014:決着
ごうごうと、階下で炎の燃える音がする。
「貴様!」
アルバトロは激高した。貴重な魔術書――その全てを読むことなど、もちろん出来ていない――それを盾に、仲間を放すよう要求するなど、理解できなかった。
「自分が何をしているのか分かっているのか!」
「仲間を放せって言っているでしょう!」
マリラは遮って怒鳴りつけた。
内心焦っていた。徐々に首が絞まっているのか、ジェスの息づかいが苦しそうなものになっている。肩の傷から流れた血は、毒の液と合わさって小さな水溜まりを作っている。その傷口に触手が触れるたび、ジェスは苦しそうに呻く。
早く助けなければ。
「貴様それでも魔法使いか! あれがどれだけ貴重か――」
「うるさい! 黙れ!」
もはや声が枯れそうになるくらい、マリラは叫んだ。
「――仲間より大切なものなんかないわ!」
「くっ……くそお!」
アルバトロは、杖を振りまわして触手を操った。触手は、ジェスを乱暴に投げつけて放す。
どさり、と床に落とされたジェスに、アイリスが駆け寄った。
こいつらをいたぶって遊んでいる暇はもはやない。すぐにでも殺して、そして早く下の火を消さなければ。
マリラは倒れたジェスとアイリスの前に立ち、ジェスが回復するまでの少しの間、時間を稼ごうとする。
「早くジェスの傷を」
「はいっ!」
アイリスは〈癒し〉の呪文を唱えた。優しい光が、ジェスの体を包み込み、傷が塞がっていく。だが、傷口から毒が回っているのか、ジェスの呼吸は苦しそうだった。
マリラはもはやこれ以上、魔法を使うことができなかった。襲い掛かる触手を、杖を振りまわして振り払おうとする。だが、さっきまでの様子とは違い、一気に全ての触手が突進するように伸びてくる。杖で受けたが勢いを抑えきれず、マリラは突き飛ばされた。
「殺せ、早く!」
アルバトロの叫びに応じて、触手は続けてアイリスに向かってくる。
「逃げ、ろ」
それを見たジェスは、自分を放って早く逃げるようにアイリスに言った。
「――駄目です!」
アイリスは、ジェスの治療を続けた。例え自分が傷つくことになっても、いつも自分を守ってくれる仲間を見捨てることはできない。痛みに襲われることも覚悟して、毒で苦しむジェスに、〈浄化〉の呪文を唱えた。
その時、アイリスを襲おうとした触手が、ぴたりと動きを止めた。
それを見たジェスは、はっとした。
「毒、だ」
「……えっ」
あの触手は、毒に覆われている。もしかすると、毒液が体液のような役目を果たしているのかもしれない。
そして、アイリスの呪文は毒を浄化させる。
もしかしたらいけるかもしれない。
「アイリス、あの触手に、〈浄化〉の魔法を!」
「えっ!」
アイリスは戸惑った。今まで、味方に魔法をかけたことはあるが、敵にかけたことはない。そして、神に祈りを捧げ、神聖魔法を唱える時、いつもアイリスは、痛みがなくなるように、この傷が癒えるように、と祈っているのだ。
触手は恐ろしげな様子で、うごめいている。あれに、慈しみの気持ちを持たなければならないことに、アイリスは恐怖した。
(――違う)
ここで戦わなければ、仲間が傷つく。
これ以上大切な人が傷つかないように、祈るのだ。
アイリスは両の掌を触手に向けると集中して祈りの呪文を捧げた。
アイリスの手から放たれた白い光が触手を包みこむと、触手は水のなくなった草のように萎れていき、やがて動かなくなった。
「く……くそおお!」
アルバトロは、触手が倒されたのを見ると、すぐに次の攻撃呪文を唱えた。思い切り杖を振り上げ、〈雷撃〉の魔法を放とうとした時だった。
「させるかっ!」
気がついたライが、近くに落ちていたジェスの長剣を拾い上げ、アルバトロに素早く斬りかかった。とっさにアルバトロは、それを杖で受けた。
バシ、という重い音がした。
思い切り剣で叩かれた杖を、持っていることができず、アルバトロは杖を手放してしまった。
「あっ」
杖はまさに雷をその先から放とうとしていたところで、先から閃光を吹き出しながら、くるくると宙を舞う。
杖は攻撃魔法を噴射し続けながら、そのまま窓を割り、外へと落ちていく。
アルバトロはそれを必死に追った。窓の先に手を伸ばし、届かないので身を乗り出し、そして――
「危ない!」
反射的にジェスが叫んだが、遅い。アルバトロは窓から落ちていった。
――この学長室は、高い塔の最上階にある。
アイリスは顔を覆った。マリラは、哀れな男の末路を、苦い思いで見ていた。
「……どうなってんだ」
自分が気絶している間に、大変なことがあったらしいことは、ライにも分かる。だが、この状況は一体どうしたらいいというのか。
戦いのあった学長室を出たが、螺旋階段の下は、燃え盛る炎に包まれていた。熱気がここまで伝わってくる。
「あはっ」
この事態を引き起こした張本人のマリラの額を汗が伝う。アイリスもジェスも、どうしようと思案している。この炎の海の中を突っ切って、無事で済むとは思えない。だが、早くしなければ、自分達のいる場所だって崩れかねない。
「あっ」
どこかに逃げ道がないかと探していたアイリスが、一点を指さした。
ぶわり、と竜の形をした水が炎を破って現れた。そのまま水で作られた竜は、飛沫を撒き散らしながら飛び回る。
呆気に取られているうちに、火は勢いを失くし、徐々に消えていく。やがて、完全に炎は消え、辺りには煙の臭いだけが残った。
「……一体……」
一行が階段を下りていくと、そこには、杖を持ったリドルがいた。あの巨大な水を出現させ、炎を消してくれたのは、この人だ、とマリラはすぐに理解した。
「……先生」
「終わったようだね」
リドルは一行を優しく見つめ、労った。