124:数字当て
マリラは、甲板の上でため息をついた。潮風が、金の髪を巻き上げて流す。
「暇だわ」
行きの時もそうだったが、帰りの時ももちろん暇だ。航海は半月もある。本はとっくに読み終えてしまった。
そうして暇を持て余し、新しい魔法でも覚えようかと、杖をくるくる回す。
(この前聞いた、〈変化〉の魔法でも覚えてみようかしら。使いどころがあるかどうかは分からないけど、暇つぶしにはいいかも――あ、でも〈解除〉を先に覚えないと、元に戻れないわね)
そんなことをぼんやり考えていると、ジェスに声をかけられた。
「あ、マリラ、やっぱりここにいた」
「ジェス?」
ジェスが、マリラに手を振って近付いてくる。
「今、皆で遊んでたんだ。マリラも誘おうと思って」
「あら、いいわね、賽子遊び?」
「いや、新しい遊び。船乗りの人に教えてもらったんだ」
マリラがジェスに連れられて船室に向かうと、ライとアイリスが紙を手に向かいあっていた。
「『379』?」
「う……一線二点です。次は私ですが……『508』」
「残念。一線一点だな。よし、『397』。俺の勝ち」
「うー……負けです」
数字を言い合っていたが、どうやら勝負がついたらしい。マリラは尋ねた。
「楽しそうね。どういうルールなの?」
「それぞれ三桁の数字を決めて、相手の数字を先に当てた方が勝ちって遊びだよ」
ライは、自分の手に持っていた紙を見せた。そこには『581』と書いてある。
「まず最初に、三桁の数字を決めて、相手に見えないように書く。この時、各桁の数字は違うものにする。0が先頭でもいい」
「で、互いに相手の数字を先に見抜いた方が勝ちかな。これかなって思った三桁の数字を言い合うんだけど、この時、どのくらい数字が当たってるかを言うんだよ。桁の位置と数字が合っていたら『線』、桁は合ってないけど、数字が重なってたら『点』で表すんだ」
「ふーん……そこで嘘をついちゃいけないのね。完全に頭脳戦かしら」
「意外と運の要素も強いけどな。やってみるか?」
ライはマリラに紙とペンを渡した。
「いいわよ。これも元は賭け事?」
「いや? けどまあ、何か賭けても面白いかもな」
ライはにやりと笑うが、パーティの財布はほぼ共同なので、金を賭けても仕方ない。
「勝った方の言うことを、負けた方が一つ聞くってどうよ」
「……いいわよ」
マリラも負けず嫌いだ。
賽子遊びの時は、表情を隠すのが上手いライに何連敗もしてしまったが、これには騙し合いや駆け引きの要素はあまり関係なさそうだ。じっくりやれば勝てるという自信がある。
マリラは自分の手元の紙に『642』と書いた。
「アイリス、次は僕とやる?」
「はい。でもその前に、お二人の勝負を見ませんか?」
そう言って、アイリスはジェスを誘う。横を見ると、お互いそれこそ火花が飛びそうなほど真剣な表情で向かい合っている。
「確かに、それも面白そうだね……」
ジェスとアイリスは、向かい合う二人を横から見る形で座った。
「最初だし、ハンデってことで、先どうぞ」
ライが最初のターンをマリラに譲った。
「あら、いいの? じゃあ……『579』」
「――二線〇点」
ライはついてないな、という顔をする。最初の一ターン目は、何の情報もないので、完全にあてずっぽうだが、それで数字を二つも暴けたのはラッキーだ。
(確かに、思ったより運の要素が強いわね。勝てるかも?)
