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青空の冒険者  作者: 梨野可鈴
最終章 空を翔ける冒険者
134/162

134:湖上都市

 ライ、アイリス、ザンドの三人は、首長竜の湖を、渡し舟でゆっくりと渡っていた。

「相変わらず、ここの景色は見事だよな……」

「はい」

 湖に浮かぶ島に、六つの高い塔がそびえたつ。

 塔はそれぞれ違う装飾がなされている。白亜の塔、漆黒の塔、蔦の塔、金色の塔、赤煉瓦の塔、鏡張りの塔だ。

 吟遊詩人は見事なまでに整えられた都の美しさを、こぞって歌にしている。アイリスやライも、この都を初めて訪れた時は、あまりの豪華さと美しさに、息を飲んだ。

 それはザンドも同じらしく、普段感情を表に出さない彼でさえ、口を少し開けて都を眺めている。

「なるほどな……噂には聞いていた。六色の塔を持つ、魔法の都市……」

 六つの塔はそれぞれ、世界を構成する六元素を表す。六元素にはそれぞれ、それを生み出した龍の姿より伝えられる象徴の色が存在する。そのことは、魔法使いであるザンドはすぐ気付いたらしい。

「鏡張りの塔が、水の象徴か? 空の青と湖の青を映すことで、青色を表現しているのか。もっとも……」

 鏡は割れ、蜘蛛の巣状の大きなヒビが走っていた。



 鏡張りの塔――別名、水の塔の壁の鏡が割れている理由は、すぐ分かった。街中で噂になっていたからだ。

「巨大な魔物が現れて街を襲って、塔を攻撃した……」

 アイリスは、聞いた内容を、呆然と繰り返した。

「ああ……。大きな翼のある魔物でな。つい先日だよ。幸い、塔の中にいた人々はすぐに逃げたから怪我人もなかったんだが。今も塔の中は割れた鏡の破片でいっぱいらしい」

「そうですか……。」

「研究者達の話じゃ、まだ近くにいるんじゃないかってね。君達も妙な時に来ちゃったね」

「ああ……、教えてくれてどうも」

 泣きそうな顔で俯くアイリスの背中を押して、ライはその場を離れた。

 確かに、都の空気は物々しい。恐らく、次に魔物が襲ってくれば、迎え撃つ準備をしているのだろう。この都の魔法の技術は世界一といってもいいはずだ。

 ライは奥歯を噛みしめた。

(ジェス……一体、何をしてるんだ?)

 まずは、情報を集めないことには仕方ない。とりあえずライは、人に話を聞いて回ることにした。

 するとザンドが、城のように巨大な建物を見上げて、立ち止まっていた。

「おい、ザンド?」

「お前達は黒竜の話を聞いて回るんだろう? 俺はここで、竜について調べておこう。黒竜の行先の手がかりくらいになるかもしれない」

「あ……」

 城のように巨大な建物は、この魔法都市の、図書館だ。魔術書の蔵書数でいえば、ウィンガやクロニカを遥かに凌ぐ。

 さっさと図書館に入っていくザンドの背中を見て、アイリスとライは、互いに顔を見合わせ、ちょっと笑った。

「魔法使いってのは、皆似たようなものなのかね」

「マリラさんのこと、思い出しますね」

 マリラも、ディーネについてすぐ、この巨大な図書館に目を輝かせ、仲間をほったらかして駆けこんで行ったのだ。

「懐かしいな……」

 マリラは今頃どうしてるだろうか。ライはそんなことを考えた。



 ザンドは、竜についての本を探してから、待ち合わせ場所の宿に向かった。宿の部屋では、アイリスが一人休んでいた。

「あ、ザンドさん……」

 アイリスは元気がなく、落ち込んだ様子だった。

「どうした?」

 ザンドはアイリスの様子を尋ねたが、アイリスはそれを、ライのことだと思ったらしい。

「あ、はい、ライさんは、もう少し聞き込みをしてくるって言っていました。私にはその、先に休んでいるようにって……」

「気分でも悪いのか」

 アイリスは、慌てて首を振ったが、その様子はとてもそうは見えなかった。ザンドが黙ってアイリスを見ていると、アイリスは観念したように俯いた。

「たくさんの人が……黒い翼を持った大きな魔物が、鏡張りの塔を攻撃したのを見たって言っていて……。街の魔法使いが、次に来たら、巨大な魔法をぶつけて攻撃するそうです……。私、どうしたらいいのか分からなくなってしまって」

