022:黄金の部屋
重い石の壁は地面につき、ジェス、マリラ、ライの行く手を完全に塞いだ。逃げ場のなくなった三人は、迫りくる大岩を見る。
「くっそ! 一か八か!」
マリラは杖を構え、精神を集中させた。
「二人とも私を支えて!」
何をする気か、瞬時に悟ったジェスとライは、マリラの後ろに回り込み、彼女の体を後ろから支えた。
持てる限りの全ての力を振り絞り、最大の出力で〈火球〉を放つ。杖から、爆発するような勢いで巨大な炎がほとばしった。
「……っ!」
強力な炎を噴射しているマリラは、勢いで自分が後ろに吹き飛ばされそうになるが、ライとジェスの、男二人で必死に支える。熱気がバリバリと三人の肌に伝わってくる。
「頑張れ、マリラ!」
「踏ん張れ……!」
ライは、マリラが必死に杖を握る手を、上から包むように握り込んで守る。勢いよく炎を噴射し続けるその杖は震え、マリラの手は熱気で赤くなっていた。
岩は炎に包まれ、一瞬押し返された。そのまま、中央にヒビが入り、ドン、と大きな音を立てて砕け散った。
「やった……!」
岩が砕けるのを見たマリラは、ふっと笑い、そのまま精神力を使い果たして気絶した。
「……」
「……」
「……」
アイリスは、ベルガとザンドについて歩いていた。もともと無口なザンドは言葉を発しないし、アイリスもとてもお喋りできるような気分ではない。ベルガもそんな二人と特に話そうともしないので、三人は無口でひたすら遺跡の通路を進んでいた。
ジェスさん、ライさん、マリラさん……。
思い出せば、涙ばかり零れてくる。
そんな時、ザンドが急に沈黙を破った。
「……ベルガ。この先……」
「おや、魔物かい」
ベルガは曲刀を抜き、構えた。そしてアイリスを振り返る。
「アンタは戦えないのかい」
「……はい、あの……」
「いい、後ろ下がってな」
するとザンドは、杖を出し、ぼそぼそと呪文を唱え始めた。何の呪文だろう、と思ったが、古代語の知識のないアイリスには分からない。
次の瞬間、暗闇から魔物が飛び出してきた。さっきも現れた小鬼だ。ベルガは勢い良く飛び出していき、一閃のうちに魔物を切り裂いていた。
「!」
アイリスは驚いた。ジェスやライより、その動きがずっと素早い。小鬼たちはほとんど声を上げる暇もなく、一瞬のうちに喉を掻き切られて倒された。
「……ふん」
ベルガはつまらなさそうに曲刀を振り、血の滴を払った。
「う……っ」
気が付いたマリラは、冷たい石の床から体を起こした。
「マリラ、大丈夫?」
「ええ……」
精神力を使い果たして、気を失っていただけだ。今もまだ、充分とはいい難いが、眠っているうちにだいぶ楽になった。
ジェスが荷物から水を取り出して飲ませてくれる。マリラはそれを受け取りながら、石の壁を見た。
「……どうなの、状況は」
「ああ……マリラが寝ているうちに、俺とジェスで壁を持ち上げようとしてみたけど、全然びくともしねえよ」
「そう……」
マリラを加えた三人でやっても結果は一緒だろう。
「せめて向こう側からも、あの馬鹿力のザンドって男も合わせて、六人で持ち上げれば違うかもしれねえけど……」
「そうだ、アイリスは?」
はっとしてマリラは聞いたが、ライは首を振った。
「壁の向こう側に呼び掛けてもみたんだが、どうも、壁のすぐ近くにはいないらしい」
下りてきた石の壁と、通路の壁の間にはわずかに隙間があった。だから壁越しに声をかければ聞こえないことはないのだろうが、少し離れると声は届かないだろう。
「アイリス……大丈夫かしら……」
「ベルガとザンドと一緒にいるとは思う。もしかしたら、僕たちが死んだと思って、遺跡を出ることにしたのかもしれない」
「……。」
アイリスのことは心配だが、まずは自分達の状況だ。
「この奥に進んで、外に出られると思う?」
「賭けだな。分かれ道も多いし、どうやら比較的左右対称な作りみたいだから、可能性はないわけではないぜ」
マリラはため息をついた。
