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青空の冒険者  作者: 梨野可鈴
最終章 空を翔ける冒険者
131/162

131:折れた杖

 宿の一室は、重苦しい空気に包まれていた。

 ジェスは、竜だった。

(……これから、どうしたらいいんだ?)

 ライは、ジェスがあの時、竜の姿になったのは、ザンドが呪いをかけたからだと考えていた。世の中には、人を魔物にする呪いもあるのだから。

 だから、何としてもジェスを見つけ出し、その呪いを解いてやろうと思っていた。だが――。

(あいつが、元々、竜だったなら……俺たちは、どうするべきなんだ?)

 竜は、生き物でありながら、創世の龍の力を受け継ぐ、特別な存在だ。それが本来の姿と力を取り戻し、空へと飛んでいったのなら――ライ達に、できることはあるのだろうか。



「……ところで、もう一つ聞きたいんだけど」

 マリラは、ザンドに、折れて二つに分かれた杖を見せた。ライとアイリスは、改めてその杖を見て驚く。

「賢者の杖が、どうして……!」

 かつて、魔法学園クロニカにて保管されており、副学園長アルバトロが、暴走を起こした時に使った杖だ。持ち主は、本人の力量に左右されず、あらゆる魔法を使用できるようになる。

 だが、その杖は、あの騒動の時に折れ、そして燃やしてしまったはずなのだが。

「知っているのか、賢者の杖を」

 ザンドは意外そうに三人を見た。

「それはこっちの台詞よ! なんでこれを持っているの!」

「それは、俺とベルガが、クロニカの跡地で拾ったものだ。瓦礫の間に埋もれるようにして落ちていた。こんな宝物が落ちているなんて驚いたが。折れているとはいえ、それはあまりに貴重な品だからな。闇市で売ることはなく、持っていることにした」

「落ちてた、だと……?」

 ライは怪訝な顔をする。

「ああ。しかし、やはり折れた杖だな。俺の実力を超えた魔法は使えたが、途中で火を吹き出して暴走した」

「! そうか、火ね……」

 マリラは納得したように呟くが、ライとアイリスは訳が分からない。

「とりあえず、これは私が預かるわよ」

 マリラは、折れた賢者の杖を布に包み、荷物に入れた。


「それにしても、お前、そんなに話す奴だったか?」

 ライは腕を組んだまま、ザンドを見下ろす。

 ライの覚えているザンドは、無表情でまったく話さないか、ぼそぼそと二言、三言話すだけの不気味な奴だった。

 それが今は、まあ、普通だ。

 明るく饒舌に話すというわけではないが、聞かれたことにはちゃんと答えてくる。

 ザンドは少し考え、そして答えた。

「……刺青が、無くなったからだろうな」

「話すほどの精神力さえ、なかったってことか?」

 ライの疑問には、マリラが答えた。

「でしょうね。あれだけの魔法を常時発動していれば、正気を保つだけで精一杯だったはずだから。あなた、常にぼうっとしていた感じだったんでしょう?」

「ああ。……感覚が鋭敏になっていたから、周囲で起きたことはほとんど把握できていたが、俺自身はほとんど何も考えていなかったな」

 ザンドは、全身に巻かれた包帯を見下ろした。火傷の傷はひりひりと痛むが、自分がしてきたことを思えば、当然の報いと感じた。

 何かを感じる――それさえも、久しぶりの感覚だ。

「俺は、何も考えず、ベルガの指示に従うだけだった……。だからといって、俺のしたことが許されるとは思ってはいないが――」

 ザンドは、ライ達に頭を下げた。

「すまなかった」

「……。」

 ライ達は、顔を見合わせる。

 謝られたからといって、簡単に許せることではない。だが、ザンドを責めたところで、得られるものはない。

「……これから、どうするよ」

 ライは力なく、仲間達に聞いた。

「本当は今日、カステールに向けて出発するつもりでしたね……。」

 しかしそれも、ジェスが、ジェスの両親に会うためだ。三人で今更、何をしに行くのか。

「とりあえず、今日はもう休まない? 私達、昨日の夜は一睡もしていないでしょう。ゆっくり寝て、それから考えましょうよ」

 ライもアイリスも、マリラの意見に反対する理由はなかった。とにかく、心身共に、疲れ切っていた。



「……。」

 ライは、何度目かになる寝返りを打った。ため息をつき、体を起こす。

 一度、夜中に目を覚ましてから、また眠りにつくことはできなかった。そうこうしているうちに、朝が近付いてくる。

 ライは静かに部屋を出た。

 夜明け前の、冷えて澄み切った空気が、肌に心地いい。

 ライがそうして、花壇の縁に座って、ぼんやりとしていると、マリラとアイリスの泊まっている部屋の窓が、さっと開いた。

 窓からマリラが顔を出し、外にいたライと目が合う。マリラは、ライを見つけてちょっと驚いた顔をして、すぐに窓の向こうに消えた。

 しばらくして、マリラとアイリスが宿から出てくる。

「何してるのよ。ちゃんと休みなさいよ」

「マリラこそ、寝てなかったんだろ」

「それは……」

 マリラはため息をついて、ライの左隣に座った。右側に、アイリスも座る。


 三人はしばらくそのまま、黙っていたが、アイリスが、呟くように話し始めた。

「……ジェスさん、あの時、言ったんです」

 ジェスが苦しそうに叫びながら、竜の姿に変わる時のことを、アイリスは思い出した。

「私に、『来るな』って。きっと、巻き込んでしまうからって」

 突然、竜の力が解放されたジェスは、苦しんでいた。竜となって咆哮していた時も、苦しそうに、聞こえた。

「ジェスさんは……竜になっても、私達の知っている、優しいジェスさんのままだと思うんです。……私、このまま、こんな形で、ジェスさんとお別れなんて……嫌です」

 アイリスは、そう、自分の気持ちをはっきりと言った。


「……そうね。私はね」

 マリラも、空を見上げて話し出した。

「私は――魔物化の呪いにかかっていた時のことを考えたの。本当に怖かった……。自分が、自分でなくなっていくみたいで。今でも、時々思い出すのよ」

 マリラは、自分の手を見下ろした。かつて、呪いに侵食され、黒い痣でいっぱいになったことのある手を。

「私、もっとジェスのこと、気を付けてあげればよかった。ジェスも、いきなりあんな力が使えるようになって――きっと、怖かったはずなのよ」

 なのに、ジェスは、いつもの笑顔で、明るく振る舞っていた。

 仲間思いの、お人好しだから。

「今でも、ジェスのことだから、自分に何が起きたかなんて、分かってない。突然、変わってしまった体に、困ってるわ」

 マリラは、そう言ってぐっと手を握った。


 ライは――二人の言葉を聞いて、頷いた。

「そうだな。このまま、ジェスを放っておくわけにはいかない」

 ジェスは――本当に馬鹿みたいなお人好しで。

 まるで気負いしないで、たくさんの人を助けた。

 一人ではどうにもならなかっただろう、運命という奴も、ジェスが作ったこのパーティの皆で、切り抜けてきた。

「今度は、俺たちがジェスを助けるんだ」

 ライが、そう言うと、マリラとアイリスは、当然のように答えた。

「もちろんよ!」

「はい!」

「よし、作戦会議だ。部屋に戻るぜ」

 立ち上がった三人を照らすように、空に太陽が昇り始めた。

その杖は、あの騒動の時に折れ、そして燃やしてしまったはずなのだが→15話参照。

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