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青空の冒険者  作者: 梨野可鈴
最終章 空を翔ける冒険者
129/162

129:暴走

 バチリ、と音がして、光が跳ね返される。強く、鞭で叩かれたかのような衝撃に、ザンドは杖を取り落とした。

「……何やってんのさ、ザンド」

 ベルガは苛立ったようにザンドを見る。ザンドは杖を持っていた手を擦る。

「……奴にかかっている魔法が、強力すぎる」

 ザンドは何度かジェスに向かって呪文を唱えていた。しかし、ザンドの魔法がジェスの体に当たった瞬間、弾かれてしまう。

「ちっ」

 ベルガは舌打ちした。

 ジェスは何が起きているのか分からなかった。

(僕にかかっている魔法? 何を言ってるんだ? ザンドは僕に、何をしようとしているんだ……?)

 ベルガはふと、何かを思いついたというように、ザンドに言った。

「じゃあ、あれを使えばいい。――ほら、どんな魔法でも使えるんだろ?」

「……使うのか? あれは……」

「コイツにはそれだけの価値があるさ」

 ベルガは、床に倒れているジェスの髪を掴み、無理矢理にその顔を覗き込んだ。

「くくっ、コイツを殺して、どれだけの財宝になるか……!」

 一方的に嬲られても、もはやジェスは抵抗することはできなかった。体に力が入らない。

(せめて、剣があれば……)

 魔法剣は、当然取り上げられている。あれさえあれば、剣を触媒に魔法力を活性化させ、ここから逃げるくらいの体力は回復できるのに。

 ザンドは、ベルガの言葉に頷き、荷物の中から、別の杖を取り出した。それは奇妙な杖で、折れたものを無理矢理紐で繋いでおり、真ん中でくの字になってしまっていた。

 飾りに、双頭の蛇が絡みついている。見事な意匠で、木彫りの蛇は、まるで生きているかのように見えた。

「……?」

 ジェスはその杖に、見覚えがあった。あれは何だったか。

 ザンドは杖をジェスに向け、同じ呪文を唱えた。

 すると、杖から先程とは比べ物にならないほど強力で鋭い光が飛び出し、ジェスの体に当たった。

 その瞬間、ジェスは今までにないほどの衝撃を覚えた。

 体の内側から、何かが飛び出してくるような、何かがせり上がってくるかのような――

「うっ……ううっ、やめ……」

 駄目だ。

 反射的に、そう思った。なのに、ジェスの体はどこまでも熱く熱を持つ。狭い部屋の中を、ごうごうと黒い風が吹き荒れた。

「うっ……うわああああ!」

 ジェスは体が引き裂かれるように感じた。

「あははは、あははははは―――!」

 ベルガの狂ったような笑い、ジェスの叫び声、風の音――。ジェスの体から、巨大な闇が染み出した。それは、ジェスのいる部屋の天井を貫き、外に吹き出した。



 闇が噴き出す場所を目指して走る中、アイリスの瞳から涙が零れた。

「!」

 胸の奥が、ひどく苦しくなった。

(ジェスさんが苦しんでる!)

 どうしてか分からないが、そう思った。

「黒い光、ここから出てるぞ!」

「ここって……!」

 街の隅にある、古い屋敷の屋根を貫いて、その光は噴き出していた。この屋敷は知っている。

 かつてアイリスが捕まり、奴隷として売られそうになった闇市場だ。屋敷の主人ともども捕まり、今は無人となっている。

 屋敷の扉には鍵がかかっていた。

「どいて! 今開ける!」

 マリラは炎の魔法で、扉を吹き飛ばした。三人はなだれ込むように屋敷に入る。屋敷は無人だったが、応接間の床から、天井に向けて、上昇気流のように力が流れていた。

「地下よ!」

「ああ!」

 ここには、人を捕まえるにはうってつけの、奴隷達を捕らえる部屋があった。隠し階段のある部屋に向かう。

 すぐにベルガやザンドと戦闘になることも考えられた。ライは剣を、マリラは杖を構える。アイリスはすぐに〈護り〉の呪文を唱えられるように精神を集中した。

 ライの合図で、一気に地下への扉を開いて突入した。

「うわああああ――っ!」

 喉が裂けるのではないかというほどの、ジェスの叫び声が聞こえた。尋常ではない。

「ジェス!」

 三人は、奥の牢へと向かった。そこには――呪文を唱えるザンドと、魔法を受けて苦しむジェス。

「何を――!」

「お前ら!」

 ライはザンドを止めようと剣で斬りかかるが、そこにベルガが曲刀を抜いて、割って入る。

「今、いいとこなんだ。邪魔しないでくれないか!」

「ちっ!」

 ライはベルガと剣をぶつけ合いながら、マリラに目配せした。

(俺がベルガを押さえているうちに、早く!)

