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青空の冒険者  作者: 梨野可鈴
最終章 空を翔ける冒険者
123/162

123:変身

 一行は木陰で、遅めの昼食を食べていた。

 南国の果物を使ったサンドイッチに、香辛料のきいた魚料理は、この島の名物らしい。

 道行く人々は、食事中の一行をちらちらと見る。冒険者が珍しいからではない。横に、縄でぐるぐる巻きにされた男が転がされているからだ。



「……で? この男、ライの知り合いなわけ?」

 不機嫌な様子のマリラは、この男のことを話題にするのも嫌という様子だ。

「残念ながらな。……まあ、このまま海に沈めてくれていいから」

「レオンハート殿下、いくら何でも恩師にそれは酷いってもんだろ」

「黙れエロ親父が!」

 マリラはすっと杖をジェドラールに向け、彼の周りの空気を魔法で操った。これで奴が何を言おうとこちらには聞こえない。

「……結局、この人誰?」

 ジェスの問いに、ライはため息をついた。

「ジェドラール・テンペラスト。元宮廷魔術師で、俺の家庭教師をやってた」

 テンペラストといえば、魔法使いの優秀な一門だと聞いたことがある。マリラはその名前を聞き、ちょっと驚いたが、何も言わなかった。ジェスとアイリスは、宮廷魔術師というところに驚く。

「へえ……そんな位の高い人なの?」

「ドラゴニアは良くも悪くも実力重視の国だ……魔法使いとしての実力は高いんだが……」

 そこまで言ってライは項垂れた。あとは何となく察しがつく。

 猫を見て、ライがすぐにジェドラールの変身だと見抜いたあたり、以前からよくこの男は、猫に化けては悪さをしていたのだろう。

「俺のいない間に辞めたとは聞いてたが、まさか島で遊んでたとはな」

「宮廷は退屈だからな。南国の方が薄着で魅力的なお嬢さんも多いし」

 急に会話に口を挟んできたジェドラールを、一行ははっと見た。ジェドラールはマリラに向かって片目をつぶってみせた。

「お嬢さんの風の魔法の使い方は面白いね。今度参考にさせてもらおう」

「……魔法を解いたわけ?」

「ちょっと逆向きに風を渦巻かせただけだよ」

 そう言うが、ジェドラールは杖を持っていない。それでこれだけ巧みに魔法を使えるのだから、確かに優れた魔法使いだ。縄だって、その気になれば簡単に抜け出せるはずだろう。

「俺のことより、殿下。こんな所にいていいのか? ここはドラゴニアの貴族も沢山いるぞ」

「冒険者の格好してたら、意外とバレねえよ。それに、もう逃げる必要もなくてな」

 肩を竦めるライに、ジェドラールはふうん、と相槌を打った。

「もしかして次の王が決まったのかい?」

「ファルトアス兄上だ。知らなかったのか?」

「そうか、どうも世俗のことには疎くてね、まあ今度貴族のお嬢さんにでも聞いておくか」

「ああ」

 そのやりとりを聞けば、ライ――レオンハート王子とジェドラールの親しさがうかがえた。王城でのゴタゴタの際も、ライはジェドラールを最初に頼ろうとしていた。信頼もしているのだろう。

 女好きで、猫に化けて女性にすりよるなど、色々と問題があるにしても、教師としては優秀だったのかもしれないと思う。


「それにしても、さっきの呪文は何だったのかしら?」

 マリラがジェドラールに尋ねる。

「ん? 猫になった魔法かい?」

「ええ。人間を猫にするなんて並大抵の魔法じゃないでしょう」

 自分からその話題を出すということは、もう怒ってないのだろうか、と仲間たちは恐る恐る様子をうかがった。

 そんな仲間たちの視線に気付いて、マリラはため息をつく。

「……許してはいないけど、魔法使いとしては気になってね」

 ジェドラールも魔法使いとして、その問いに素直に答える。

「〈変化〉の呪文さ。元に戻る時は〈解除〉を唱えてる。まあ、まだ自分にかける分には難しくはない、抵抗がないからね」

「ふうん……」

 ジェドラールは呪文を唱えた。たちまち体が縮み、白い首輪の、銀褐色の猫が現れる。猫はぴょんと跳ねてみせた後、すぐに人間の姿に戻った。

 ちなみに、さりげなく、猫に変身したことによって体が縮んだので、縄から抜け出している。

「こんな感じだね。まあ、俺も猫以外にはならない」

「他の生き物は、難しいのかしら?」

「一般に元の状態とかけ離れた生き物になる方が難しい。自分より大きい生き物もね。だから虫や蛇、牛なんかは難しい。不可能じゃないがね」

「……だったら、猫より、犬とか狼とかの方が、体の大きさはまだ近いだろ?」

 ライの指摘に、ジェドラールは首を振る。

「小さい生き物じゃないとご婦人に可愛がってもらえないからね」

 まだ言うか。一同は呆れた。

「マリラ、だったかな。もし興味があるなら、今晩俺の宿に来てもらえれば、もっと詳しく――痛っ」

「俺の仲間にちょっかい出すな」

 ライがジェドラールに肘鉄を入れていた。

 遠慮のないやりとりに、思わずアイリスは笑ってしまう。

「仲間? ふうん……」

 脇腹を擦りながら、ジェドラールはジェス、アイリス、マリラを順に見た。

「そうか。じゃあ、まあ、君たち、殿下をよろしく頼むよ」

 ジェドラールはそう言ってくくっと笑い、特にマリラに向かって片目を瞑ってみせた。そして、手を振って去っていった。



 次の日、船は島を出発した。

 ライは甲板に立ち、遠ざかる島を眺めていた。

「……良かったの? 昨日はライだけでも、彼の宿に泊まってゆっくり話してきても良かったのに」

 ジェスの言葉に、ライは首を振る。

「気持ち悪い。そんな仲でもねえよ」

 そう言いながら、ライは遠い昔を思い出す。

 ジェドラールが少年だった自分に初めて教えたことが、女の口説き方なのだから、その破天荒さには恐れ入る。

 元々、教えるように命じられていた、王子に相応しい教育だけでなく、渡世術や庶民の常識、広い世界の事、さらには下世話なことまで、とにかく色々な事を教えてきた。王子につけるには、あまりにも風変わりな家庭教師だった。

 だが、彼が自分の教師でなければ――世間知らずの王子では、城を飛び出すことなど、とてもできなかっただろう。

「ったく……。……会った途端あんな様子じゃ、礼を言おうにも言えねえだろうが」

 ライの呟きは、波の音の間に消えていった。

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