「黒竜が心配か」

「それも、あるんですけど……」

 アイリスは青い瞳に涙を溜めた。

「あの、ジェスさんが……そんな、街を襲うなんて……竜になったって……そんなこと、絶対に……」

 ザンドは腕を組んだ。

「……お前は、不思議だな」

「え?」

「自分が傷ついた時には泣かないのに、仲間が傷ついた時はすぐに泣く」

「そんなこと、ないですよ……。私、結構泣き虫です」

 アイリスは指で、目尻の涙を拭った。

 そして、窓の外から景色を眺めた。湖面には、夕日の金色の光がきらきらと反射して輝いている。

 あの時もそうだった。

「この街に初めて来た時、私、一人でよく泣いていました」

「そうなのか」

「私、まだ旅に慣れてなくって。パーティの皆さんには迷惑かけてしまって」

 アイリスがパーティに入ってすぐの頃、四人は一時期、活動拠点をギールからディーネに移していた。

 当時、神聖魔法を使える少女の噂がギールで広まってしまっていて、彼女をパーティに入れたい冒険者達が揉めることがあった。アイリス自身はそのことに心を痛めており、ジェス達は、ほとぼりが冷めるまで、しばらくギールを離れることを決めた。

「ここも、ギールほどではないんですけど、人が多い街だから、冒険者向けの依頼は結構あったんです」

 そして、四人は、街周辺の魔物退治や、薬草採取、近くの村へのお使いなど、簡単な依頼をこなしながら過ごしていた。

 それは、まだ旅慣れていないマリラやアイリスへの配慮があった。

 何しろ、マリラやアイリスは、野営をしたこともなかった。ライでさえ、その辺の動物や植物で、何が食べられるか見分けることはできなかった。

 ジェスは、そんな三人に、冒険者の両親仕込みの技術を丁寧に教えてくれた。

 また、魔物退治も四人でそれなりの数をこなした。ジェスも、魔法使いのいるパーティで戦闘した経験は今までになかったからだ。

 マリラやアイリスのいる状態での戦闘は、前衛が後衛を守るという配慮が必要となる。

「懐かしいです。マリラさんも、魔法で援護しようとしては、ライさんの髪を焦がしちゃって」

 アイリスは当時のことを思い出す。

(おい、何する、危ないだろうが!)

(私が先に呪文を唱えたのに、そっちが前に出てきたんでしょうが!)

(はあ? 俺が前で魔物を止めてやってんだろ!)

(ま、まあまあ、二人とも)

(あ、あの、火傷してたら、治療しますから)

 マリラもライも、思った事ははっきり言うタイプなので、互いに戦闘の邪魔をしたと文句を言って、当時はいがみ合うこともしょっちゅうだった。それをジェスが宥めたり、アイリスがおろおろしながら止めたり。

 そんなことを繰り返して、いつしか息の合った動きができるようになった。

「私達が出会ったギールの街もそうですけど、ここディーネも、思い出の場所なんです」

 アイリスは、顔を上げた。赤い夕陽の空を見て、はっきりと頷く。四人で湖に沈む美しい夕陽を、何度も見た。

「そうです……だからきっと、ジェスさんが、ここを襲うなんて、何かの間違いです」

 そう言うアイリスの顔はすっきりしていた。アイリスはザンドを振り返り、お礼を言う。

「ありがとうございます、ザンドさん」

「俺は何もしていない」

 勝手に落ち込み、勝手に立ち直った。立ち直れたのは、彼女自身が、仲間との記憶を思い出し、そして信じたからだ。

(つくづく、不思議だ。いや……)

 ザンドも、夕焼けの空を眺めた。

(……俺も、まだ、思い出せるのか。今、どこにいる、ベルガ……)

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