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青空の冒険者  作者: 梨野可鈴
第二章 砂漠の古代遺跡
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018:赤い髪の女戦士

「ふーん、ジェス、この後も出るんだ」

 武芸大会に出ることにした最初の目的からすれば、ジェスはもう棄権しても構わない。

「あいつも一応剣士だからな」

「ふうん」

 観客席で、露店で買った果物をかじりながら、マリラは試合を眺めていた。

「ちなみにこれって、優勝すると何かあるの?」

「優勝賞金は金貨二十枚」

「へー。ライも出れば良かったじゃない?」

 ライは剣士ではないが、ジェスとも剣を合わせているし、それなりの実力がある。だがライは首を振った。

「面倒だよ。目立ちたくないしな」



 ジェスの次の相手は、槍使いの若い男だった。

「ふうん」

 彼はジェスを一瞥したが、お互いに一回戦を勝ち抜いた相手だと分かっているので、馬鹿にするような事は言わない。

「始め!」

 ジェスは相手の出方を伺う。先に仕掛けてきたのは槍使いの方だった。槍使いはその長い間合いを活かし、ジェスの剣の届かない範囲から攻撃を繰り出す。

 だがジェスはその突きを避けながら、相手との間合いを詰めていく。

 槍使いは低い位置で槍を払い、ジェスの足を払おうとした。だがそれも跳んでかわす。



「へー。あの槍使いなかなかやるじゃん」

「そうなんですか?」

 一行は焼き菓子を食べながら、試合を見ている。アイリスやマリラには、武芸のことはさっぱりだ。

「あ、さっきライがいない時に出てた女戦士もなかなか凄かったわよ」

「ほお」



 ジェスは間合いを詰め切り、槍使いの懐まで入り込んだ。槍使いは槍を短く構え直して応戦している。

 武器と武器がぶつかり合う音が響く。激しい打ち合いが、しばらく続いた。

「やあ!」

 槍使いはじりじりと後ろに下がり、ジェスと距離を取ろうとしたが、ジェスはそれを許さず前に詰めながら戦う。

 槍使いは気が付けば、闘技場の端まで追いつめられていた。背中が壁に当たり、はっ、と後ろを確認する。その一瞬の隙を逃さず、ジェスは槍を強く下から打ち上げた。

 槍は回転しながら宙を舞い、少し離れたところに突き刺さった。槍使いは両手を上げ、降参したと言った。

「いい試合だったよ」

「ええ、ありがとうございました」



「お疲れさま」

「ありがとう」

 マリラは控室で休むジェスに、屋台で売っていた果物を手渡した。喉が渇いていたので、水気のある果物が美味しい。

 食べながら、ジェスは笑った。

「どうしたの?」

「休みの度に、みんなが控室に交代で差し入れを入れてくれるからね。お陰で結構お腹いっぱいだよ」

 ジェスは何だかんだで、その後も二試合を勝ち進んでいた。

三試合目の相手は重戦士で、動きの素早いジェスとは相性が悪く、あっさりジェスが勝利。四試合目は、相手が前の試合で負傷していたため途中で相手が棄権した。

「次が準決勝ね」

「うん。だけど、こう勝ち上がってくると、試合の間隔が狭いから、疲れてくるね……」

「それは相手も一緒でしょ?」

 マリラの言葉にジェスは苦笑した。次の試合に呼ばれたジェスは、じゃあ行ってくるよ、と手を振った。



 次の試合、ジェスの前に立っていたのは、赤い髪の女性だった。髪と同じ、赤色に染めた革鎧を身に着けている。対峙するジェスのことを睨むような鋭い眼からは、意志の強さが感じられる。

 彼女は、両手に細身の剣を構えていた。

 ここまで勝ち上がってくるのだから、相当な実力の持ち主だろうと、ジェスは気を引き締めた。



 観戦席の三人は、買ってきた料理を食べ尽くし、冷たい水を飲んでいた。

「あー、あの女戦士ととうとう当たったか。さっき見てたけど、彼女は強いな」

「どう見る、ライ?」

 ライは少し考え込んだ。

「俺やジェスと同じ、素早さで相手を圧倒するタイプだし……」

「だし?」

「あのジェスが女性相手に、本気が出せるかどうか」

 確かに、今までの相手は、彼女が女性であることや、その美しさに油断して、そのまま倒されてしまっていたことも多い。

「いや、ジェスの母親は冒険者で、技も母親から教わってたらしいから、女であることを理由に油断はしないだろ……けど、お人好しだからなあ」

「……。」

「ジェスさん、頑張ってくださいー」

 アイリスは無邪気に、ジェスを応援していた。



「始め!」

 試合開始の合図と共に、女戦士は真っ直ぐ駆けてきた。右手のレイピアを水平に、左手の方は逆手に構え、鋭く突っ込んでくる。

(早い!)

