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青空の冒険者  作者: 梨野可鈴
最終章 空を翔ける冒険者
140/162

140:杖の魔力

 エデルは近くの岩に腰掛けながら、マリラの話が終わるのを待っていた。

 すると、初老の男性がゆっくりと近付いてきた。エデルから少し離れたところで、何かをためらうようにうろうろとしている。エデルの方から声をかけた。

「何かご用ですか?」

「……お嬢さん、すまないが……マリラがこの村に来たというのは、本当かな」

 小さな村なので、自分とマリラが村に来たのは、すぐに知れ渡っているだろう。マリラはここの出身のようだったし、当然だ。

 エデルは素直に答えた。

「はい、先程来たばかりですが」

「その……あんたには、マリラが、世話になってるんだろうか?」

「?」

 ぼそぼそと話す男の意図がつかめず、エデルは男の顔をじっと見た。伏し目がちな紫の瞳を見た時、はっとした。

「ひょっとして、マリラのお父上ですか?」

「……ああ、まあ、一応は。いや……」

 父親に一応、というのはどういうことか。

 自信のない様子で、何やら、マリラは瞳の色を除けば、父親似ではないらしい。

「マリラは、元気かな」

「ええ、今はリドルさんの家にいますが」

 そう教えると、彼はいや、いいんだ、と逃げるようにそこを去っていった。

「……?」

 後に残されたエデルは、首を傾げた。



 折れた杖を前に、リドルは険しい顔をした。

「君は、この杖の危険さを知っているはずだ」

「はい」

「どんな魔法でも使えるようになる。魔法使いならば、その魅力に取り付かれないはずがない」

「……わかっています。しかし、私は仲間を助けたいのです」

 リドルは真っ直ぐにマリラの目を見た。マリラもまた、目を逸らさずに答える。

「仲間を助けるために――どうしても必要な魔法があります。誓って、他の事には使いません。全てが終われば、再び杖を折り、先生にお返しします」

 強い光を宿した紫の瞳に、先に目を逸らしたのはリドルだった。

「……杖は直せない」

「先生!」

 マリラはテーブルに手をついて立ち上がったが、リドルはそれを穏やかに制す。

「違うのですよ……君のことは信じている。君は、この杖を正しく使うでしょう。だが、私は……私はこの杖を前にした時、杖の魅力に取りつかれない保証はない」

「そんなこと――先生はさっき仰ったではないですか! 技ではなく、心を学ぶ学園を作ると!」

「……私は、君から世界樹の話を聞いた時、溢れ出る好奇心を止められなかった」

 この杖を研究したい。世界樹の力を明らかにしたい。強い衝動があった。

 リドルは力なく項垂れた。しかしマリラは、そのリドルの前に立つ。

「私とて、心の弱い人間です。ですが、仲間達は、私を信じて待ってくれています」

 必ず、ジェスを助けるために、賢者の杖を持ち帰ると。

 マリラは堂々と、胸を張った。

「ですから、私は先生を信じます。先生は、杖に支配されなどしません」

「……ふ」

 リドルは、長い息を吐き出した。観念したというように、苦笑した。


 杖の修理は、八日ほどかかるという。

「それまで、ゆっくり休んでいて下さい。ここは君の故郷なのでしょう?」

 それを聞いたマリラの声は、知らず冷えた。

「……何故、ご存知なのですか」

「私がこの村に住ませてほしいと頼んだ時、マリラのご両親から聞きましたよ」

 リドルは、何故そんなことを聞くのか、という顔をした。

(当然と言えば、当然のことか……)

 マリラはため息をついた。

「……いえ、私は他にすることもありますので……。失礼します」

 マリラは一礼し、リドルの家を出た。

 家を出ると、すぐ近くでエデルが待っていた。

「エデル、お待たせ。じゃあ、行きましょうか」

「どこへ?」

 村を出るマリラの後ろを、エデルは慌てて追った。

「野営できるところを探しによ。もう暗くなるから」

「ええ?」

「ここ、宿がないでしょう? ……貧しくて、食料も少ないから、よそ者が村に滞在するのをひどく嫌うの。だから、私達は村の近くで野営することになるわね」

「しかし、私はともかく、マリラは……」

「エデル一人で野営させたら、眠れないじゃない」

 マリラはそう言って、さっさと村を出た。エデルは、ちら、と村を振り返った。



 村からはそう離れていないところで、二人は木に囲まれ、少し開けた場所を見つけた。

 いつもは、一晩しかそこに留まることはないが、今回はそこで何日も野営するので、比較的しっかりと寝床を整えることにした。布を張って天幕のようにし、露を防ぐ。

「まだ眠るには早いな。――マリラ?」

「しっ……あそこに小鳥がいるわね」

 マリラは、エデルに声を出さないように言うと、木の枝に止まっている小鳥に、そっと杖を向けた。口の中で囁くほどの微かな声で〈眠りの雲〉の呪文を唱えると、小鳥はころりと転がって落ちてきた。マリラはそれを手で受け止める。

「……食べるのか?」

 今日の夕食にするのかとエデルが聞くと、マリラは首を振った。

「いいえ、ちょっとね」

 マリラは、眠った小鳥を草の上にそっと寝かせると、小鳥に向けて杖を向け、長く複雑な呪文を唱えた。

「くっ!」

 気合を込めて、魔法を発動させようと試みるが、小鳥はすやすやと眠っているだけだった。

「駄目、もう一回……。」

 必死に呪文を唱えながら、何かの魔法を小鳥にかけようとするマリラ。何をしているのかと、エデルは首を傾げる。

 マリラが、小鳥に唱え続けているのは、〈変化〉の呪文だった。



 ジェスに対して、マリラがかけなければならない〈変化〉の魔法は、竜を人に変える、最高難度の魔法といってもいい。

 それをマリラは、何としても成功させなくてはいけない。

 杖の修理が終わるまでの時間、マリラは〈変化〉の魔法の会得に全力を注ぐつもりだった。

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