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青空の冒険者  作者: 梨野可鈴
最終章 空を翔ける冒険者
141/162

141:魔法の鍛錬

「魔法というのも、大変なものだな」

 エデルは、マリラが魔法の練習をするのを見ながら、剣の素振りをしていた。

 魔法使いは、戦士が剣で戦うのと違い、呪文を唱えているだけで、体も動かさないから楽なのだろうとエデルは考えていたのだが、それは間違いだったようだ。

 今朝も、朝からマリラは極限まで精神を集中し、額から汗を流しながら、ひたすらに呪文の詠唱を続けていた。その様子を見ていると、魔法も、剣と同様に相当な鍛錬が必要なのだと知った。

「魔法は生まれ持った素質に左右されるとは言うけどね。素質だけで開花させられるものではないわ」

「そうだな、加えて、古代語というのも学ぶのだろう?」

 古代語魔法の呪文は古代語で唱えられる。エデルには、マリラが唱えている言葉の内容はさっぱり分からなかったが、古代語では意味のある言葉らしい。

「そうね……魔法使いを志すなら、まずは古代語かしらね」

「私には難しいな」

 エデルはそう言って苦笑すると、剣を鞘に収めて歩き出した。

「どこに行くの?」

「マリラの邪魔をしそうだからな。私はこの近くで魔物でも退治してくる」

「あ……そう。気を付けてね」

 食後の運動のような気軽さで、剣を携えて歩き出すエデルを、マリラは見送った。

(エデルなら、まあ、心配はないのだろうけど……何ていうか、鉄人……よね)

 マリラは一人になり、再び小鳥に向き合った。

 繰り返し、〈変化〉の呪文を唱え、小鳥を、小さな兎に変えようとしているのだが、一切姿は変わらない。

「はあ……はあ……」

 精神力の消耗が激しく、マリラは荒い息をつく。杖でどうにか体を支えた。こんなことでは、例え賢者の杖に頼ったところで、魔法が成功する保証はない。

「もう一度……!」



 エデルは、村から少し離れたところを一周して、魔物を見つけては、追いかけて倒した。徐々に範囲を広げ、魔物の姿が見当たらなくなったところで、村の方へ戻る。

 あまりマリラから離れると護衛にならないが、マリラがいるのは村のすぐ近くの林だ。それほど魔物も多くない。

 持っていた双剣は、ジェスに折られてしまったので、今使っているのは新しく買った剣だ。体を鍛え、少し重みのある剣でも、前と同じ速度で振るうことができるようになったので、新しい剣は少し厚みのある重いものにしてみた。結果、魔物への攻撃力が増したように思う。

