019:遺跡の街
強い日差しが照りつける。渇いて埃っぽく、風が吹くたびに黄色い砂が舞い上がる。
「うえー、暑い」
「黙ってライ。余計暑い」
暑さにイライラしているのか、マリラの口調はいつもよりきつい。
「まあ、今は乾季だからね」
ジェスは慣れているのか、苦笑しながら砂漠を歩いていく。
「あ、見えてきました!」
アイリスが砂漠の先に、街の姿を見つけて指さす。ライとマリラの目が輝く。だが、ジェスはううん、と首を振った。
「あれは蜃気楼だから実際はもう少し先かな……あれ? みんな、顔が怖いよ」
一行が向かっているのは、ギールの街から南にある、カステールの街だ。こんな灼熱の砂漠の中央に街がある理由は二つ。一つは、オアシスが近いこと。もう一つは、この街は、古代の魔法王国の遺跡が、この砂漠の地下に広がっているからである。
カステールの街は遺跡の街とも呼ばれ、ギールの街と同様に、冒険者で賑わっている。遺跡からは古代の財宝が見つかることもあり、一攫千金を狙う者たちが集まるのだ。
「ジェスさんの実家がここにあるんですね」
「まあ、一応ね」
一応、というのは、ジェスの両親が冒険者で、幼いジェスを連れてあちこち旅をしていたからだ。実家といっても、ジェスはこの街で育ったわけではない。
それから一家でずっと旅をしていたのだが、ジェスが十六になった時に、年齢を理由にジェスの両親は引退、その時たまたま滞在していたこの街に定住することを決めた。そしてジェスは、両親を残して一人で旅を続けることを決めて、今に至る。
「改めて聞くと、すごい経歴よね」
「冒険者はみんなそんなものだと思うけど」
今、ジェスの両親はこの街で、冒険者相手の宿を経営している。
「父も母も、みんなを歓迎してくれるよ」
「おおジェス! よく来たな!」
「後ろのお友達も、いらっしゃい!」
ジェスの両親は、明るく一行を出迎えた。宿屋の主人として。
「四人で銅貨三枚だ。ここらでは一番安い宿だぞ!」
「蒸留水だってサービスするわよ」
「え、ええ……どうも」
マリラは頷きながら、ジェスを横目で見た。
自分達はともかく、ジェスまで泊めるのに金を取るのか。
しかしジェスは特に気にした風でもなく、両親と仲間達を紹介した。
「みんな、僕の父のブラッタと、母のフリーヤ。久しぶり、母さん、父さん。こっちが今僕と旅をしている仲間達」
「ジェスが世話になってるな」
「どうも」
元剣士だというブラッタは、引退したという今でも、体格のいい筋骨隆々とした男だった。握手に強く手を握られ、ライはやや手が痛い。
「あらあら、可愛らしいお嬢さん方と旅をしているなんて。どちらがそうなのかしら」
「い、いえ、そういうのでは……」
「私もマリラさんも、一緒に旅をしてますよね?」
頬に手を当てて喜ぶフリーヤに、マリラは誤解を招かないうちにと急いで説明をした。アイリスはきょとんとしている。
「あらそうなの? 私が主人と知り合ったのはちょうど今のジェスくらいの年なのに」
「はあ……」
フリーヤはくるくるとした金髪の可愛らしい雰囲気の女性だった。しかし、彼女も元盗賊というだけあって、よく鍛えられた体つきをしていることが分かる。
「さて、それじゃあお料理を用意しないとね。ちょっと待っていて下さいな。あなた、お客様を部屋に案内して」
フリーヤはそう言って楽しそうに笑った。
「ほう、青竜の遺跡にね。あれは確かにまだ見つかったばかりだからな」
一行がこの街にきたのは、ある依頼を受けたためだった。古代魔法王国の遺跡に潜り、その中に生えている花を、数株だけ採取してきてほしいのだという。
古代に造られた、魔法王国の遺跡の中には、かつての栄華を示すように、数々の宝が眠っていることが多い。しかし、長年の間に魔物が巣食うようになっていたり、罠が仕掛けられたりしていて、危険な場所でもある。
「うん。今日はゆっくり寝て、明日から向かうつもりだよ」
「そうか、気をつけろよ」
