表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
青空の冒険者  作者: 梨野可鈴
最終章 空を翔ける冒険者
138/162

138:黒の記憶

 マリラとエデルは、ギールの街を出て北に向かっていた。

 目的地は、リドルがいるマームの村だ。

「マームの村というのは、この地図には書かれていないが……」

「小さな村なのよ。白銀の谷にあるの」

 白銀の谷は、この大陸の北端にある二つの高い山の谷間だ。クロニカや、幻惑の森よりも更に北にあり、土地も痩せていて、ほとんど人は住まない。

 道中、何度も魔物に襲われたが、二人の敵ではなかった。

 マリラが風の魔法で雑魚を蹴散らし、エデルが素早い剣さばきで、残りの魔物を片付ける。

 こうして二人は、特に大きな障害もなく、川を越え、どんどん北に進んでいた。



「今日はそろそろ休みましょう」

 マリラは、日が暮れてきたので、野営の準備をする。携帯食料で、簡単な食事を済ませると、マリラはエデルに言った。

「昨日は私が先に寝たから、今日は先にエデルが寝てちょうだい」

「……いや、その」

 エデルは、ふうと息をついた。

「……私は、あまり屋外では眠れなくて。一人で旅をしていた期間が長いから……」

「え? じゃあ昨日の夜、寝てなかったの?」

 マリラが驚いて尋ねると、エデルはすまなさそうに言った。

「まったく寝ていない訳ではないんだが。マリラが、あまりに自然に、交代で火の番をしようと言ったから、その……悪くて」

 ほとんど、目を閉じていただけだというエデルに、マリラは呆れた。

「だから、マリラが、一晩寝てもらっていて構わない。白銀の谷くらいまでなら、それでも私は耐えられる」

「そんなの駄目に決まってるでしょ。何なら、眠れる魔法をかけてあげるわ」

「えっ……しかし、これは私の問題で」

 悪いと言うエデルに、マリラは気にしなくていいわ、と笑った。

「実は、ライも、結構繊細なのよね……。ちょっとしたことで、すぐ起きるのよ。それでいて、朝は弱いんだけど」

 マリラがくすくすと笑うのを見て、エデルは少し遠い目をした。

「……。本当に、仲がいいんだな」

「え? ……まあ、そうね」

「……私にも、仲間がいれば良かったのか」

 エデルは膝を抱えた。急に、弱々しい様子になったエデルを見て、マリラはエデルの傍に寄ることにした。火を挟んで向かい合わせに座っていたのを、隣に座り直す。

「……私で良かったら、話、聞きましょうか?」

「マリラ……」

 エデルは、はあ、と息をついた。抱えた膝に顔を埋める様子は、まるで子供のようだった。


「……私は、ドラゴニアの生まれなんだが」

「ええ」

「故郷は、小さな農村だった。だが……私がまだ、五つくらいの時、皆、死んでしまった」

 マリラはそっと、エデルの肩に手を置いた。

「公には、魔物に滅ぼされたということになっている……村の惨状を見た、兵士がそう記録したから」

「え?」

 マリラは聞き返した。引っ掛かる言い方だ。

「本当は――突然飛んできた黒い竜が、私の村を焼いたんだ」

「!」

 黒い竜。その言葉を聞き、マリラはぎくりとした。

「竜は……ドラゴニアでは、王家との繋がりの強い存在として、好意的に受け入れられている。だが、私は……確かに黒竜が村を……母を焼くのを……この目で見た」

「ま、待って、それ――いつのことなの?」

「え? あ、ああ……ちょうど十八年ほど前になる」

 十八年前という言葉に、マリラは記憶に引っ掛かるものがあった。

「……それって、アノンの西にあった村、かしら」

「知っているのか?」

「ええ……ウィンガの街の町長さんから、滅んだ村の話を聞いたことがあるの。でも――竜、だったなんて」

 どうにか取り繕いながら、マリラは考えていた。

 黒竜。ジェスと関係があるのか?

 だけど――あのジェスが、村や人を襲うなんて、とても考えられない。

 エデルの話に出てきたのは、きっと別の竜だろう。

「マリラ?」

 エデルが、どうしたのかという顔でマリラを見ていた。

「あ、いえ、驚いただけ……でも、それは……辛かったでしょう」

「……そうだな。言い訳するわけではないが……私がバーテバラルの山で、竜を殺すことに拘ったのは、そのためだ」

「でも、あれは、緑竜だったわ。エデルの村を襲ったのとは違うんじゃ……」

 エデルは、唇を噛んだ。

「何だろうな……やはり、私は竜が許せない。魔物が人を襲うのは、魔物がそういう存在だからだ。だが……あの竜は、そういった本能とか、必要とかとは違うところで……殺すために殺していた」

 殺した村人達を食べるわけでもなく、ただただ、破壊のために。

 エデルの心には、崩れていく母の後ろで、尻餅をついて震える自分を、睨みつける銀の瞳が、深く刻み込まれている。

「私の中で、竜は邪悪なものでしかなかった――」


「…………。」

 マリラは何と言っていいか分からない。黙ってしまったマリラに、エデルは、少し無理にでも笑おうとした。

「だが……あの緑竜は、ジェスを助けたんだったな。全ての竜が邪悪ではない……。私が言うのも何だが、彼が助かって、良かった」

「ええ……」

「彼にも会って、謝らないといけないな。出来れば、また手合わせしたい」

 そう言うエデルの瞳には、少し憧れのようなものが宿っていた。マリラはそれを感じ取って、聞いてみる。

「ん……ひょっとして、ジェスの事、好きなの?」

「えっ?」

 エデルは予想もしなかったマリラの言葉に、顔を上げた。

「いや……剣士として尊敬はしているが、男性として意識したことはない」

「……。」

 マリラは何も言えない。ばっさりだった。


「聞いてもらえて、少し楽になった。ありがとう」

「ううん……。」

 焚き火がパチパチと音を立て、火の粉を散らす。

 エデルはゆっくりと目を閉じた。

「……エデル?」

 返事はない。エデルは静かに寝息を立てていた。

「……あなたはもっと、誰かと一緒にいて、話さないと駄目よ」

 どんなに冷徹に、強くなろうとしても、人間は感情から逃れられない。

 他愛ない会話をして、笑って、そうでなければ、生きていけない。

(私が……そうだったから)

 マリラの灰色の記憶も――仲間と過ごす日々の中で、癒された。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