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青空の冒険者  作者: 梨野可鈴
第一章 炎の魔法学園
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002:魔法のローブ

 マリラは、窓から通りをぼんやり眺めていた。時折笑いを漏らすのに気付き、ライは尋ねた。

「何見てんだ?」

「服よ。最近、ああやって古代語の織りこまれた服が流行ってるらしいの」

「古代語?」

 そう言って見てみると、通りを歩く女性の何人かの服に、文字のような刺繍がされているのに気付く。だが、その文字は普段自分たちが使っている現代語の文字ではない。

 古代語――かつての魔法王国で使われており、魔法使いが魔法を唱えるのに使用する言葉でもある。

「お洒落らしいわ。でも、魔法の呪文の力を持つ言葉を刺繍するわけにいかないからね。書いてある言葉はデタラメで、それを意味も分からず着ているのが、私から見たらおかしいのよ」

 魔法使いのマリラなら、古代語も読み書きできる。ライは、尋ねてみた。

「へえ……じゃあ、通りを歩いて行った青い服の女のは?」

「『昨日は食べ過ぎた』」

「あっちの、茶髪の女のやつは?」

「『市場でリンゴが安売りしていた』」

「……何でそんな内容?」

 もうちょっとマシな文言があるだろ、とライは思った。

「どうでもいい内容じゃないといけないのよ、古代語は魔法の言葉だから。あれを刺繍しているのは、貧乏な魔法使いの冒険者が多いとも聞くわよ」

「お前もやればいいのに」

 ライの言葉に、マリラは眉を吊り上げた。

「私に刺繍の仕事をしろって?」

「そうじゃなくて、その黒くて色気のないローブ、お洒落したらって」

 ライは、マリラの着ている、魔法使いの正装である黒いローブを指差した。マリラがライに文句を言おうとした時、ジェスとアイリスがやって来た。


 酒場のマスターから、急ぎの依頼があるということで、ジェス達に紹介されたのは、家出した娘の捜索だった。本来なら、ただの人探しは、冒険者の仕事ではないが、今回はそれだけの事情がある。

「大人しいお嬢さんが、いきなり奇声をあげて家から飛び出していき、東の森へ入っていくのを目撃された、と」

「森には魔物が出ますから……心配ですが」

 それで慌てて、東の森に入ることができそうな冒険者を雇って、娘の捜索を頼んだのだという。あまり裕福な家の女性ではないらしく、報酬は低い。ジェスにその話が来たのは、その時たまたま空いていたからというのもあるが、困っている人の依頼は断らないというジェスの人の好さを、マスターがよく知っているからなのだろう。

「話を聞いてきた分には、普段は大人しい女の子らしい。そんな行動に出たには、何か訳があると思うんだけど」

 ジェスはそう言いながら、東の森に入った。何度か入ったことのある森で、勝手は知っているが、それでもいつ魔物が襲ってくるか分からないので、油断はできない。

「見ろ、これ、足跡だぞ」

 ライが足跡を見つけた。アイリスを呼び、足の大きさを比べさせたところ、やはり女性か子供のもののようだ。

「これを追っていくのが間違いないようだな」

 一向は頷き、急いで足跡を追った。草が茂り、足跡が見えないところまで辿り着いた時、ライが何かの気配を察知した。

「何かいるぞ!」

 草むらからガサガサと音を立てて飛び出してきたのは、小さな魔物の、角ウサギだった。角ウサギは、ジェスたちの前に飛び出してきたが、目もくれず一目散に反対側で走り去っていく。

 憶病な魔物で、人間相手でも恐れて逃げていくので、基本的に害はない――だが。

「何かから逃げていたわね」

「ああ……」

 ライが、短剣を構えた。

 次の瞬間、角ウサギが逃げてきた茂みから飛び出してきたのは――探していたお嬢さん、そのものだった。だが、明らかに様子がおかしい。

 獣のように唸りながら四足で、こちらを睨みつけている。まるで狼のようだ。

「……すみません、あなたは、ミレー……」

 ジェスが話し掛けた瞬間、彼女は吠えて飛びかかってきた。


「お、おい、この女が探していた女で間違いないんだよな」

「聞いていた特徴とは、合っているけど……!」

 ジェスは、最初の一撃を咄嗟に飛びのいてかわした。だが、こちらは剣を抜くことができない。彼女はひたすらに狂ったように突っ込んでくる。口から涎が垂れ、恐ろしい形相だ。

 剣の鍛錬を積んだジェスとはいえ、こちらから攻撃できないとあっては分が悪いと、ライも援護のために突っ込んだ。とはいえ、短剣は鞘に納めたままで、牽制のために振り回す。

