146:育ての親
湖上都市ディーネから、北へ進むこと二日。ライ達三人は、砂漠の中心にある遺跡の街、カステールに到着した。
この街には、以前四人で、古代遺跡の探索に来たことがある。ベルガとザンドと最初に会ったのも、ここの遺跡だった。
「ここで少し、ジェスのことを聞き込んで、ギールに向かうか」
「そうですね……その前に、宿で休みましょう」
特に、アイリスは、砂漠越えで疲れていた。
普通、ギールとディーネを行き来するなら、砂漠を迂回する形で進む。だが、できるだけ日数を短縮したい、また、少しでもジェスの情報を集めておきたいという理由で、砂漠を突っ切って、この砂漠の街カステールを経由するルートで北上していた。
「そうだな。……ここは、ジェスの両親がやっている宿があったな」
「泊まるんですか?」
「……。」
ライは思案した。ジェスの育ての親――ブラッタとフリーヤには、パーティを組んでいる仲間として紹介されている。
彼らは、ライ達が訪れれば、当然尋ねるだろう。ジェスは一緒ではないのか、今は何をしているのか、と。
(パーティが、その時その時の依頼内容に合わせて組み替えられることは少なくないから、俺達とジェスが別行動していると言えば、疑いはしないだろうが……)
考えても仕方ない。とにかく、ライ達は二人の経営している宿屋を目指した。
「おい、行くぞ、ザンド」
「……ああ」
ザンドは、後ろを振り返っていたが、すぐにライとアイリスの後ろについてきた。
「ザンドさん?」
「……何もない」
だが、ザンドはその後も、何度か後ろを振り返った。
宿は空きがあったらしく、ブラッタとフリーヤは、ライ達三人を歓迎した。
「ライ君に、アイリスちゃん。そっちの魔法使いのお兄さんは初めて見る顔だね、お名前は?」
「……ザンドだ」
ザンドは、ぶっきらぼうに答えたが、人懐こい宿の主人であるブラッタは、ばんばんとザンドの肩を叩いた。
「そうか、いらっしゃい! ジェスとは一緒じゃないのか?」
分かりやすく、アイリスの顔が曇る。しかし、ライは先回りして答えた。
「ちょっと別行動をしていて。パーティを解散したわけじゃないんですけどね」
「そうか。マリラさんもいないようだし、彼女と一緒にいるのかな?」
ブラッタは勝手にそう納得し、三人を部屋に案内した。ライはブラッタに尋ねる。
「今日のお客は俺達だけですか?」
「ああ、まあ、小さい宿だからね」
「そうですか。じゃあ、良かったら一緒に飲みませんか? 本当はジェスが、一緒にあなたと飲みたいって言ってたんですけどね」
「ん? そうか……ジェスも、十八か」
ブラッタがしみじみ呟く。
宿の厨房の奥から、ジェスの母親のフリーヤが出てきた。
「そう、もう成人したのねえ」
「ええ……」
ライは、アイリスに目配せをした。
「ま、アイリスは疲れてるだろうから、先に休んでてくれ」
「……はい」
アイリスは素直に頷いた。話があるから、下がっていて欲しいらしいと察した。
「そちらのお兄さんは、お酒はいける口かな?」
ブラッタが尋ねると、ザンドは首を振った。
「いや――俺は、少し街を見て回る」
そう言うと、ぱっと宿を出て行ってしまう。
ライとアイリスは、ザンドの行動に少し首を傾げた。普段なら、あんなに勝手に行動することはない。
しかし、ブラッタとフリーヤは、あまり気にしなかった様子で、行ってらっしゃい、と見送った。
「ここは遺跡の街だから、魔法使いの彼には魅力的だったかな」
「……。」
アイリスは、急ぐように小走りで飛び出して行ったザンドの背中を見送った。
ライは、ブラッタのグラスに酒を注いだ。
「程々にね、あなた」
そう言いながら、フリーヤも軽くつまめる料理を作り、一緒のテーブルについた。
ライは、今までの旅の話をした。ジェスの剣の上達を話すと、二人は嬉しそうにした。
「最近はドラゴニア大陸に行っていました」
ライが言うと、フリーヤは大きな目を見開いた。
「……ドラゴニアに? あの子、それで……今もドラゴニアにいるの?」
「いえ、一緒に戻って来ましたが……」
ライが言うと、フリーヤはどこかほっとしたような顔をする。
ライは蜂蜜酒で軽く口を湿すと、ふう、と息をついた。重い口を開く。
「……ジェスについて、聞きたいことがあるんです。……以前、俺は、ジェス自身から聞いているんですが……」
その言葉の続きを、ブラッタが引き取った。
「ジェスが、俺達の実の子供でないことか」
「…………。」
ライは頷く。
ジェスと彼ら二人は、髪や目の色、容姿についてまったく似ていない。よく見れば分かることだから、隠しもしないのだろう。
「何が聞きたいの?」
フリーヤは、やや眉を下げながら、穏やかにライに尋ねた。
