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青空の冒険者  作者: 梨野可鈴
最終章 空を翔ける冒険者
142/162

142:金の毛皮

「変身の魔法?」

「う、うん。……まあ、ちょっと色々あって」

 獲ってきた兎を、鍋で煮て食べながら、マリラはエデルに説明した。

「そうか……しかし、魔法というのは、色々なことができるのだな。もし覚えたら、私にもかけてみてくれ」

「いいわよ。エデルは何になりたいの?」

「そうだな。私は男になりたい」

 予想外の答えに、マリラは驚いた。

「男? 何で?」

 美人なのに勿体ない。

 エデルは、綺麗な顔を少し顰めた。

「女だと、何かと侮られることが多くてな。しかし、力も強いし、体格も良く、強い体なのは確かだ」

「……そんなことないわよ、エデルはその辺の男なんかより、十分強いし……ジェスも背が低いけど、それなりに剣の腕も立つじゃない」

 マリラはフォローするが、まあ、同じ女性として、気持ちは分かる。侮られることもしばしばあるからだ。

「マリラは、男になりたいと思ったことはないか?」

「まあ、あったわね……」

 マリラは苦笑した。エデルも同じ苦笑を返し、それから二人は、笑いながら鍋をつついた。



 マリラとエデルの生活は、規則正しい。

 朝起きると、昨日のうちに取っておいた食料で朝食を済ませる。その後は、マリラは〈変化〉の魔法の練習、エデルは剣の稽古をする。

 マリラは繰り返し、自分に〈変化〉と〈解除〉の呪文を唱える。狐になろうとしているのだが、狐の耳が生えたり、尻尾が出たり、鼻が黒くとんがったり、微妙な変身だけが続いている。

 エデルは、剣の素振りをして、軽く準備運動をすると、村の周りを回って、魔物を退治する。日を追うごとに、近くの魔物は狩り尽くしたのか、魔物が現れにくくなっているので、少し遠くまで足を延ばす。