「何か魔法の力が働いているのでしょうか?」

 アイリスは精神を集中させた。だが、邪悪な気配は感じられない。少し離れていたところから様子を見守っていたマリラは、はっとして叫んだ。

「あの服! 古代語の呪文が書かれてる!」

「何だって?」

 ライはさっき聞いた話を思い出した。危険だから意味のない言葉を刺繍している、と――。つまり。

「意味のある呪文を刺繍したら、その呪文は効くのか?」

「当たり前でしょ! 魔法のローブっていうのは、本人にその魔法を制御できる力がないと着れないわよ!」

「何て書いてあるんだ?」

 ジェスは尋ねたが、マリラは無理、と答えた。彼女の動きが早すぎて、服に書いてある文字がはっきりと読めないのだ。

 ぎゃああっ、と彼女は叫び、いきなり方向を転換させ、アイリスとマリラの方に突っ込んできた。いけない、とジェスは慌てて彼女を抑え込む。後ろから捕まえたが、強い力でそれを振り払おうとする。普通の女性の力ではない。

「ジェス、そのまま押さえてて!」

 マリラは呪文を唱えた。滑らかな呪文の詠唱が終わり、〈眠りの雲〉の魔法が完成した時、ジェスと彼女は、地面に倒れ込んで眠ってしまった。


 ジェスが目を覚ました時、ミレーユという女性は、落ち着いた様子で眠っていた。着ていた例の服は脱がされ、ライの上着をかけられている。まだ眠っているのは、マリラの眠りの呪文の効果だけでなく、今まで暴れていた疲れが本人の体に来ているからだろう、とアイリスは言った。

「ところどころ怪我をしていた様でしたので、〈癒し〉の魔法をかけました……」

「僕が寝ている間に、皆で何とかしてくれたんだね」

 ジェスが礼を言うと、ライは悪戯っぽく、俺は何もしてないけどな、と言った。

「手伝ってやろうとしたけど、アイリスに止められた」

「女性の服を脱がせるんですよ。当たり前です」

 その横で、マリラは彼女の着ていた服を調べていた。

「よくもまあ、これだけ呪文を刺繍したものだわ。〈錯乱〉に〈強化〉。こっちは〈忘却〉ね……綴りは間違っているけど。多分、流行っているからって、適当に古代語魔法の本を見て、自分で意味も分からず真似したんでしょうね」

「〈錯乱〉はともかくとして、〈強化〉の魔法だったら別に良さそうに思うけど……」

 聞いた感じからすれば、腕力などを強化する魔法のようだ。

「駄目よ。魔法の力を制御できないのに魔法の品を使うのは、慣れていない子供が剣を振り回すようなもの。危ないのよ」

 その時、彼女が目を覚ました。自分が見慣れない場所で寝ており、知らない一団に囲まれて、そして、服まで脱がされていることに気が付いた彼女は――悲鳴を上げた。

「何なの、あなたたち!」

「あ、いえ、自分たちは……」

 ジェスは状況を説明しようとしたが、彼女はきゃあきゃあ悲鳴を上げて助けを呼んだ。当然といえば当然の反応だ。

それを少々、不機嫌そうな目で見ていたマリラだったが、ふと、思いついたように彼女に話し掛けた。

「……ミレーユお嬢様、私は魔法使いなのですが」

「な、何です!」

「このようなものより、さらに可愛らしい魔法の言葉を、刺繍したドレスをお作りできますよ」



 それから三日後。一向は、彼女を連れ戻した成功報酬を受け取ると共に、一着のドレスを納品した。問題となったあの服の刺繍をほどいて、マリラとアイリスが手分けして新しい刺繍を施したものだ。可愛らしく、ということなので、追加で裾にレースがつけてある。

 帰り道、アイリスはマリラに尋ねた。

「あれ、何て書いてあったんですか?」

「……あれ、アイリスも知らずに刺繍してたの?」

 ジェスの疑問に、アイリスは頷いた。

「うん? まあ、気にしなくていいわよ、デタラメなの」

 マリラは、アイリスにこの模様で刺繍するように、と紙で書いて指定しただけなのだ。アイリスはそれで納得したのか、それ以上は聞いてこなかった。

 後ろからライがマリラに近づき、小声で耳打ちした。

「……酷いことするな。俺、あれ、辞書で調べたぞ」

「あら、分かった?」

 ライは盗賊の割には意外に教養があるものだ、とマリラは内心思った。

「まあな。あのお嬢さんは、分かんないんだろうけど……」

「『私は文字の読めない愚か者』――その通りじゃない」

絵描き(妹)に描いてもらった、ライ&マリラです。

挿絵(By みてみん)

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