017:武芸大会
冒険者の街、ギールは、人の往来が多く、いつも活気のある街だ。ジェスたち一行も、この街を拠点に冒険者をしている。
そんな街だが、最近はいつにも増して、人が多い。
いつもの店で食事をしていた一行は、いつもより混んでいるのに首を傾げた。
「いつもより賑やかですね?」
「そうね?」
アイリスがそう尋ねると、マリラも頷いた。
「ああ、あれだろ?」
ライはそう言って、店の壁を指さした。そこには、多くは冒険者への依頼や、仕事の募集などのビラが張られているのだが、その中にひときわ大きく目立つ掲示があった。
「武芸大会……?」
「たまにやってる所があるぜ。ギールの街でもやるんだな」
腕に覚えのある冒険者の多いこの街で開催すれば、それなりに盛り上がるということなのだろう。
「はは、君たちも出ないのかい?」
店のマスターに聞かれ、マリラとアイリスは首を振った。武芸は自分達の専門外だ。
「ジェスは出たい?」
剣士であれば、なかなか興味があるかもしれないとマリラはジェスに話を振ったが、それよりジェスは目の前の料理に集中していた。
(まあ、ジェスは強さや名誉に執着するタイプではないわね……)
腕の立つ剣士には、血気盛んな者も少なくないが、ジェスは至ってお人好しだし、穏やかなのだった。人助けのためなら危険な魔物相手にも突っ込んでいくのだが。
「あのう……」
そんな一行に、声をかけてきた者がいた。
彼は、タップと名乗った。頼みがあるのですが、と言われ、一行はタップに連れられて店の外に出た。
そこで彼が依頼したのは、意外な内容だった。
「武芸大会に出て、そこで自分に負けろだって?」
「は、はい……お金は出しますから」
人気のない場所に連れられた時は、さすがに多少警戒したが、それでもタップについていったのは、彼があまりに気弱そうな様子だったからなのだろう。
「何で?」
「あ、あの……その、武芸大会では、貴族も多く来るんです。それで、腕がいいと見込まれた場合、お抱えの傭兵として声がかかる場合もあって……だから、そこでいい成績を残して、何とか就職したいんです」
タップの話した理由に、ライとマリラは呆れかえった。
「お前なあ」
「馬鹿じゃないの」
容赦ない言葉に、タップは泣きそうな顔をした。こんなに気弱で、そもそも武芸大会に出られるのかが怪しい。
「だ、だって! 僕、冒険者になりたくて、家を出てここに来たのに! だけど、うまくいかなくて! この機会に何とか名をあげたくて……」
「……。」
情けない理由に、マリラとライはため息をつく。しかしジェスは、タップに同情的な目をむけていた。まずい。
「そうですか……」
ジェスが何か言う前に、ライは慌てて遮った。
「いやいや。仮にな、ジェスが大会に参加したとしても、お前と当たるかなんてわからない。大会はトーナメント方式で、組み合わせはくじで決まる。運が悪ければ、ジェスと当たる前に負けるかもしれないし、ジェスだってお前に当たる前に負けるかもしれないぜ」
「う、うう……」
タップは項垂れた。そんなことも考えていなかったのか、とライはため息をついた。しかしタップは、こちらの予想外の反応をした。
「こ、これで! お願いします!」
タップがジェスに押し付けたのは、重みのある袋だった。中身が硬貨だと分かり、慌てて返そうとしたが、タップはその場から走り去ってしまう。
「……どうしよう」
ジェスは困った顔をして仲間を振り返った。
武芸大会の当日、街の中央には簡易的な闘技場が作られていた。周囲にはぐるりと簡易ベンチが並べられ、観戦する人で賑わっている。少し高い位置に、いくつか幌を張ったテントがあるが、その中では貴族が観戦しているらしい。
結局参加することになったジェスに、アイリスは声をかけた。
「怪我しないように気を付けてくださいね」
