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青空の冒険者  作者: 梨野可鈴
最終章 空を翔ける冒険者
128/162

128:狂気

「アイリス、アイリス!」

 自分を呼ぶ声に、アイリスは目を開けた。

「気が付いたのね、アイリス!」

「あっ……」

 アイリスは、路地の奥で、マリラとライに抱えられていた。

「一体何があったんだ? ジェスは――」

「そうです! ジェスさんが」

 起きたことを思い出し、焦って話そうとしたアイリスは、殴られた背中が痛み、小さく呻いた。

 マリラは手持ちの聖水を出し、アイリスに少し飲ませて落ち着かせた。傷の痛みが癒される。

 ジェスが崖から落ちた一件以降、もし自分がいないところで怪我をしても応急処置ができるように、アイリスは聖水を作って、一人一人に持たせるようにしていた。

「あ、ありがとうございます……」

「もとはアイリスの魔法でしょ。それより――」

「ジェスさんが、攫われたんです、ベルガさんとザンドさんに」

 アイリスの言葉を聞いて、マリラとライは息を飲んだ。

「間違いないのか?」

「顔を見ました……確かに、あの二人でした」

 ジェスが襲われた経緯を話すと、ライは舌打ちをした。

「ジェスの性格を利用しやがって……」

 ジェスがお人好しなのは、最初会った時に見抜かれている。

「急いで探さないと!」

「ああ。アイリスは宿で待っててくれ」

 アイリスは首を振った。

「大丈夫です! 私も探します」

「――分かった」

 三人は、ジェスが連れて行かれた路地の奥の方へと走った。何か手がかりがないか、探す。

「くそっ……やっぱりジェスを、ドラゴニアの王子だと思ってるのか?」

 ライの言葉には、自分を責める響きがあったので、マリラはぴしゃりと言った。

「そんなことは、奴らを捕まえて聞き出せばいいわ!」

 アイリスは、走りながらジェスの無事を祈る。だが、祈っても、今までにないほど心がかき乱されていくのが分かる。

(――とても、嫌な予感がする……ジェスさん――!)



「……うっ!」

 ジェスは激しい痛みに、目を覚ました。

 体がひどく寒く、震えている。目の前がチカチカした。

(ここは……)

 ジェスが体を動かすと、手首の鎖がジャラリと鳴った。そしてジェスは、自分が壁に繋がれていることに気が付く。

「……おや、薬が切れたのか。目が覚めたね」

「ベルガ!」

 自分の前にいたのは、紫の髪の女盗賊、ベルガだった。横には、ザンドもいる。魔法使いのローブを着ていたが、いつも目深に被っているフードはしておらず、顔に彫られた古代語の刺青が露わになっていた。

 ベルガは赤い瞳を輝かせて愉悦の表情を浮かべ、対するザンドは気持ちが悪くなるほどの無表情だった。

 ジェスは、自分の状況を把握しようと、まだ痺れる体をどうにか動かして周りを見た。

 ジェスは、鎧を脱がされ、上半身裸の状態で、石の壁に繋がれていた。両手首と足首を鎖で壁に固定され、磔にされている。足元には大きな盥が置かれていた。右の腕には、深い切り傷があり、血を流している。

 石の冷たい壁で覆われた小部屋は、窓もなく、黴の匂いがする。牢のようなこの場所に、ジェスは見覚えがあった。

「……ここは、奴隷市場……?」

 かつて、ジェスは奴隷市場を潰すための依頼で、市場に潜入するために、奴隷としてわざと捕まったことがあった。

「くく、ご名答だね。今は使われてはいないけどね」

 ベルガは小振りの小刀を見せつけるように、ジェスの鼻先でちらつかせた。血がついている。恐らく、ジェスをあれで切りつけたのだ。

「……僕を捕まえて、ドラゴニア王家への人質にでもするつもりなのか」

 ジェスは荒い息をつきながら、ベルガを見た。ベルガは哄笑した。笑い声が石造りの小部屋で反響する。

「あはははは! まったくあのババア、殺す相手の顔も知らないままでアタシに依頼するんだから、笑っちまう! ちゃんと調べたらすぐに分かることだったってのにさ、ドラゴニアの第二王子は、緑の瞳の情熱的な美青年――、吟遊詩人も歌っているってのにさ!」

「……なっ」

 ジェスはさもおかしそうに、腹をかかえて笑うベルガを、信じられないというように見た。

(ベルガはもう、僕が王子じゃないって知ってる……?)