「じゃあ次、俺な。『579』」
「え……あ、〇線〇点。」
ライがニヤッと笑ったのが分かり、マリラはむっとした。
(思った通りか)
自分の持っている数字は無意識に避けて言ってくるのではないかと思って、マリラが最初に行った数字をそのまま言ってみたが、狙い通りだったようだ。
まったく当たっていないというのは、悪いことのように思えて、そうではない。それら3つの数字はまったく入っていないということが分かるので、かなり対象が絞れる。変に数字がかするよりは得られる情報量は多い。
マリラもそれが分かるのか、少ししまった、というような顔をしている。
「次は私よ。『517』、どう?」
「ちっ……〇線一点」
(やっぱり、マリラは頭の回転が速いな……)
論理的に、効率的に、少ないターンでこちらの数字を的確に絞ってくる。この時点で、ライの持っている数字の一の位と、十の位はマリラにばれた。
(あと2ターンくらいで決めねえと、負けるな)
ライはそう考えて、じっとマリラの顔を見る。
(この時点で、あと6通りまで絞れたわね。ライの方は私の持っている数字に対して、210通りのパターンが考えられる以上、こっちが有利のはずね)
次はライのターンだ。ライは考え考えながらなのか、少しゆっくりと数字を言った。
「じゃ、次は俺な。そうだな……『8・2・6』」
「〇線二点よ」
「ふーん」
マリラは内心安堵する。数字は二つ当たっていたが、桁はずれているし、どれが当たっているかも分からないはずだ。まだこっちが有利のはず。
(今度こそ勝つんだからね)
ライは、内心笑いを堪えていた。
(いや、分かりやすいぜ、マリラ)
わざとゆっくり数字を言ったのは、マリラの表情を伺うためだ。『8』を言った時と、『2』『6』を言った時で、明らかに目の動きが違っている。入っている数字は『2』『6』だ。
それなりに絞れてきたが、マリラは確実にこっちを追い詰めてくる。油断はできない。
次はマリラのターンだ。
「じゃあ、次は私。『236』」
「〇線〇点だな」
やはり、ライの持っている数字の百の位を探りに来る。
しかし、ここでマリラは、可能性のある『2・3・4・6・8・0』のうち、どれを言っても、数字を二分の一に絞れたはずだ。
(敢えて『4』を避けにきた、か? ここが勝負かな)
ライは少し意地の悪い笑みを浮かべて、自分のターンの数字を言った。
「次俺な、『264』……どうだ?」
「……〇線三点」
優位を確信していたマリラの表情が、ぱっと変わる。
(――うわっ、次で当てないと、確実に負けるじゃない!)
これまでの情報で、ライはマリラの数字を確実に当てられる。
このターンで、マリラがライの数字を当てないと、もうマリラの負けだ。可能性があるのは、『479』『879』『079』の三つなのだが……。
「うう……『879』!」
「残念。二線〇点だ。さてと――」
ライはふっと息をついて、最後の数字を言った。
「『642』」
「ぐ……」
マリラは手元の紙を投げ出し、ライに見せる。ライもまた、自分の数字をマリラに見せた。『479』とある。
「あと1ターンで俺の負けだったけどな」
だからこそ悔しく、マリラは天を仰ぐ。
「あー、あとちょっとだったのに!」
二人の勝負を見ていた、ジェスとアイリスはパチパチと拍手した。
何かよくわからないが、真剣勝負だったのはよくわかった。
「ライの勝ちだね、何お願いするの?」
ジェスの言葉に、ライとマリラは一瞬ぽかんとして、あ、と声を上げる。お互い、賭け事の存在を忘れていた。
「で……私は何すればいいわけ?」
「んー」
ライはここぞとばかりに意地の悪い笑みを浮かべたが、特にこれと言って頼みたいこともない。そもそも、マリラの表情が読みやすいように、プレッシャーをかけることだけが目的で賭け事と言っただけなのだが。
しかしまあ、マリラの悔しそうな顔を見ていると、おかしくてたまらない。これだけで価値はある。
「ま、保留で」
「ちょ、ちょっとお……」
ライは肩を竦め、外の空気吸ってくる、と言って、すたすたと船室を出ていく。
「ライは、マリラの悔しがる顔が見られたから満足みたいだね」
ジェスはのほほんと言った。マリラは髪を手櫛で整えながら、というよりかき回しながら、憮然とした表情をした。
「何よ、それ……」
アイリスはくすくすと笑いながら、そんなマリラの様子を見ていた。
「ライさん、楽しそうでしたよ? 私達相手には、本気を出せないみたいですから」
「……ええ?」
「うん、そうだね。それに、ライがああいう表情見せるの、マリラにだけだと思うよ」
ジェスは何てことないことのように言ったが、それを聞いてマリラはちょっと顔を赤くして目を逸らした。
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