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青空の冒険者  作者: 梨野可鈴
最終章 空を翔ける冒険者
144/162

144:故郷

 朝早く、家の戸が叩かれる音に、男は目を覚ました。

 こんな朝早く、誰が訪ねてきたのだといぶかしがりながら、彼は戸を開ける。

 家の前に立っていた相手を見て、男は言葉を失った。

「……お久しぶりね」

「マリラ……」

 そこにいたのは、彼の娘だった。

 だが、彼が言葉を失ったのは、久しぶりに娘が訪れたからではない。美しく成長した娘を見て――とうの昔に死んだ妻が、現れたと、一瞬思ったからだ。



「……今、起きたとこで。寒いから、暖炉に火を……」

「……いいわ」

 マリラが暖炉に杖を向け、呪文を唱えると、一瞬で大きな炎が燃え上がった。

 父親は驚き、マリラを振り返る。マリラは、背を丸めて暖炉に薪をくべようとしていた父親から、目を逸らした。

 マリラが大人になったように、父は年老いていた。

「……そ、そうか。何か食べるか」

「いらないわ」

 父はこんなに、おどおどと話す人だったろうか。こんなに小さかったろうか。

 家も記憶よりずっと小さい。こんな狭い家で、親子二人が暮らしていたのだと思うと驚きだ。

「…………。」

 マリラと父親は互いに黙り、一言も発しなかった。だが、先に父親が、口を開いた。

「すまなかった」

「…………。」

 マリラには分からない。

 父が何に対して謝っているのか、そして、何を話すべきか。

 分からないから、言いたいことだけを言うしかない。

「私、やるべきことがあるのよ。もう、すぐに発つわ」

「そうか……」

「村に来たのは、リドル先生を訪ねたからよ。もう二度と、来ないと思う」

「……そうだな」

 話すうちに、マリラは苛々してきた。

 弱々しく項垂れるばかりの父親に、こうも高圧的に接していては、マリラが悪者みたいではないか。

「……一緒に旅をしている、仲間がいるのよ」

 マリラは、窓の外を見ながら、なるべく穏やかな声になるように言った。見てはいないが、父が、顔を上げた気配がする。

「彼らは、私の大切な人だし、私も彼らが大切。……皆に会えて本当に良かった、そういう人達がいるの」

 村での生活は、マリラにとって暗い記憶ばかりだ。今さらどんなに謝られたとしても、それが埋まることはないだろう。

 だが――村で生まれなければ、今のマリラは存在しない。存在しなければ、仲間とは出会えなかった。

彼らがいなければ、マリラは今でも、故郷を憎み続けたかもしれなかった。

「生んで、育ててくれて、ありがとう。さようなら……お父さん」



 家から出てきたマリラの顔を見て、エデルは何も言わなかった。何も言う必要がないと思う程、その顔は穏やかだった。

 そして、二人は、リドルの家に向かった。

 リドルは、マリラに、双頭の蛇が絡み付いた杖を渡した。杖の真ん中には裂け目があったが、よく見なければ分からないほど、滑らかに修復されている。

 マリラはそれを確かめるように握る。杖に触れている指先が痺れるようだ。強い魔法力を感じた。

「お見事です、先生。折れていたとは、思えません……」

「いえ。繋ぎましたが、芯は折れたままです。使う魔法にもよりますが、使えて一回と考えるべきでしょう」

「……充分です」

 この杖で、ジェスを助ける。そのための力は、手に入った。

「私は、すぐにギールに向かいます。先生、本当にありがとうございました」

 礼をして、すぐに出て行こうとするマリラを、リドルは呼び止めた。

「その前に、一つ話をさせてください。エデルさん」

 壁際で待っていたエデルは、自分が呼び掛けられたことに意外な顔をした。

「私ですか?」

「はい。エデルさん、この村に住む気はありませんか?」


 リドルの提案に、エデルは驚いた。

「この村は、今、私という強い魔法使いがいることで成り立っている状態です。村が、一人の商人や、魔法使いに依存することなくやっていくためには、まず、村の外に行ける、強い人が必要なのです」

「え、しかし……」

「勿論、あなたの自由にしてもらって構いません。ですが、あなたがこの村で過ごしている時は、とても穏やかな、いい表情をしていたように思うのです」

 言われて、エデルは、自分の顔に手をやった。

 確かに――久しぶりの穏やかな生活ではあった。自分を鍛え、戦いに身を投じ続けていたエデルからすれば、――それこそ、故郷にいた時のような。

「……私は、その……」

 エデルが迷っていると、奥の部屋から、若草のローブの青年と、臙脂のローブの少女が出てきた。

「私は嬉しいわ! この村、他に若い女の子がいないんだもの!」

「こら、お前は。……でも、皆さん、歓迎されると思いますよ。勿論、私も」

 温かな笑顔を向けられ、エデルは、ぱちぱちと目を瞬かせ――そしてマリラの方を見た。

「エデル……」

 迷っているのが、はっきりと分かる。

 かつての貧しく、雰囲気の悪い村ならば、マリラは反対しただろう。

 だが、村は変わりつつある。エデルならば、その村を、率いていけるかもしれない。

 剣の強さだけに頼っていては、彼女の心は擦りきれてしまう。

 人に囲まれた穏やかな日々が彼女を支えるなら――それはマリラにとっても嬉しい。

 マリラの柔らかな微笑みに、エデルは美しく口元を綻ばせた。


「だが、まず、私はマリラをギールまで送らなければな」

「そうね、護衛としてそれはお願いしたいわ。でもエデルはそうすると、一人でまたここまで来ないといけないわね」

 ギールからここまでは、相当な距離がある。道中の魔物はエデルの敵ではないが、行き来するのはそれなりに大変だ。

 マリラとエデルの話を聞き、リドルが杖を出した。

「マリラは、私がギールまで送りましょう。〈転移〉の魔法でならば、一瞬です」

「え……宜しいのですか?」

 マリラが聞くと、リドルは頷いた。

「急ぐ旅なのでしょう? あなたの仲間によろしく伝えてください。さあ、マリラ、ギールの街を強く思い浮かべて下さい」

 マリラは頷き、ギールの街の冒険者の店――仲間と何度も食事をし、話をして盛り上がった場所を、鮮明に思い浮かべた。

 リドルが呪文を唱えると、マリラの周りに風が渦巻き、光の粒が輝いた。

 光がマリラを覆い、姿が消える瞬間、エデルは礼を言った。

「……ありがとう、マリラ」

 光に包まれたマリラが、最後に小さく手を振ったのが見えた。

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