表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
青空の冒険者  作者: 梨野可鈴
最終章 空を翔ける冒険者
143/162

143:失望

 エデルは、真っ赤になって俯くマリラをフォローした。

「……魔法のことはよく分からないが、ここまで、変身の魔法を使いこなせるようになった、マリラはすごいと思う……その、そんなに落ち込まなくても」

「は、恥ずかしいのよ」

 エデルが女性で良かった。

 結局あの後マリラは、エデルに体と杖を支えてもらった状態で、どうにか杖を握って呪文を唱え、元の姿に戻った。すると人間の姿に戻ったマリラは裸だったわけで――エデルは何も言わず、すぐにローブを差し出してくれた。

「……あのおっさん、杖なしで〈変化〉と〈解除〉を使いこなしてたのね……。さすが、テンペラストの名を持つだけのことはあるわ……」

 マリラはぶつぶつと呟きながら、絶対に使いこなしてやると気合を入れた。

 もちろん、ジェスを人間の姿に戻すための練習という、当初の目的も忘れてはいない。だが、これはマリラのプライドの問題だった。

(ここまで来たら、絶対に使いこなす!)

 妙な気合を入れて燃えるマリラの横で、エデルは淡々と食事の準備を進めた。



 エデルはその日、剣の素振りを終えると、真っ直ぐマームの村に向かった。魔物退治も、必要ないほど、周辺の魔物は狩り尽くしたからだ。

 そこでエデルは剣を斧に持ちかえ、薪を割っていた。

「儂らより力があるとはいえ、お嬢さんに薪を割ってもらうのは、何だか申し訳ないね」

「そうですか? 私の国では、女でも薪割りをしますよ」

 ドラゴニアでは、男が兵役で不在にすることが多いため、家の仕事は力仕事であっても、大抵は女がこなす。エデルにとっては、薪割りも、剣の素振りの延長線上だ。

「いい子だねえ、エデルちゃんは。帰ってきたのに挨拶一つしに来ない、あんな娘とは大違いだ」

 笑いながら言われた老人の言葉に、エデルの纏う空気が静かに変わった。

 斧がすっ、と降り下ろされる。そこから、彼は背筋が凍るほどの殺気を感じた。

 斧は真っ直ぐ木に落ちる。パコン、と薪の割れる音がした。

「……私は、マリラに救われました。彼女が認めてくれるなら――私は彼女を、友人だと思っています」

「……い、いや、そんなつもりは……」

 エデルの言葉は静かなものだったが、老人は冷や汗を流し、そこからそそくさと去っていった。



「……うちの旦那が、変な事言って、悪かったのう」

 薪割りを終えたエデルに、老婆がお茶を勧めてくれた。農作業を終えた婦人達も集まり、休憩となる。

「……いえ。私が余計な事を言って、マリラの立場を悪くしたのでなければ良いのですが」

「あなたが気にすることじゃない……それに、マリラちゃんだって、気にしないでいたらいいのに」

「いや、嫌な思いをしたのは、マリラの方じゃよ」

 老婆は息をついた。

「あの子がここに帰らぬのは、儂らの責任じゃ」

「……何が、あったのですか?」

 エデルは、問い掛けた。

 故郷がなくなったエデルと違い、マリラには、こうして帰るべき場所が存在しているはずなのに――しかし、ここには、マリラを阻む壁が立ちはだかっているかのようだ。

 自分とは違うが、マリラも故郷を失っているというなら、それを取り戻してやりたい。そんな思いで尋ねた。

 老婆は、薄曇りの灰色の空を見上げて話し始めた。

「……マリラはね、賢い子だったんだ」



「……この村は、聖母草を売って、生活している。食料はほぼ、村に来る商人から、聖母草を売る代わりに、買っていてね」

 当時、村はその商人に支配されているも同然だったという。

「食料をもたらす商人には強く出られず、村は貧しくてね……。マリラも、子供だというのに、よく働いたよ」

「マリラちゃんが働いたのは、叔母から逃げるためってのもあったわよ。つまらないことで、よく折檻されてたから」

 明日食べるものさえままならないほどの生活で、生じた不満の矛先は、弱い者に向かう。

 エデルは、暗鬱な気持ちでそれを聞いた。

「しかし、それほど、貧しいようには見えませんが……」

 エデルが尋ねると、老婆は言った。

「リドルさんがこの村に来てからさ。彼は聖母草がここから離れた場所――特に、隣の大陸では高く売れると考えてね、直接、港町に出向いて売ってくれたんだ。食料も安く買い付けてくれた」