「じゃあ……どうして、こんな……うあっ!」

 ジェスは痛みに呻いた。ベルガが小刀で、ジェスの左腕を刺したからだ。

 血が流れ、それは、ジェスの足元に置かれた盥に落ちる。

「……くくっ、くくく、あはははは!」

 狂ったように笑うベルガに、ジェスは寒気を感じた。

 このまま嬲り殺されるのか? 何故?

「何が目的だ!」

 この状況でできることは、声をあげることだけだ。ジェスは精一杯声を張って、ベルガに問いかけた。しかしベルガは、血のように赤い瞳を細め、小刀の血をべろりと舐めた。

「分かっていないんだねえ……自分が何なのか、さ」

 その言葉は、小刀の傷より深く、ジェスの心を抉った。

 それは、ジェスがずっと考えていたことだったからだ。

 ふん、とベルガは小刀をザンドに渡した。

「限界まで血を絞れ。殺すなよ」

「……。」

 ザンドは、無表情な顔でしばらく小刀を見ていたが、ゆっくりジェスに近付き、その口に布を押し込んだ。声をあげられなくなったジェスに、ザンドは容赦なく刃を向けた。



 マリラは、掲げていた杖を下げて、悔しそうに首を振った。

「駄目だわ……」

 ジェスがどこに行ったか、手がかりは見つからない。

 マリラは風の魔法で、街中の音を拾って、ジェスやベルガの声が聞こえないか試してみた。だが、ここは賑やかな街中だ。多くの人の声や物音が聞こえすぎて、とても特定の声を見つけ出せはしない。

「……くそっ、目撃情報もねえ……」

「門番の方に聞きましたが、今のところ街の外に出た人はいないようです。でも……」

 体中に〈強化〉の呪文が刻まれたザンドの身体能力をもってすれば、街を囲む壁を軽々と飛び越えていてもおかしくない。

 夜は更けていく。ジェスが攫われてから三人は街中を駆け回ったが、未だ手がかりは見つからない。

 マリラは不安で、自分を落ち着かせようと、気休めを言った。

「……ジェスが本気で戦えば、ベルガやザンドには負けないわよね?」

「戦える状況にあればな……」

 ベルガは盗賊だ。毒を盛るくらいのことはしただろう。ザンドも魔法使いだ。本来、正面から剣士と戦うなんてことはしない。

 アイリスは、泣かないようにと、涙の滲んだ目を空に向けた。その時だった。

「――あれ、見てください!」



 大量の血を流し、ジェスは意識が朦朧としていた。

 ベルガは、そんなジェスの様子に満足そうに笑うと、縛っていた鎖を外す。傷だらけのジェスは、どさりと床に倒れた。

「さて、こんだけ弱ってれば、そろそろいいんじゃないか」

「……本当にやるのか」

 盥に集めたジェスの血を、瓶に移していたザンドは、淡々と言った。遠のく意識の中、ジェスは、ザンドがやっと喋ったな、などと思っていた。

(――み、んな)

 ジェスの頭の中に浮かぶのは、仲間達の姿だった。

 アイリスは、大丈夫だったかな。

 マリラとライがついているから、安心だよね。

 今頃、僕を探して、走り回ってるんだろうな。

 ごめん、だけど、僕……。

 ザンドが、床に転がるジェスに向けて、杖を向けていた。

(魔法……? 何の……)

 ザンドの杖の先から、白い光が、ジェスに向かって吹き出された。



 アイリスが指さした先を、ライとマリラだけでなく、街中の人々が見ていた。

 街の一角から、巨大な光が噴き出していた。

 闇を思わせる、紫と黒の混じり合った光の奔流は、空に向かって勢いよく吹き出し、夜空に溶けて銀の粒を振らせる。

 街の人々は、一体何事かと、それを見ていた。

 きれーい、と誰かが言う声が聞こえる。

 だが、その闇の魔法の輝きを見た三人は、同じことを思った。

「ジェス、だ」

 そこにいるのか。

 三人は、光の吹き出す先に向かって、全速力で向かった。

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