表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
青空の冒険者  作者: 梨野可鈴
最終章 空を翔ける冒険者
153/162

153:約束

 赤の山の中腹で、三人は野営をした。

 木が少ない山のため、木々の間に身を隠すことができない。落石の少なそうな場所を探し、念のため岩影に身を隠して休むことにした。

「見張り番は俺が先にやるよ。アイリスとマリラは寝ててくれ」

「ええ」

「ありがとうございます」

 マリラとアイリスは、岩を背にして座ると、身を寄せ合って眠り始めた。すぐに、規則正しい寝息が聞こえてくる。

「……。ふう」

 焚き火の揺れる光に照らされる二人の安らかな寝顔を見ながら、ライは息をついた。

 二人とも泣き言など一切言わないが、相当疲れが溜まっているはずだ。男の自分でさえ、足場の悪い山を登るのに疲れているのだから。

「……。」

 ライは空を見上げた。満天の星が、輝いている。



 マリラが目を覚ました時、ライはそこにいなかった。

「あら?」

 とうに東の空は、紫色に白みかけていて、夜が明け始めていた。はっとする。

「えっ、私、一晩中寝ちゃったの?」

 マリラは慌てる。見張り番を交代でする時は、大体途中で起きる。そうでなくても、交代で起こしてくれるはずだ。

「ってか、何でライがいないわけ?」

 マリラが慌ててきょろきょろと辺りを見渡すと、マリラに体を預けて眠っていたアイリスも目を覚ました。

「え……?」

 アイリスも、夜が明け始めていること、そしてライがいないことを知ると、驚いたように目を瞬かせた。

「……火の番をお願いしてもいいかしら? 私、探してくるわね」

 マリラは杖を掴んで、野営をしていた岩の影から飛び出した。

 ライはすぐに見つかった。マリラとアイリスが眠っていたのとは少し離れた岩の上に座って、朝日が昇る方向を見ていた。

「何やってんのよ」

 マリラはやや怒った様子で声をかけた。

「ん? ああ、マリラ」

「ねえ、寝てないんじゃないの? 何で起こしてくれなかったのよ」

 マリラが腕組みをすると、ライは頭をかいた。

「悪い」

「や……寝てた私が言うことじゃないけど」

「いや、俺もうっかりしてたんだよな。考え事をしているうちにさ、いつの間にか朝になってて」

 普段なら、星の動きでおおよその時間を知って、火の番を交代しているのだが、星を眺めながらも考え事に耽ってしまったライは、空の色が変わるのを見て慌てた。

「で、まあ、もう寝れねえなあと思って、太陽を見て目を覚まそうと思って」

「……馬鹿」

 マリラはため息をついて、ライの隣に座った。

「眠れなくなるほど、何を考えてたのよ。また一人で背負うつもりじゃないでしょうね。言わないと」

「言わないと?」

「〈眠りの雲〉で無理に眠らせるわよ」

 マリラは杖をちらつかせた。ライはおどけて肩を竦めたが、ため息をついて、話し始めた。


「ずっと考えてたのは、この先のことだ」

 マリラは、黙って頷いた。

「ジェスが人間として――俺達といることを選んだとしても、全く同じようには、もういられない」

「……そう、ね」

 ジェスが、仲間であることに変わりはない。だが、竜であるという事実を無視して、何もなかったようにはできない。

 ジェスの中には、強大な力が宿っている。そして、人である自分達とは、明らかに違う時を生きていくことになる。

 仲間として、その孤独を、一緒に受け止めていきたい。だが、人の身で、何ができるというのだろうか。

 ライは、ずっと考えていた。

 マリラは、そっと頷いた。すぐに答えが出る問題ではない。

「……ライ一人で考えることじゃないわよ。……それに」

「それに?」

「……ジェスに限ったことじゃないわ」

 マリラは、隣に座るライの顔を見つめた。

「私達も、今は一緒にいるけど、いつかは離れて、別々の道を進まないといけない時が来るわ」

「……冒険者の、引退か」

 ジェスの両親が冒険者を引退して、宿屋の経営を始めたのは、四十過ぎくらいだそうだ。平均よりはかなり年老いてからの引退だが、つまり、冒険者としてはそれくらいが限界なのだろう。

 まだまだ先と考えることもできるが――いつかは必ず来る未来だ。

「そう……。正直、私はそのことを考えた時、皆と別れるのが辛いと思った」

「……。」

「けど――仲間じゃなくなる訳じゃ、ないのよね。もしジェスが竜として、この先、別々に生きることになっても、ジェスが仲間であることは変わらないって、思うことにしたの」

「……そうか」

 だが、ライの顔は浮かなかった。

「ライ?」

「……ああ、くそ」

 ライは髪をかき回した。どうしたのかとマリラが顔を除き込むと、ライは顔を逸らす。

 珍しい反応に、マリラは首を傾げた。

「何か言いたいことがあるわけ? 言いなさいよ」

 マリラはライの襟を引っ張って、顔をこちらに向けさせる。

「何でお前はそう、遠慮がないかな……いや、まあ、あれだ」

「何よ?」

「冒険者を止めても……その、一緒にいられないって限らないというか」

「ん?」

「だからまあ、……一緒に、いればいいんじゃねえかな、と」

「どういう事?」

 ライはしばらく髪をかき回していたが、やがて覚悟を決めた。

 立ち上がると、マリラの手を引いて立たせる。ちょうど上り始めた朝日が、二人を照らす。

「マリラ、ちゃんとよく聞けよ」

「何?」

 マリラは、いつも通りの表情で、首を傾げている。

「この先、俺達が旅を止めて、パーティが離れることがあっても、俺は、マリラとだけは離れたくない」

「……え?」

 マリラはそこで、自分の手がライの手と重なったままなのに気付いた。

「これからもずっと、俺と一緒にいてくれないか?」

「……え、」

 何を今更――と言いかけた口が止まる。

 マリラはライの真っ直ぐな瞳を見て、そして、握られたままの手を見て――顔から火が出るのではないかというほど、耳まで真っ赤になった。

「な、な、な、なな……」

「…………ぷっ」

 俯いて慌てるマリラを見ていたが、ライは堪えきれず、吹き出した。マリラは、真っ赤な顔を上げて怒る。

「ちょっと! からかってるの?」

「いやいや。けど、そこまで動揺されると、俺が逆に冷静に……くく」

 おかしくなって、ライは声を上げて笑いだす。マリラは真っ赤になって震えていたが、ライがあまりに、楽しそうに笑うのを見ていると、怒る気も失せてきた。

 あの時と同じだ。

 私を踊りに誘って、そして嬉しそうに笑った顔と。

 マリラは呆れながら、ライに尋ねた。

「いつから?」

「ん?」

「いつから、そんなこと考えてたの」

「さあな。俺も分かんねえや。……で?」

 ライはちょっと首を傾け、マリラに悪戯っぽく笑う。

「え?」

「で、どうなんだ?」

「む……。」

 賭け事の時といい、ライは私には少し意地悪だ。

 マリラは、ライと繋がれたままの手をほどいた。

 そして、その手をライに向けて伸ばす。

 途端、ライが嬉しそうに笑うのが見える。

 胸に飛び込むより早く、抱き寄せられた。

「一緒にいてあげるわ。だって、ライ、危なっかしいもの」

「お前が言うか?」

 マリラの頭の上から、聞きなれた声が降ってきた。それがどうしてか嬉しくて、マリラは目を閉じた。

帰りの遅い二人を待つアイリスは、超空気の読める子。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