ジェスは久しぶりに父のブラッタとゆっくりと話していた。一方、話し好きらしいフリーヤは、マリラとアイリスを相手に、一行の旅の間の話をあれこれ聞いていた。
「まあ、ジェスったら武芸大会に出たの?」
「ええ、なかなかいいところまで行きましたよ。ジェスに剣を教えたのはブラッタさんなんですか?」
マリラの問いに、フリーヤは、少し考えた。
「そうねえ。もちろん主人もジェスに剣の基本を教えたのだけど、どちらかといえば、私かしらね。主人の戦い方はジェスには向いてなかったの」
それは剣の心得のないマリラにもわかる。ジェスはかなり小柄な方だが、父親のブラッドは屈強な大男だ。力で押し切る戦い方は、ジェスには向かない。
「だけど、技の基本を教えた後は、ジェスは主人を相手に毎日稽古していたわよ」
そうしてフリーヤは微笑み、楽しそうに昔を思い出した。
ライは蒸留水を飲みながら、この様子を遠目に見ていた。
ジェスとその両親の二人が、ほとんど似ていないな、とは感じていたが――敢えて言うことでもない。
翌日、一行は遺跡に向かった。
最近発掘されたという青竜の遺跡の入り口には、その名の元となったらしい、竜のレリーフが彫られていた。
「ええと、この遺跡に入るんだね。じゃあここ、日付と、名前を書いて。サインは本人でね」
遺跡に入る前に、書類へのサインを求められた。この街で遺跡に潜る冒険者は、必ず遺跡に入った時と出た時に記録をつけることになっている。
別に遺跡の出入りは、制限されているわけでもないし、入った人間が出てこなくなったからといって探しに来てくれるというわけでもない。
ただ、こうして、どの位の数の冒険者が入り、そして生きて出てきたかを記録することで、遺跡の危険度や、中にどれだけ財宝が残っていそうか、の一応の目安としている。
書類にサインをした一行は、その上に、二人ほどのサインがあるのを見た。入ったのはついさっきで、出た記録はない。
「僕らより先に入っている人がいるみたいですね」
「ああ、二人組が来たよ。中で会うかもしれないな」
遺跡の管理をしている男は、忙しいから早くしてくれとばかりに、ぶっきらぼうに答えた。
地下に降りる階段を、慎重に降りていく。砂漠である地上とは違って、空気はひんやりとして、湿っぽい。
先頭を歩くライは松明を、そしてアイリスがランプを持っている。普段の旅では、ランプしか持ち歩いていないのだが、何かの弾みで消えてしまった時、突然真っ暗になってしまうので、今回の探索では、松明も用意した。
階段を下りきると、長い通路が続いていた。幅は、大人が両手を伸ばせば触れてしまいそうなほどで、かなり狭い。
先頭から、ライ、マリラ、アイリス、ジェスの順で進んでいく。
「遺跡なんて初めて入るわ……」
マリラの呟きは、壁に反響して響いた。
「怖いか?」
「まさか」
からかうように言うライに、マリラは憮然とした。
「ま、俺も初めてだな」
「私もです」
アイリスはやや緊張したように答えた。
「そうだね。僕も久しぶりかな」
「……そういやお前、子供の時に遺跡で遊んでたとか言ってたか?」
「うん。たまに遺跡のあるような街に行くとね。もちろん、財宝も取り尽くされて、魔物もすべて退治されたような、攻略され尽くした遺跡だけどね。勝手に入ってよく怒られたよ」
「元気な子供だったのねえ」
いや、呑気だろうか?
「でも私も、小さい時は修道院で隠れんぼして、怒られてました」
アイリスは恥ずかしそうに言った。
「あら、意外ね」
「あー、俺もそういえば、そういうことしたな……乳母が血眼で探してたっけ」
「ライまで」
というか乳母って。
ライは実は貴族の出身なのだろうか、と思ったが、マリラは聞き流した。
「マリラはそういうのないのか?」
「狭い田舎の村で、遊び相手の子供がいなかったのよねえ……」
遺跡を探索しているとは思えないほど、一行はほのぼのとした話をしながら、奥へと進んでいった。