 ジェスもどちらかと言えば、素早い動きで突っ込んでいくタイプではあるが――この女戦士の動きは、ジェスと同じか、それ以上だ。

 女戦士の右の一撃を剣で捌くとほぼ同時に、左の鋭い突きが繰り出される。それは間一髪、体を反らして避けたが、ジェスの黒髪が数本、宙を舞う。

 風を切る音が、確かに耳をかすめた。



 白熱した試合に、観客席は歓声と熱気で包まれていたが、ライとマリラとアイリスは、固唾を飲んで二人の打ち合いを見守っていた。

 ライの心配は、まったくもって不要だった。

 ジェスが苦戦し、押されていることは明らかだった。女相手に手加減、なんてレベルではない。

 剣の心得のあるライには二人の動きが追える。動きが早いのでなかなかそうとは見えないが、女戦士の繰り出す動きに、ジェスは防戦一方だった。

 しかし、それは決してジェスが女戦士より遅いということではない。むしろ女戦士の両手から繰り出される攻撃を、見事に長剣一本と体の動きで防いでいるのだ。

「二刀流と一刀流じゃ、一刀流が不利かしら?」

「そうとは限らないが……」



「くっ!」

 紙一重でレイピアの右の一撃を避けながら、切りつけたが、それは左の剣に防がれた。

 何て戦士だ。

 しばらく剣を合わせているうちに、彼女の動きが見えてきたと思ったので、隙を付いて、ジェスも時折攻め込んでいるが、それはことごとく防がれてしまっている。

 動きが見えただなんて、とんでもない。

 彼女の両の剣は、攻防一体だ。こちらが押されているとみれば激しく切りつけてくる。隙をついて攻撃しても、小回りの利くその武器で盾のようにその一撃を防ぎ、そしてすぐにもう片方の剣で再び攻撃に転じる。

 これほどの腕前の相手を、ジェスは初めて見た。

 勝てないな、と思った。まるで攻撃が入らないまま、こちらの体力だけが奪われていく。

 もともと、積極的に大会に参加したわけではない。だが、ここでこの女戦士に負けるのは――ひどく、悔しい。


 歴戦の女戦士は、目の前の剣士の闘志が弱まったのを肌で感じとった。よく動いた方だが、ここで気持ちが負けたのならば、もう勝負はついたも同じだ。

 一気に終わらせる。強く細身の剣を握り直し、激しく切り込んだ。


 勝負をつけにきたか。

 先ほどより、速く、強く、両の手から雨のように繰り出される攻撃に、ジェスはそれを悟った。

 ならば――せめて。

 最初の三撃を長剣で受け、そしてジェスはその剣を相手の勢いを殺すように、ふわりと地面に捨てた。

 はっ、と女戦士の体勢が崩れる。そして両手の空いたジェスは、渾身の力を込めて、拳を女戦士の脇腹に突き出した。

「ぐっ!」

 それは、初めて聞く女戦士の声だった。

 その一撃は、確かに入った。軽やかに動けるように、彼女はジェスと同じく――軽い皮の鎧しかつけていないからだ。あれほど剣で相手の攻撃を完璧に防げるのならば、金属鎧など不要なのだろう。

 女戦士は、ぎり、と奥歯を噛みしめて体勢を整え、すぐに攻防の構えを取ったが――。

「降参します」

 ジェスは空いた両手を上げ、自分の負けを宣言した。

ジェスの長剣は地面に転がっており、それを取っている隙に倒されるのは必至だった。


 控室で休むジェスを、ライ達三人は迎えに行った。

「お疲れ様でした」

「あの試合が一番見ごたえあったぞ」

 あの試合とはもちろん、ジェスと女戦士との試合だ。

 結局、武芸大会は、あの赤い髪の女戦士が優勝した。

「ありがとう。……大会、出て良かったよ」

「ん?」

 疲れているのか、ジェスはそれ以上は言わなかったが、ライはジェスの言いたいことは分かった。

「あ!」

 その時、アイリスが声をあげた。赤い髪の女性――先ほどの女戦士が、こちらに向かって歩いてきていた。

「優勝、おめでとうございます」

「ありがとう」

 彼女はそう言って手をジェスに差し出した。握手だと分かり、ジェスはその手を握り返した。力強い手だった。

「だが、私と当たるのが遅ければ、君は間違いなく準優勝だったはずだ」

「いえ、そんな」

 ジェスは謙遜したが、仲間たちも同じことを考えていた。

結局、この女戦士は決勝戦でも相手から攻撃をもらうことはなかった。やや騙し討ちに近かったとはいえ、彼女に一撃を入れられたのは、ジェスだけだ。

「私の名前はエデルだ。君の名前は?」

「ジェスといいます」

「そうか。また会えるといいな」

 双剣の女戦士はそう言って笑った。

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