「うん」
試合とはいえ、剣を持って戦えばそれなりに危険はある。そしてジェスは、出場者の中にタップがいないかどうか探した。
「彼はこっちにはいないのかな」
「どうでしょう……マリラさんとライさんが、観戦席で見てくれてますけど」
ジェスが参加した理由は、彼から金を受け取ってしまった以上、参加しないとまずいだろうという、お人好しな理由だった。
ライは、そんな義理はない、放っておけと言ったが、ジェスは首を横に振った。
「試合の間、彼に当たればそれでいいし、当たらないで終わってしまったとしても、大会で会えるわけだから、このお金を返せるよ」
ライはそれを聞いて呆れかえり、もう何も言わなかった。
当然、その金は手をつけられていない。
参加者が呼ばれていたので、アイリスはジェスを見送って、観戦席に向かった。アイリスがライとマリラを見つけて隣に座ったところで、一回戦が始まった。
「あ、ジェスさん、次の試合に参加するみたいですね」
「お、どれどれ」
ジェスの初戦の相手は、重そうな甲冑を来た大柄な戦士だった。大きな斧を構えている。
小柄なジェスを見て、大男は、立派な髭を揺らして高笑いした。
「こんなひょろっこい奴が相手とはな! ははは、運も実力ということか!」
その声は観戦席まで聞こえてくる。
確かにジェスは小柄だし、線も細い。背だけ比べればマリラよりもわずかに低い。だが。
「始め!」
合図がかかると同時に、男は気合を込めた掛け声と共に、斧を振り下ろした。そしてジェスは軽く身を躱し、男に正面から突進していく。
「ぬあっ」
男は斧を振り回すが、そんな緩慢な動きが、狼とも互角にやり合うジェスに当たるはずもないし、大きな武器はそれだけ小回りが利かないので、意外と接近されると戦いにくいのだ。
勝負は一瞬だった。
ジェスの鋭い一撃が、大男の小手の上を強く突く。男はたまらず斧を取り落としてしまった。
その落ちた斧の柄の上に、ジェスはひらりと飛び乗り、丸腰の男に剣を突き付けた。
「……負けました」
「ありがとうございました」
この試合の間ジェスが発した言葉は、これだけだった。
観客席では、三人は焼き菓子を食べながら試合について勝手なことを言っていた。
「こうなるとは思った」
「ああやって前口上を述べるやつほど、負けるわよね」
「ジェスさん、恰好良かったですね」
「あら、アイリスったら」
その間に、次の試合が行われていた。二回戦に出ていたのはタップで――そして、タップは、相手の剣士にあっという間に倒され、何事か喚きながら、担架で運ばれていった。
他の試合をしている間、控室で休んでいるジェスに、ライは声をかけた。
「お疲れ」
そう言って屋台で買った焼き菓子を放る。ジェスはそれを片手でキャッチし、ありがとうと言って食べた。
「あいつ負けたぞ」
「ああ、タップならさっき会ってお金を返してきたよ。ずいぶん感謝された」
「はあ?」
「彼、他の参加者にもお金を渡して負けてくれるよう頼んでたんだって。それでさっき当たった相手が、その一人だったらしいんだけど」
「……ボコボコにされてたぞ」
「うん。他の人達はお金を渡せば快く受けてくれたんだって。それでいて、負けてくれなかった。でも、不正は不正だから、タップには文句の言いようもないし、証拠もない」
「……」
相手に殴られて目が覚めた。君たちは、僕にそんなことをするのを止めてもくれたし、こうしてわざわざお金も返してくれるなんて……。
タップはそう泣きながら話したのだという。
確かに、そういう選択肢もあったと今になれば思う。こんなことを持ち掛けて、裏切られようと、タップの自業自得だ。だから、ほとんどの相手はそうしたのだろう。
俺もいつの間にか、ジェスのお人好しに影響されてるな……。
ライは頬をかいた。