは無理矢理に、口の片端をつり上げた。

「あとどれくらいかかる!」

「どれくらいって……」

 自分の精神力が、さっき大岩を砕いたのと同じくらいの魔法が放てるほどに回復するのなど、かなりの時間を要する。一晩眠ってやっとというところだ。

「そんなに、ライの体力がもつわけないでしょ!」

「馬鹿にすんなよ」

 ゴーレムは疲れ知らずで、一心不乱にライを追い続ける。汗を流しながら走り続けるライは、それでも不敵に笑った。

「仲間が必死で戦ってるのに、俺だけ弱音吐けるかよ!」


 馬鹿じゃないの。

 マリラは、ゴーレムの目の前で戦い続けるライと、痛みに耐えながら、どうにか体勢を整えようとするジェスを見た。

 恰好つけて――敵に突っ込んで。

 それなのにこの私が――ここで諦めるなんて、馬鹿だ。

「……そうよ」

 マリラは、必死に走った。その先は、自分が隠れていた竜の像の後ろだ。鞄をひっくり返し、この部屋に入った時にしまった松明と、火打ち石を取り出す。

(あと少し! あと少し頑張って、ライ!)

 必死に石を打ち付け合い、火種を作る。それを松明に移して炎を作る。火が大きくなるまでの時間が、ひどくもどかしい。

 松明に火をつけると、次にランプの油を荷物から出し、床に円状に撒く。自分の荷物の羊皮紙も、燃やしていいものは丸めてそこに加えた。

 何も炎を魔法で作り出す必要はない。この世界に存在する炎の力は、同じ龍によって作られたのだから。

「ライ! ゴーレムをこっちに!」

 ライは頷き、攻撃を避けながら、ゴーレムを巧みに誘導する。ゴーレムが油を撒いたあたりに来た瞬間、マリラは松明をそこ目がけて投げた。

 炎は一瞬で燃え広がり、ゴーレムの足元を包む。だが、所詮ランプの油に炎が燃え移っただけで、見上げるほどの大きさを持つ、ゴーレムを包み込むほどの大きさには至らない。

 ゴーレムは炎に一瞬動きを止めたが、すぐに踏み越えてこようとする。

「おい、まだ……」

 ライは再び動き出すゴーレムに、焦った。だが、マリラは首を振り、ライの前に立った。

「私を支えて」

「……大丈夫なのか」

 〈火球〉の呪文で、火力を足すつもりなのかと、そしてそんなことをして、マリラの方こそ精神力はもつのかと、ライはマリラの肩を抑えながら聞いた。

 だが、マリラは呪文を唱え始める。例え体に力が入らなくなっても、問題はない。仲間が支えてくれる。

 それに、そんなに強力な魔法を使うつもりはなかった。

 呪文の詠唱とともに、部屋の空気が動き出し、火を包む。風は火を消すのではなく、舞い上げるように煽る。

 風が、空気が送られ、火は強く燃え上がった。竜巻のように渦巻き、ゴーレムを縛るように回る。

 マリラが唱えたのは、〈疾風〉の呪文だった。ふいごで空気を送るように、風を操り、火を強めていく。

 頭上まで火に包まれたゴーレムは、動きを止めた。そして、その石の隙間から、蒸気のようなものがあがっていく。

 その目から、光が失われ、ただの石の塊となったゴーレムは、そこに倒れた。

 部屋全体が揺れ、衝撃に膝をつきそうになったマリラを、ライが支える。

「……やった、のか」

「……ええ」

 ゴーレムを包んだ炎は、やがて静かに消えていき、辺りは白い煙に包まれた。

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