「ここにいつまでも居ても、仕方なさそうね……」
マリラは立ち上がった。三人は、遺跡の奥へと進み始めた。
アイリスは、ベルガとザンドについていきながら、遺跡の通路を歩き続けていた。
時折出る魔物は、全てベルガが倒していた。その様子を、アイリスはただ見ていることしかできなかったのだが、しばらく見ているうちに、アイリスはあることに気が付いた。
魔物が出る前には、必ずザンドがベルガに合図を送る。どういうわけか、ザンドは魔物の存在を感知しているらしい。
そして、ザンドが何か呪文を唱え、それからベルガがあっという間に魔物を倒す、という繰り返しだった。
「……あの、ザンドさん、ベルガさん」
「何だい?」
「ありがとうございます、戦ってもらって……」
「いいさ。アンタ神官なんだし、怪我でもしたら治してもらおうかね」
今のところその機会はなかったが。
アイリスはザンドにも頭を下げた。さっき岩に押しつぶされそうになった所を、助けてくれたのは彼だ。
自分だけが助かってしまったのは辛いが、とりあえず彼には礼を言うべきだろうと、頭を下げた。
「……」
ザンドは、やはり無言だった。
しばらく、アイリスは早足で進んでいくベルガとザンドについてやや駆け足でついて行っていた。曲がり角でも、あまりに迷いなく進んでいくものだから、てっきりアイリスは、二人がこの辺りの道を知っているものだと思っていた。
「っと、行き止まりだね」
「えっ?」
だから、急に立ち止まったベルガに、アイリスはやや意外に思った。
「どうやら道が違ったのかね。まあ、じゃあここでしばらく休むとするか」
「え? は、はい……」
急に腰を下ろして休み始めたベルガに、アイリスは戸惑いながらも従った。そもそも、一人で遺跡の中を進むことのできないアイリスは、ベルガについて従うしかない。
ザンドは、無言でそこに立って、頷いた。その様子を、ベルガはニヤリと笑って見ていた。
ジェス達三人は、ひたすら出口を探して歩き続けた。石の壁に閉じ込められた地点からは、ずっと一本道だった。
「……ん?」
先頭を歩いていたライは、急に空気が変わったような気がした。湿っぽく、黴くさい地下の臭いとは違う、どこか爽やかな香りがする。
「ねえ、水の音がしない?」
「……確かに」
耳を澄ますと、微かに水の流れる音がする。
「ということは、もしかして……」
三人は、大きな扉の前についた。扉には、やはり竜のレリーフが彫られている。
「ここが一番奥、か……?」
いかにもそれらしい重い扉だ。ライは罠などがないか調べてから、その扉を開いた。
そこには、美しい部屋があった。
部屋の中央には大きな竜の像があり、その両の瞳には、光る石が嵌め込まれていて、部屋中を明るい光で照らしだしていた。
また、像の口からは、澄んだ水が流れ出し、部屋中に張り巡らされた水路に水をもたらしている。
その水路の脇には、黄色い花が咲き誇り、地下にいながらにして、まるで地上の花畑にいるようだった。
「……」
「これが、黄金の部屋、か」
まるで昼間のような明るさに、ライは手にしていた松明を消した。
花が発するのだろう、新鮮な空気が心地よい。三人は、辺りを見渡しながら、部屋の中に入っていった。
「さすが、古代魔法王国の遺跡ね……」
マリラは、地下にこのような部屋を造る古代の技術に感心した。そして、竜の像の前に、金色の箱が置かれているのに気付く。
「アイツらの探してた財宝はあれか。で、俺たちの目的の花も見つかったわけだが、さて、この部屋も別の場所には繋がってないみたいだし、どうするか……」
ライがそうつぶやいた、その時だった。
天井から、ドン、と大きな音を立てて、落ちてきたものがあった。それは部屋の入り口の前に立ち塞がり、侵入者を決して逃がさないとするように、赤く光る目で睨みつける。
「あれは……ゴーレム!」
石で作られた巨大な人形は、その重そうな両の拳で、三人に襲い掛かった――。