「私達は、村から出ないからね……商人の言われるがままだったよ」

 商人は、村人の無知につけこみ、かなり暴利をはたらいていたようだ。

 だから、リドルという知恵者を得て、村の暮らしぶりは、ここ一年で格段に上がったのだという。

「分かりました……では、マリラのいた時、村はかなり貧しかったと」

「そう。そんな時、聖母草が不作になった年があった」



 子供だというのに、マリラは賢かった。

 村の畑から、どれだけ聖母草が取れるか。それを売ればいくらになるか。それでどれだけの食料が買えるか。――村人が生き残るのに、食料は足りるのか。

 村人の誰もが不安に思っていた。マリラはそれらを計算し、このままでは食糧は足りないという結果を明らかにした。

「このままじゃみんな、死んじゃうわ!」

 少女だったマリラは、村の中心で叫んだ。

「マリラ、滅多なこと言うんじゃない!」

 マリラの父は、マリラを怒鳴りつけた。

「だって、本当じゃない! 去年よりずっと聖母草が取れないことは、分かってるでしょう!」

 分かりきっていた。しかし――皆が、目を逸らしている事実だった。

「皆でこの村を出て、別の土地に行きましょう! そこなら、飢えて死ぬことはないわよ!」

「馬鹿な、儂らが先祖代々守ってきた、聖母草はどうなるんだ!」

 村人の一人が言った。マリラは叫んだ。

「その私達が皆死んだら、聖母草も何もないじゃない! 聖母草を食べて生きていけるわけじゃないのよ!」

 マリラは、当然の事を言ったつもりだった。

 どうして分かってくれないのか、必死で訴えた。

 だが――マリラの頬に、するどい痛みが走る。

「お前は、この村で、聖母草に育てられた恩も忘れたのか! 聖母草を捨てろというなら、お前など、村人ではない! そんなに言うならお前だけが死ねばいいだろう!」

「……なっ」

 顔を殴られ、きつい言葉を浴びせられたマリラは、呆然と、周りを見渡した。

 だが――マリラを助ける者はいない。

「そうだ! 馬鹿げたことを!」

「村を出ていけだって? 子供が何を言うか!」

 村人達は――少女のマリラを取り囲み、次々に非難した。

 マリラはその言葉を聞きながら――目に涙を溜め、走り出した。



「……それから、マリラは」

「勿論マリラはただの子供だったから、一人で村を出ていける訳もなくて……その後も、同じように父親と暮らしていたけどね」

「儂らは、マリラに酷い態度を取り続けた。マリラが悪いのではなく、やがて来る飢えの恐怖に対して、それを明らかにしたマリラへ、八つ当たりをしていたに過ぎない」

「それで……その年は、乗り切れたのですか?」

 エデルが尋ねると、老婆は首を横に振った。

「本当なら、とうに儂らは死んでいた……」

 しかし、偶然に村を、一人の貴族が通りかかる。

 それが村と、マリラの運命を変えた。

「貴族の方は、儂らの惨状を見て、冬を越せるだけの麦を恵んでくださった……。そしてその方は魔法使いでもあったらしい。マリラを見て、魔法の素質があると言った」

 ――魔法の学園で学ばないか? 君には才能がある。

 マリラは魔法使いに言われた言葉に、すぐに頷いた。

 そしてマリラは、一度も振り返ることなく、村を出たという。

 それは魔法を学ぶためではなく、村から逃げるためだったに違いないと、誰もが思った。

「……。」

 話を聞き終え、エデルは、ため息をついた。

「……そんなことが」

「魔法学園とやらは、火事でなくなったそうだけど、マリラがこの村に帰ってこないのは当然よ……あら?」

 婦人は、木の上に視線をやった。つられて、エデルも同じ方を見る。

 枝の上に、珍しい、美しい金色の鳥が止まっていた。その鳥は、黒い布を、スカーフのように喉のあたりに巻いていた。

 エデルと視線が合うと、鳥はぱっと飛び立っていく。

「あれは! すみません、失礼します」

 エデルは、お茶のカップを置くと、急いで鳥を追って、村の外に走り出した。



 金の鳥は、村の外まで来ると、滑空して降り立ち――その足が地面に触れる瞬間、その姿が溶けた。

 鳥が消えた時にそこにいたのは、金の髪をなびかせ、黒いローブに身を包んだマリラだった。

「マリラ!」

「……どうかしら。姿を変えるのも、だいぶ上手くなったものでしょう?」

 追ってきたエデルに背を向けたまま、マリラは言った。

「マリラ、私は……その」

「気にしなくていいわ。村人なら、皆知ってることよ」

 マリラは少し乱れた髪をかきあげた。

 鳥になって、久しぶりに見て回った村の様子は、確かに変わっていた。聞いた話の通り、リドルが中心となって、この村の食糧事情を改善したのだろう。

 マリラは気にしない様子でいたが、エデルは謝った。

「……すまない」

 マリラにとって辛い過去を、自分が勝手に聞いてしまった。

「だから気にしないで。私だって悪かったのよ。故郷を離れるなんて簡単な事じゃない。母と子の命を守り続けてきた、聖母草は村の誇りだった。それを捨てろなんて言えば、怒りもするわ」

「……だが」

「第一、父は元々、私を嫌っていたから。あの件はきっかけに過ぎないの」

「それは違う!」

 急に弾かれたように言ったエデルに、マリラは目を丸くした。

「……え?」

「いいのか? マリラはそれで……」

 風が吹き抜け、木の葉がざわざわと音を立てた。

 紫の水晶が転がるように、マリラの瞳が揺れた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