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青空の冒険者  作者: 梨野可鈴
最終章 空を翔ける冒険者
126/162

126:魔法薬

「別に、冒険者じゃなくても、できそうな仕事じゃない?」

 森を歩きながらマリラが言ったのは、今一行が受けている依頼内容についてである。

 その依頼は、とても簡単なものだった。

 熱を出した商人の代わりに、森の中に住む老人から、荷物を受け取ってくる。それだけだった。

 ギールとルーイェの間に広がる森は、魔物も弱いものしかおらず、そう危なくはない。

「わざわざ商人の仲間ではなく、冒険者に依頼したのは、商品の出所を秘密にしておきたいんだって」

「……商品って、何なの?」

「教えてもらえなかった。受け取ってくればいいって」

 のほほんと答えるジェスに、それ、ヤバいものじゃないでしょうね、とマリラは呆れた。



 今回の依頼は、ルーイェで商人ギルドに顔を出していたジェスが、とても具合が悪そうで、困った様子の男に声をかけたのがきっかけだった。

 熱でふらふらになって、それでも品物の取引が明日だと困っていた商人に、是非にと頼まれて仕事を請けたらしい。

 その場には、お人好しを止めるライも、マリラもアイリスもいなかった。

「ま……、大丈夫だとは思うぜ。そいつ、商人ギルドに所属してるんだろ」

 馬を引いて歩くライが言う。この馬は、依頼主である商人から預かったものだ。

「うん、荷物もそんな重いものじゃないらしいし、僕とライだけでも良かったかな?」

 ジェスの言葉に、アイリスは首を振った。

「一緒に行きますよ、お仕事なんですから」


 依頼主に教えられた通りしばらく歩くと、森の中に小さな小屋が見えてきた。

 なぜ、二つの街から離れた、不便な場所に住んでいるのだろうと、マリラは疑問に思う。

「先に行っててくれ。俺は馬を繋いどくから」

 ライが近くにあった適当な木に、馬を繋いでいる間、三人は小屋の戸を叩いた。

「すみません、バラッソさんのお使いで来た、ジェスと申します」

 ジェスが声をかけると、中から歳を取った男の声がした。

「商品を取りにきたのか? 遅かったのお……今、手が離せないから、勝手に入ってきてくれんか」

「え? ……はあ」

 ジェスはためらいながらも、小屋の戸を開けた。戸を開けた瞬間、紫の煙がもうもうと流れてくる。

「な……ゴホ、ゲホッ」

 ジェスは不意のことに煙を思い切り吸い込んだ。毒だ、と咄嗟に判断し、ジェスは、アイリスをどうにか煙から離れた場所に突き飛ばした。だが、近くにいたマリラも煙を吸ってしまい、むせ込んでいる。妙に甘ったるい匂いのする煙だ。