 たまに巨大な魔物を倒した時などは、肉が食えそうなので持って帰ることもある。

 魔物の肉だと聞くと、マリラは最初だけ嫌そうな顔をするが、結局はおいしいと食べる。

 その後は、エデルはマームの村に行って、農作業を手伝う。

 よそ者は嫌われるとマリラは言っていたが、エデルは村人達に邪険にされたことはなかった。



 その日、エデルは、リドルの生徒である、魔法使いの青年と少女に招かれ、三人でお茶をしていた。冒険者であるエデルに、ぜひ色々な話を聞きたいと言ってきたのだ。

 エデルは、そう面白い話ができるとは思えなかったが、今まで自分がしてきた魔物退治の話をすると、二人の若者は目を輝かせた。

「エデルさんは、凄いですね。剣の腕もそうですが、全然気取ったところがないです」

「え?」

 意味が分からず聞き返すと、若草色のローブの青年が、お茶を啜りながら言った。

「私達は、この村に受け入れて頂くのに、だいぶかかりましたよ。いや――私達が、この村に慣れるのに、だいぶかかっただけなんですけどね」

 臙脂色のローブの少女は、ちょっと口を尖らせた。

「だって、この村ったら、本当に何もないのですもの。学問に集中できるといえばそうですが、最初は嫌でしたわ。今は慣れましたけど」

 少女は、魔法を学ぶため、ドラゴニアの王都から来たのだという。話し方からしても、少しいい家の出身のようだ。

「確かに、あの華やかな都から来たのであれば、ここは不便に思うだろうな」

「でも、エデルさんは最初から気取っていませんから。村の人も自然に受け入れて下さっていて」

 それを聞き、ふっ、とエデルは笑った。青年はちょっと顔を赤くし、少女に肘で小突かれる。

「……いや、そんな大層なものではない。私があまりに図々しいから、村の方々も、受け入れざるを得ないだけだろう」

「そうですか?」

「ああ……実は、ここが故郷に似ているんだ。私が勝手に、懐かしく思っているだけなんだが」

「いいのではありませんか」

 答えたのは、奥の部屋から出てきたリドルだった。眼鏡を外し、手袋を外す。

「私にもお茶を貰えますか?」

「はい、先生」

 少女は、リドルにお茶を入れるために立ち上がる。リドルは木の椅子を運んできて、エデルの隣に座った。

「エデルさん、と言いましたか。この村に来たばかりの時より、随分、表情が明るくなりましたね」

 エデルは、意外な事を言われ、目を瞬かせた。

「ところで、マリラは、大丈夫ですか?」

「え……ええ。魔法の練習に集中しているようですが」

 エデルが答えると、リドルはため息をついた。

「マリラは、この村にあまりいい記憶がないようですからね。無理に村の中で待たせることもできませんが……。夜は冷えるのに、ずっと野営をしているというのも、心配です」

「……そうですね」

 エデルは頷いた。

 ここはマリラの故郷だというのに、マリラは明らかにこの村を避けている。

「マリラさんは、村を飛び出してきたから気まずいのでは? 私だって、家を出て、この学校に行くと言ったら、お父様とお兄様が煩くて。家出同然で出てきましたわ」

 少女はむしろ胸を張って言ったが、青年はそんな少女の額を軽く小突いた。

「君は黙っていなさい」

「……私は、そろそろ失礼します」

 急にマリラの様子が心配になったエデルが立ち上がると、リドルは頷いた。



 その頃マリラは――困っていた。

 何度目かの〈変化〉の呪文を唱えた時、確かな手ごたえを感じた。と、同時にマリラは自分の体が縮むのが分かり――次の瞬間には、視界が真っ暗になった。

「!」

 バサリ、と布が覆いかぶさってくる。マリラはじたばたともがき、自分に被せられた布を振り払った。黒い布を、短くなった手足を振り回してどうにかどけているうちに、マリラはその正体に気が付いた。

 マリラは、完全に狐の姿になっていた。鏡がないから自分の姿を見ることはできないが、見下ろした手足は、肉球のある獣のそれで、ぺたぺたと触った自分の体は、金色の毛皮に包まれていた。

 急に被さってきた布は、マリラの着ていた黒いローブだったのだ。狐の姿になる時に体が縮み、ローブの中にすっぽり収まる形になってしまったのだ。ローブだけでなく、履いていた靴なども、その辺に散らかっていた。

(やっと成功した……さてと、元の姿に……)

 そう考えたところで、マリラははた、と気が付いた。

(あれ? ……何で、服が散らかってるわけ?)

 考えてみたら当然だ。〈変化〉の魔法の対象は、マリラ自身だったので、マリラの体だけが狐に変わり、マリラではない服の部分はそのままだ。

 ということは、この状態で元に戻れば、マリラは素っ裸だ。

(ん? でも、確かあのおっさんは、猫から戻った時に、服を着た状態だったわよね……?)

 マリラは狐の姿のまま、首を傾げた。

 しばらく考えて、一つの結論に至る。

(そっか! あのおっさん、自分を猫にすると同時に、自分の着ている服に対しても魔法をかけてたのね! 服は多分、猫が身に着けられる首輪か何かに形を変えて……)

 マリラは、ぽん、と手――前足を叩いた。

(気が付いて良かったわ……今は人目につかないからいいけど、早く元に戻って服を着ないと)

 マリラは元に戻ろうとする。そして、肝心なことに気が付いた。

 狐の前足では、杖が握れない。

(ええええ―――っ!)

 マリラはじたばたと、落ちた杖の周りをぐるぐる回った。

 魔道具である、杖の補助がなくても、魔法を使うことは不可能ではないが、〈解除〉の魔法を使うには、さすがにまだ杖がないと難しい。

(どうしよう! 何これ、杖って重いじゃない!)

 パニックになったマリラが、杖の周りで、尻尾を追うようにひたすら回っているところに、エデルが戻ってきた。

「……マリラ、なのか?」

 エデルは、マリラの髪と同じ、金色の毛並みの狐を見て、聞いた。ぱっ、と狐はエデルの方を見て、人間の言葉を喋りながら、跳びかかってきた。

「エデルっ! 助けてーっ!」

「……わっ! しかし……ふわふわだな」

「ひゃん!」

 金の狐に抱きつかれたエデルは、つい、もふもふの尻尾を撫でてしまう。すると、マリラが変な声を上げたので、慌てて謝った。

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