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青空の冒険者  作者: 梨野可鈴
最終章 空を翔ける冒険者
152/162

152:割れた卵

 次の日、夜明けと共にギールの街を発った三人は、急いで北西に向かった。目指すは、黒竜が飛んでいったという『赤の山』だ。

「噂によると、黒竜は数日前に山に入ってから、動いてないみたいね。ディーネに飛んできた黒竜は、そこに巣を構えているんじゃないかとか、他にも竜がいるんじゃないかとか、色々噂になっているけど」

 欲深な奴らの考えに、ライは反吐が出る。

 竜は神聖で、人間よりもずっと賢い種族なのだが――どうも、その辺の獣や魔物と同じくらいに捕らえている馬鹿も多い。

 そんな馬鹿どもにジェスが打ち取られる心配は、一切していない。ライとアイリス、それにマリラも、竜が持つ凄まじい力を知っている。

 だからむしろ、別の心配があった。



「……。あれは」

 草丈の高い草原をずっと進んでいたライが、進行方向にある一帯を指さした。アイリスとマリラも、そこに近付くに連れ、はっとする。

 草が焼け焦げて、地面が見えている一帯があった。その中心にあるのは――魔物の骨だ。

「……どう見る」

「魔物が魔物を、焼き殺すなんてことはないわ……」

 ライとアイリスは、ディーネで見た、黒竜のブレスを思い出す。一瞬にして、大型の魔物を消し飛ばした、闇の力の塊。

 マリラも、ライとアイリスが何を考えているか分かったらしい。

「竜にとって、魔物を倒すことは、使命のようなものらしいわ」

「……。それ、ザンドさんも言ってました、本能だって……」

 人間が魔物を倒そうとするのは、自衛のためだ。

 人間は、他の生き物に比べれば、遥かに弱い生き物だ。魔物もまた、積極的に人間を喰おうとする。だからこそ群れ、そして群れの力で魔物を倒そうとする。

 しかし竜は違う。卵を温めたり、老衰していたりという特別に弱っている状況を除けば、竜のような強大な生き物を魔物が狙うことはない。

 竜が魔物を倒すのは――創造主たる、龍の力を受け継ぐからだ。龍が世界を創り出した時、世界にはまだ魔物は存在しなかった。

 世界を構成する魔法の力が歪んだ時、魔物は生まれた。

 その歪みそのものを正すだけの、強い力を竜は持つ。

「……やっぱり、ジェスがこの先にいるんだろうな」

 ライは呟く。

 街を抜けてすぐは、小鬼や血狼などの魔物に襲われることも多かった。しかし、一夜越え、赤の山に近付くにつれて、魔物との遭遇が目に見えて少なくなった。強力な竜が、存在しているからだ。

「……。」

 アイリスは胸を押さえる。

 もし、竜としてのジェスを殺して利用しようとした者が現れた時、ジェスは抵抗するだろう。

 その時――今のジェスが、誤って人間を殺さずにいられるだろうか?

(取返しのつかないことに、させるわけにはいかない……!)


 赤の山の地面には、黒っぽく、尖った石が多い。転ぶと血まみれになりかねないため、足場の悪い地面を三人はゆっくりと登っていた。

 この山が『赤の山』と呼ばれる所以は、かつて山が真っ赤な炎と溶岩を吹き出した火山だったかららしい。

 途中、三人は休憩を取った。赤の山まではかなり急ぎで来たが、別の冒険者が近くにいる気配はない。ここからは、山を登るということもあり、安全を優先してゆっくり行く方がいいと判断した。

 ライは、近くの岩に腰を下ろすと、水筒から水を飲んだ。

「そういえば、ジェスはバーテバラルで生まれたらしい」

 ライが言うと、マリラとアイリスは驚いた。

「ジェスの両親に聞いた。十八年ほど前に、赤ん坊だったジェスを拾ったのは、バーテバラルの山だったらしい」

「え……? その時のジェスって、人間の姿だったの?」

 ライが頷くと、マリラは神妙な顔で、考え込んだ。

「……マリラさん?」

「私、〈変化〉の呪文を練習しながら、ずっと考えていたのよ」

 姿を変える魔法は、元の姿と、変身後の姿がかけ離れる程、その難易度が増す。また、一般的に、魔法を生き物にかける時、その生き物に魔法を受け入れる意思がないと、成功率が下がる。

「生まれたばかりの赤ん坊ということは、要するに魔法を受け入れる意思もないということだわ。ほら、この前、竜の赤ちゃんに会ったでしょ。いくら竜と言えども、あの子竜は言葉も知らない、無邪気な子供だったわ」

 アイリスは頷く。確かに、子竜はきゅぴきゅぴ鳴いていた。

「つまり――」

「〈変化〉の呪文で、赤ん坊の竜を、人間に変えるのは、はっきり言って、不可能に近い技だと思う」

 だけど、とマリラは続けた。

「その時、ジェスの傍には――人間より遥かに、魔法を使いこなす存在がいたはず」

「!」

 ライとアイリスは、はっとした。

 魔法の言葉――古代語を、人間に教えた存在である、竜。

「ジェスさんの、親の竜ですね……」

「ええ。竜ならば魔法の言葉を知っている上、魔法の力も人間のそれとは、比べ物にならないはず」

 その親竜がかけた魔法を、ザンド程度の魔法使いで解くことができたのは、さすが賢者の杖の力というよりないが。

「だが、どうして親の竜がそんなことを?」

 ライが勢い込んで聞くと、マリラは首を振った。

「さすがに分からないわ。ただ――」

 マリラは、唇を噛む。

「十八年前に、ドラゴニアの村を滅ぼしたのは――恐らく、ジェスの親の竜でしょう」


 驚くライとアイリスに、マリラは、エデルから聞いた話を伝えた。バーテバラルの麓にあった村は、魔物ではなく、黒い竜に滅ぼされたという話だ。

「確かにジェスは黒竜だ。となれば、親竜のどちらかは必ず黒竜になるはずだから、その竜がジェスの親である可能性は高いだろうが……」

 ライはそう言ったきり、口を閉ざす。

 アイリスはまた、やりきれないというように首を振った。

 そんな過去があったのなら、エデルは竜を憎むかもしれない。

 そのエデルが、バーテバラル山でジェスと剣を交えたことに、不思議な因縁――繋がりを感じた。

(私達は、導かれているのかもしれない)

 アイリスは、白亜のロザリオを握りしめて、祈りを込めた。

「――行きましょう」

 沈み込んだマリラとライに、アイリスは声をかけ、立ち上がった。凛と背筋を伸ばし、視線を上げる。

 ジェスが人間になった真相はまだ分からない。だけど、今のアイリス達にできることは、ジェスの元に向かうこと。

 問題から目を逸らすのとは違う。

 どんな事があっても、共にその問題を見つめ続ける為に。

 一人で開けられない運命の扉を、私達は共に押し開けた。

 山頂は雲がかかり、まだ見えなかったが、アイリスは真っ直ぐに行く手を見つめた。

ドラマ「TRICK」のオープニングで卵がパカって割れるのがありますよね。

今回のサブタイトルは、「卵の孵化」と「謎が解ける」を、かけてみたのですが……。

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