「……ジェスの、出生について、お二人の知っていることを」
ライは慎重に言葉を選んだ。
ジェスの両親が、ジェスが竜であることを知っているのかどうか。
知らないのであれば、勝手にライからそれを明かすわけにはいかない。
「何故、君がそれを聞く?」
ゴトリ、と音を立て、ブラッタのグラスが置かれた。真剣な表情でライを見つめる。
ライは、琥珀色の水面に映る、自分の顔を見ながら話し出した。
「俺は、ドラゴニアの貴族の生まれです。訳あってそれを隠していた俺を、アイツ……ジェスは、何てことないように受け入れて、困っていた俺を、助けてくれた」
ブラッタもフリーヤも、ライの事情を詮索せず、黙って話を聞いた。
「今、ジェスは――きっと苦しんでいる。俺も、ジェスを助けたい。詳しい理由は話せませんが――その為には、情報が欲しいんです。望むなら、決してジェスには言いません」
「…………。」
フリーヤは、ブラッタの顔を見た。ブラッタは、深く息をついた。
「アイツが一人で旅立った時から、覚悟はしていたが……ジェスは、やはり本当の両親を探しているのか」
「……。」
ライは何とも言えなかった。ジェス自身ははっきりとそう言わないが、心の奥底でそれを願っている可能性は――あったのだろうか。
(……でも、ジェスがあんないい奴なのは、間違いなく)
ライは、人懐こく豪快なブラッタと、優しく穏やかなフリーヤの二人を見た。
彼ら二人が、ジェスを愛して育てたからだ。
「君はジェスから、どこまでジェスの出生を聞いている?」
「……山で、お二人に拾われた、と」
ライが言うと、ブラッタは頷いた。
「そう……それは本当だ。俺達もそれ以上のことはわからない」
「私達は旅の途中だったから、あの子を見つけた時、まずは近くの村か何かに預けようとは考えたの。だけど……」
「その時のジェスは、本当に生まれたばかりの赤ん坊だった。それが本当に山の中、茂みの奥に隠されたように寝ていたんだ」
ブラッタとフリーヤの冒険者二人は、その時、ある薬草を採取してほしいという依頼を請けて、山に入っていた。
珍しい薬草を探し、周囲に注意を払いながら進んでいたから、気がついたものの、普段から人が頻繁に立ち入る場所でもない。
「そんな山の中に、裸の赤ん坊がいたのよ。その時はたまたま魔物が少ない年だったらしいけど、ちょっと見つけるのが遅れたら、確実に死んでいたわ」
「何か訳があって捨てられたのなら、むしろ近くの村に返すと、また捨てられて危険と考えてな……。そのままジェスを隠して、遠くの街まで連れていくことに決めたんだ」
「…………。」
ライは二人の表情を読みながら考える。
二人の言うことに嘘はなさそうだ。二人は、ジェスが竜であることは知らない。
(ジェスは、生まれてすぐ、竜から人の姿に変えられた……。だからジェスにも自覚がなかった)
それから二人は、冒険者の自分達が連れていくよりも、孤児院か何かに預けようとした方がいいと悩んだそうだ。しかし、一緒にいるうちに、ジェスに情が移り、育てる決意をしたのだという。
「ただ、さすがに、赤ん坊の時はあまり連れ歩けないから。しばらくは、ドラゴヘルツでジェスが、そうね、一人で歩けるくらいまでは育てて、それから魔物の少ないフォレスタニアに渡ったの」
「ドラゴヘルツ?」
ライは聞き返した。
ドラゴヘルツは、ドラゴニア王都の名前だ。
「ドラゴニアの山……? じゃあ、ジェスがいた山、って……」
「そうか、君はドラゴニア出身か。そうだ。バーテバラルの山で、俺達はジェスを拾った」
(バーテバラル山脈……!)
その山の名は、記憶に新しい。最近まで、竜の卵の一件でいた山だ。竜が卵を孵しに来ることが多い山と言われている。なら、間違いなく、ジェスはそこで生まれたはずだ。
(いや、だが、まだ分からない……。何でジェスは、人間の姿に変えられた?)
魔法が絡むなら、マリラの意見も聞いた方がいい。
口に手をやり、真剣に考えるライに、フリーヤは優しく尋ねた。
「何か、役に立てたかしら?」
「……ええ。ありがとうございます」
ライは頭を下げた。
「――君に、ジェスのことを、頼んでもいいか」
ブラッタは、唇を噛んでいた。
ブラッタもフリーヤも、冒険者としては引退した身だ。しかし本当なら、自分達でジェスの元へ行きたいと思っているに違いなかった。
ライは頷く。
「はい。俺――俺達が、必ず」
それはマリラもアイリスも、同じ思いだ。
ライは二人に再び頭を下げながら、血が繋がっていなくても彼らと本当の親子であったジェスのことが、羨ましいと思った。
ライ「ってことは、俺は小さい頃、ジェスとすれ違ってる可能性も……?」
山で拾われた、ジェスの出生については28話参照。