023:遺跡の番人
ゴーレム――石で作られた、魔法で動く人形。
四角形の岩を人型に組み合わせて作られたようなそれは、やや頭が大きく、愛嬌のある形をしていた――もう少し小さければの話だが。
見上げるほど巨大なゴーレムの、その石柱のような拳が、三人に殴りかかってきた。
「くっ!」
三人は慌てて避ける。ジェスとライは武器を構えた。
「マリラは部屋の奥まで逃げて!」
「でも!」
悔しいが、マリラは竜の像の後ろに身を隠す。まだ精神力がそこまで回復していない。戦闘の中、素早く魔法が使える自信がなかった。
ゴオオオン、と唸り声をあげたゴーレムは再び拳を振り上げ、近くのジェスとライを潰そうとした。それぞれ、左右に跳んで避ける。
体が大きい分、動きは単調で、それほど避けるのは難しくはない。だが、重さに任せて勢い良く振り下ろされた拳は石畳を叩き割り、破片が飛び散る。その破壊力を見る限り、一撃でもくらえばアウトだ。
「つーか、遺跡の番人が遺跡を壊すなよ!」
ライの突っ込みを聞くわけもなく、石で作られた人形は、ただただ忠実に、目の前の相手を排除しようと襲ってくる。
攻撃をかわしながら、隙を見てジェスはゴーレムに切りかかる。だが、ガツ、と固い音を立てただけで、まったく歯が立たない。岩を剣で切ろうとしているようなものだ。
「駄目だ! マリラ、弱点はないのか?」
ジェスの問いに、マリラは叫んで返す。
「ガーゴイルと違って、動きを止められるような弱点はないわ! 外から動きを与える魔法ではなくて、ゴーレムはその動力を内に持つのよ!」
「じゃあ、〈眠りの雲〉で眠らせることは?」
「人形が眠るわけないでしょう!」
「けどこのままじゃ、こっちが消耗する一方だぜ」
それはライの言う通りだった。石人形は疲れることはない。
まあ、内に蓄えた魔法の力を使い尽せば、ゴーレムでも倒れることはあるかもしれないが、それより先にジェスとライが動けなくなる方が早いだろう。
ジェスとライは、絶え間なく繰り出されるゴーレムのパンチを避けながら、相談した。
「動きは単調だ。一番近い相手をただ殴るだけみたいだしな」
「うん。さっきから、僕とライしか襲ってこない」
びゅん、と巨石が跳ぶような勢いで、二人の間の床を、またゴーレムが砕いた。衝撃で水路の水が跳ね、飛沫がかかる。
「あとは……攻撃するとすれば、関節っていうか、石の繋ぎ目か。岩を剣で砕くのは無理でも……」
「そこしか狙うところはねえか」
ジェスとライは、目配せをし――そして、ジェスが一人でゴーレムに突っ込んでいった。ライはそこから離れ、マリラの隠れている竜の像の後ろに向かう。
「手伝え、マリラ」
「何をする気なの?」
ライは荷物からロープを取り出した。
ジェスはずっとゴーレムの近くで、跳び回っていた。こちらから切りかかることはせず、相手の動きを見て、その攻撃を避け続ける。
(父さんと――格闘の訓練をした時も、こうだった)
ジェスは、幼い時から男子にしては身長が伸びず、小柄で華奢だった。
従って、攻撃は全て避けることを教えられた。受ければ、そのまま体格差で弾き飛ばされてしまうからだ。
そして機を待ち、急所を確実に突く。
母に教えられた、盗賊の技だ。
ゴーレムは、遠くに逃げたライを追うことはせず、手近なジェスをただ潰そうとしてくる。それは好都合だった。こうしてジェスが相手をしている限り、マリラとライの安全は保証されている。
その視界の横で、ロープを持ったマリラとライが走り回っていた。
「マリラはそこにロープを!」
「ええ!」
渡されたロープの端を、マリラは竜の像に縛りつける。しっかりと固定した後、部屋を壁伝いに走って、ゴーレムから距離を取りながら移動する。
一方でライは、もう片方の端を持ち、ロープを床すれすれに低く張る。マリラもライのところに行き、ロープの端を一緒に持った。
「よし、ジェス、今だ!」
合図を受け、ジェスは攻撃をかわしながら、巧みにゴーレムをロープを張ったところまで近付ける。あまり離れると、ゴーレムの攻撃対象がライとマリラに向かうかもしれない。一定の距離を保ちながら、次第にロープのところまで近づき、ジェスは床に張られたロープを、後ろ向きに飛び越えた。
「行くぞ!」
それと同時に、ロープの端を持ったライとマリラが、走り出す。ロープはゴーレムの足元に巻き付き、その足をすくうような形になる。
もともとジェスを潰そうと、前のめりになっていたゴーレムは、足元のロープにつまづき、前方に倒れ込む。
ジェスは倒れてくるゴーレムの巨体に潰されないよう、素早く横に跳んで避けた。
「痛っ!」
ロープを引くライとマリラは、ロープがゴーレムに引っ張られたことで、手の中でロープが滑り、掌の皮がむけた。だが、そんなことは言っていられない。
必死にロープを握り、力の限りに引いた。何とかその場に縛りつけなくてはいけない。
グオオオン、とゴーレムは、体のどこから発しているのか分からない、低い唸り声を上げ、立ち上がろうと手を付く。しかし、ジェスは跳躍して素早く剣を振るい、倒れたゴーレムの右肩――石の塊と塊の繋ぎ目を、断ち切るように叩いた。
ズン、と大きな音がして、ゴーレムの右腕が落とされる。
「やった!」
ジェスは手を付けずに起き上がれずにいるゴーレムの前を素早く駆け、もう片方の腕も落とそうとした。
グオオン、とゴーレムは唸りながらもがく。腕のなくなったところからは、水が染み出していた。
その感情のない赤い目は、勢いよく跳び上がり、両腕で剣を振りかぶるジェスに向けられる。
その奥で、どれだけの計算が成されたのか――ゴーレムは、切り落とされる寸前の左腕を、自ら吹き飛ばした。
肩と、左腕の境目から大量の水が噴き出す。その水圧のまま、重い石の腕は真っ直ぐ飛び、空中で剣を構えていたジェスは勢いよく叩きつけられた。
ライとマリラは、目の前の光景が信じられなかった。
「ジェス!」
ゴーレムの腕は、ジェスを正面から捉え、吹き飛ばした。そのままジェスは壁に叩きつけられる。
「ぐ……」
ジェスは一撃でかなりの怪我を追っていた。あまりの衝撃に、息すらまともにできない。額を切ったらしく、勢い良く血が流れ、顔を濡らす。
両腕を失ったゴーレムは、床を転がってロープから逃れ、器用にも、勢いよく跳び上がって立ち上がった。その着地の衝撃で部屋が揺れ、天井からパラパラと粉が落ちた。
「嘘、でしょ……」
マリラは呆然と呟いた、
ゴーレムは両の腕を失っていた。転がった左腕からは、まだ噴水のように水が噴き出している。
だが、石でできた人形に、腕を失うことなど、何の痛みもあるはずがない。
侵入者達を踏み潰そうと、その足を大きく上げ、迫ってきた。
ゴーレムのロケットパンチ。