「えっ! ジェスさん、マリラさんっ!」

「お、おい! 大丈夫か?」

 その様子を少し離れたところで見たライは、慌てて駆け寄り、とにかくアイリスを煙から引き離す。何かあった場合、怪我や毒の治療のできるアイリスは最優先で守るためだ。

 ライは用心のため息を止めていたが、煙はそう重くはないのか、風ですぐに流れていった。

 煙を吸った二人は、咳き込みながら、その場にへたりこんでいる。

「ふう……何だろう、これ」

 ジェスは頭を振ってゆっくり立ち上がる。ややぼんやりしているが、苦しそうな様子はない。

「だ、大丈夫ですか! 〈浄化〉の魔法を――」

「いや、大丈夫みたい……苦しくないし。マリラは平気?」

 ジェスは座ったままのマリラに手を貸したが、マリラはぼんやりしたまま、虚ろな目で周りを見渡した。

 そしてマリラは、ぼうっとしたまま――ライに抱きついた。

「な、なっ?」

 突然押された格好になり、ライは尻餅をつく。その腕にマリラは顔を赤らめながら頬擦りをした。

「にゃー」

「に、にゃー、って……?」

 甘えて擦り寄ってくるマリラに目を白黒させるライ。ジェスとアイリスは、硬直して呆然としている。

「マ、マリラ……?」

「にゃあ」



「すまんのう、まさかお嬢さんが来ていたとは」

 小屋の主の老人は、顎髭を触りながら言った。

 いかにも魔法使いという風貌で、部屋の中心には蓋をした大鍋がある。大鍋には、今はしっかりと蓋がされていた。

「まあ、しばらくしたら薬の効果も切れるからのう」

 そう言われたライは、老人を凶悪な目付きで睨んでいる。その横には、まだ猫のように、にゃあにゃあ言いながらライにくっついてくるマリラがいる。

「……あの煙は惚れ薬、だったんですか」

 あの薬を飲む――今回は蒸気を吸ったわけだが――をした者は、最初に見た異性を好きになる。老人の説明に、ジェスは驚き、アイリスは顔を赤らめ、ライは軽い頭痛を覚えた。

「作ってる途中でな。儂は作った本人じゃから効かぬが」

 老人が一人で森の中に暮らしている理由も納得がいった。こんな煙を出す家が街中にあっては大迷惑だ。

「うーん、いつもバラッソは男一人で来ていたし、奴がまさかお嬢さんの使いをよこすとは……」

「……パーティに女性がいるとは思わなかったんでしょうね、依頼を請けたのは僕だけだったから」

 ジェスの言葉に、アイツもせっかちよのう、と老人が呟く。

「相手も確かめずにドアを開けさせるあんたの方が無用心だろうがよ!」

 ライの言葉に老人は、ほっほっほと笑う。

「そうカリカリするな、若いの、役得じゃろう」

「後が怖いんだよ!」

 立場こそ逆だが、ジェドラールの一件が思い出される。薬の効果が切れた後、マリラはライを殴るかもしれない。

 ライはため息をついた。

「ったく。こんな薬使う奴の気が知れないぜ」

「そうかの? お主には好いておる女性はおらんのか?」

「いても要らねえ。恋愛の醍醐味は、口説き落とすところだね」

 ライの言葉に、ジェスはへえ、と相槌を打った。過去に経験があるのだろうか。今度ゆっくり聞いてみよう。

「ふーむ。まあ、確かにこの薬の効果は短いから、これだけで相手と相思相愛になれるかというとのう。それでも、藁にもすがる思いで使う者もいるからの。かなりの高値で売れておるわい」

 一方で、材料はそれほど高価ではない。依頼主の商人は、この薬の販売を独り占めするために、わざわざ秘密で頼んだのだ。

「そうそう、変わった使い方に、家畜に飲ませるというのもあるでな? 惚れ薬というても、要は同種の雄と雌をくっつけるわけじゃ。肉の美味い家畜を作るのに重宝するそうな」

「はあ……動物にも効くんですね」

「儂の惚れ薬が効かぬ生き物はおらん」

 老人は胸を張った。特殊な材料を混ぜ合わせ、呪文を唱えながら作る魔法薬は、魔法の一種のようなものらしい。

 ちなみに、薬の効果は、反対の効果を持つ魔法や、神聖魔法の〈解呪〉で解くことも可能らしい。しかし、アイリスが試してみたところ、老人の魔法薬の効果に打ち勝つことができなかった。アイリスの魔法にも勝るとは、驚きだ。

「確かにすごい薬ではあるけど。まあ、マリラが落ち着いたら、薬を持って帰ろうよ」

「だな……」

「にゃー!」

「はいはい」

 マリラが、ライが自分を見ないことに抗議したらしい。ライはマリラを適当にあしらいつつ、できるだけ体に触れないようにさりげなく距離を取る。だが、すぐにマリラから近づいてくるので諦めた。

 そんなマリラをなるべく視界に入れないようにしつつ、ふとライはジェスに尋ねた。

「そういえば、何でジェスは平気なんだ?」

「え?」

「思いっきり、煙吸ってたよな?」

「……うーん」

 惚れ薬が効いていたなら、マリラかアイリス、どちらか先に視界に入った方に惚れていてもおかしくないはずだ。

 まあ、そうなっていたらかなりややこしい事態だった。

「……何でだろう?」

 ジェス自身も首を傾げていた。

「それに、マリラは最初にジェスを見たと思うんだが」

「どうだろう。近くにはいたけど」

「でも、良かったんじゃないでしょうか?」

 アイリスが言うと、ジェスとライは、何が? という顔をする。

 アイリスは何も答えず、ちょっと首を傾けて、微笑んだ。



 その後しばらくして、マリラが正気に戻った。

 薬が効いていた間のことは、ぼんやりと覚えているらしく、マリラは老人を睨んだ。

「とんだ恥だわ」

 マリラは髪を手櫛で整えながら、ため息をついた。

「……まあ、マリラのせいじゃないし」

 ジェスの言葉に、マリラは不機嫌そうに答える。

「分かってるわよ。個人的には、こんな薬を流通させる手助けなんてしたくないけど……ま、さっさと持ち帰りましょうか」

 何であれ、依頼は依頼だ。一行は、完成した薬を瓶詰めにしたものを馬に乗せ、小屋を後にした。

 ライは、マリラが自分をぶん殴ったり蹴飛ばしたりしなかったことに内心ほっとした。不可抗力と思ってもらえたのか。

 そのマリラが、振り向いてライに話しかけてきた。

「ところで、ライ」

「あ?」

「ライって、彼女いたことあるわけ?」

 突然の質問に、馬を引いていたライはつんのめりそうになった。

「何か言ってたわね、恋愛は口説き落とす過程が楽しいとか何とか、偉そうなことを」

「なっ、おい」

 マリラがにやりと意地悪く笑うのに、ライは冷や汗をかいた。

「意識あったのかよ!」

 にゃーにゃー言ってたくせに。

「薬が抜けると段々思い出してくるのよ。で? モテたでしょうね? 腐っても王子様だし?」

「ここでそれを言うか!」

 ライは助けを求めて仲間たちを見るが、ジェスは僕も聞きたい、と笑っている。アイリスは少し頬を赤くして顔を逸らした。

「知らねえ! 何もねえよ!」

「慌てるなんて怪しい! 教えなさいよ!」



 森の中を行く、一行の賑やかな声に、老人は目を細めた。

「若いってええのう」

 ほっほっほ、と笑いながら、老人は鍋をかき回した。

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