「……これから斬るのは、魔物だけにしたいものだな……」

 エデルはそう呟いた。


 マリラの邪魔をしてもいけないので、エデルはマームの村に行く。すると、入り口近くで仕事をしていた、村人の男から礼を言われた。

「あんた、強いんだねえ。村の周りの魔物を退治してくれたんだって?」

「ええ、まあ……見ていたのですか?」

 エデルが尋ねると、男の横にいた、若草色のローブを着た青年が答えた。

「この望遠鏡で見ていましたよ。この村は小さいので、何かのきっかけで魔物が群れると、村が襲われてしまうことがありますから、こうして予兆がないか見張っているんです」

 ローブを着ていることから、青年は魔法使いのようだ。恐らくリドルの学校の生徒なのだろう。

「うんうん、リドルさんがここに来て、最初にでっかい魔法で、この辺一帯の魔物を追い払ってくれてから、いくらか安全になったけど、やっぱし魔物は怖いから」

「そうですね……」

 エデルは言った。

 マリラの師ほどの魔法使いがいれば、この村周辺くらいの魔物はどうにかなるだろうが、それでもやはり、魔物は忌むべき存在だ。

「私はしばらくこの村の近くにいますから、魔物を見つければ退治しておきましょう」

「はあ……剣の腕も立って、優しくて、おまけに美人とは……」

 男が呆けたように、エデルを見ている。魔法使いの青年は、少し冗談めかして、男を小突いた。

「そんなこと言ってると、また奥様に叱られますよ」

「あいつのアレは言いがかりだ。親子ほど年の離れた娘にちょっと親切にしたくらいで、何でオイラが怒られる」

 そのやり取りを聞き、エデルはくすりと笑った。

 美人の笑顔を見て、今度こそ青年と男は、ちょっと顔を赤くした。



「――やった!」

 ついに、マリラの前で、眠っていた小鳥は、小さな兎になった。

 兎は、さすがに体が変化する時の衝撃で起きたようだった。逃げ出そうとしているのか、長い耳を、翼のようにぱたぱたさせているが、当然それで飛べるわけでもない。

「ごめんね。すぐ戻すから」

 マリラは、杖を向けて、〈解除〉の呪文を唱える。すぐに小鳥は元の姿に戻り、空へと飛び立っていった。

 思った通り、〈解除〉の呪文は難しくなかった。〈解除〉の魔法の難易度は、もともとかけられていた魔法の術者と、解除しようとする術者との力の差によって決まるからだ。

「自分でかけた魔法なら、解くのも簡単か……」

 マリラは思案する。

 本番で魔法を唱える相手が、あの巨大な竜であることを考えると、もう少し大きい生き物でも練習したいところだ。

 村の家畜を使うという手もあるが、さすがに勝手に、村の生き物を他の動物に変えるわけにもいかないだろう。

(となれば……やっぱり自分かしら?)

 以前、南の島で会った魔法使い、ジェドラールを思い出す。彼は自分自身に〈変化〉の魔法をかけ、猫に変身していた。やってやれないことはないはずだ。

 マリラは呪文を唱えた。



 エデルは、どういうわけか、村人達と話しているうちに、収穫した聖母草を干して並べる作業を手伝うことになっていた。

「いやあ、若い者が手伝ってくれると助かるよ」

「あ、いいえ……」

 聖母草は、腐ったり傷んだりしやすいため、すぐに乾かさなければならないのだという。

「これはどのような植物なのですか? 薬草のようですが」

「ああ。子供が生まれる時には欠かせない薬だよ。赤ちゃんがお腹にいたり、お乳をあげている女の人の薬だったり、生まれたばかりの赤ん坊に栄養をつけさせたりだね」

「出産の時の、消毒にも使えるのだそうですよ」

 だから、聖母草か。エデルの指先は、聖母草を触っているうちに、草の汁で緑に染まっていた。指先を鼻に近付けると、あの爽やかな香りがする。

「この村の宝でね。大事な草だよ」

「なるほど……この村は、他には作物を育てていないようですから、大切な特産品ですね」

 この村の、常に雲がかかり薄暗いという特徴は、聖母草を育てるには欠かせないが、他の作物を育てることは難しいだろう。

 エデルがそう言うと、村人は、息をついて、手を止めた。

「まあな……まあ、お茶でも飲むか? 聖母草の煮だしたのだが」



 お茶を頂くと、エデルは暗くなる前に、村を出て、マリラのいる場所に戻った。

「マリラ、練習の調子は――」

「きゃああっ!」

 エデルが声をかけた時、マリラが急に悲鳴を上げた。エデルは慌ててマリラの傍に寄った。

「どうした!」

「え、あ、や……だ、大丈夫なんだけど……」

 マリラは手で頭を押さえながら、何やら赤い顔でエデルを見た。

「……マリラ、それは?」

「へっ」

 マリラのローブの裾が、ばたばたと暴れている。そこから、金色のふわふわした――動物の尻尾のようなものが見え隠れする。

「あ、いいの、これは気にしないで」

 マリラが慌てて、自分のお尻を押さえた時、金髪の中から、ちょこん、と狐の耳のようなものが出ているのが見えた。

「……耳?」

「あっ、うう……」

 マリラは杖を拾うと、〈解除〉の呪文を自分に唱えた。すぐに、マリラから生えていた金色の毛の生えた耳と、ふわふわの尻尾が消えた。

「……ちょっと、魔法に失敗してね」

 マリラは、狐に変身しようとした。だが、結果として、自分の頭から獣の耳と、腰から尻尾が生えただけの結果になり――、突如現れた尻尾に体をくすぐられ、マリラは悲鳴を上げてしまったのだ。

 しかもそんなところを、エデルに見られたものだから、恥ずかしい。

「……マリラ、一体何を練習しているんだ?」

 エデルにそう言われても、笑ってごまかすしかなかった。

獣人はいないけど、ケモ耳サービス。

聖母草については61話参照。

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