 マリラは、ザンドに攻撃するべく、呪文を唱えた。だが――ザンドは汗を流しながら呪文に集中しており、マリラ達が乱入してきたことにさえ気づいていない様子だった。

「――その杖!」

 マリラはザンドの持っている杖を見て驚愕する。それは、失われたはずの、賢者の杖だったからだ。

 そして、マリラは、ザンドの口から聞こえる、聞き覚えのある古代語の呪文に耳を疑った。

 それは攻撃魔法でも、呪いの言葉でもなかったからだ。

「ジェスさん!」

 アイリスは、苦しむジェスに駆け寄った。だが、ジェスは、銀に染まった瞳で、アイリスの姿を見ると――渾身の力で叫んだ。

「来るなあっ!」

「!」

 迫力に気圧され、アイリスの足が止まる。

 次の瞬間――ジェスを中心に、爆発が起きた。



 ジェスの体の感覚と意識が、全て消えた。

 黒い髪が、生き物のように蠢く。次の瞬間――体は漆黒に変わり、巨大に膨れ上がった。



「きゃああっ!」

 アイリスは手で顔を覆った。爆発の勢いで、地下の小部屋の天井が吹き飛んだ。

「なっ……!」

 ライもベルガも、マリラもザンドも、アイリスも、爆発の中心を見る。そこには、叫びながら――咆哮をあげながら、姿を変えていく、ジェスがいた。

 むくむくと体は膨れ上がり、巨大化しながら形を変える。全身が鋼のような黒い鱗で覆われ、尾と翼が生える。巨大な体からは、銀に光る爪や牙が出現した。

 かつて創世において、闇を創り出した、闇龍に連なると呼ばれる存在――黒竜。

 その存在は、こんな小部屋に収まるものではなく――竜の体を包む、凄まじいほどの力の奔流に押され、地下室は崩れ始める。

「ジェス……?」

 ライ達は、仲間が目の前で、竜に変わるのを見ていたが、それでも、何が起きているのかまったく理解できなかった。

 竜は、暴れるようにその体を強く振るう――その度、小部屋は崩れた。天井が崩れ、ライとベルガの間に落ちる。二人はさっと飛びのいて躱す。

「なっ……ここまでの大きさなのか?」

 ベルガはそう言い、身を翻して部屋の出口へと向かう。

「ぐあっ!」

 その時、ザンドが叫んだ。持っていた杖が、継ぎ目から炎を吹き出したのだ。ザンドはそれをまともに顔から浴びた。顔を押さえ、床を転がる。

「何やってる、逃げるよ!」

 しかし、ザンドには聞こえていない。

 そうしている間にも、竜はその大きな翼を振るわせた。強い風が、吹きあがる。

「ジェス、さん――!」

 嵐のような風に逆らい、アイリスは手を伸ばす。だが、竜は、そのまま飛び立った。自らの体で体当たりし、天井を、そして屋敷を破壊し、空へと――。

「くっ!」

 竜が突き破った天井は、ますます激しく崩れていく。

 ベルガはちっと舌打ちをし、その場から逃げ出した。

 ライも、ここは逃げるしかないと判断した。もうこの地下室は持たない。このままでは生き埋めになる。

「……アイリス、マリラ、逃げるぞ!」

「待って、コイツを連れて行かないと!」

 マリラは、二つに割れた賢者の杖を拾い、気絶しているザンドの腕を持ち上げた。

「そんな奴、助けてく場合か、逃げ遅れるぞ!」

「聞かないと! ジェスに何をしたのか!」

 マリラはライに反論した。ここで言い争っている場合ではないと、仕方なくライはマリラと共に、ザンドを両脇から支えて持ち上げた。

「アイリス、先頭を行ってくれ! 天井から瓦礫が落ちてくるから、〈護り〉の魔法を!」

「はっ、はい!」



 ライ、マリラ、アイリスは、崩れる屋敷から間一髪で逃げ出した。

 いつの間にか、朝が来ていたらしく、東の空が少し白みかけていた。しかし、これから、どうすべきか――三人の心は重く沈んでいた。

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