120:出航
「……んっ」
目を覚ました時、ジェスはベッドの上だった。
「ジェスさん! 気が付いたんですね」
ベッドの横に付いていたアイリスが、ジェスを見て、ほっとした顔をする。
「……あれ? 僕……」
「魔物を退治した後、気を失っていたんです。覚えていませんか?」
言われて、記憶が蘇ってきた。
「ああ、そうだ。水蛇の頭を落としたとこまでは、覚えてるけど……」
「気絶したんだよ、その後」
そこに、ライとマリラが入ってきた。ジェスはゆっくり体を起こしながら周りを見渡す。どうやらここは、バランの宿らしい。
気絶して海に沈みそうになっていたジェスを、ライは引っ張って泳いで小舟に乗せ、三人がかりで宿に運んだ。息もしているし、目立った怪我もないので、精神力の使いすぎによる昏倒だと思われた。
こうして、魔物退治は無事終わったが、その後が意外と面倒だった。ジェスの介抱をアイリスに任せておき、ライとマリラは後処理に走った。
まず、商業ギルドに魔物退治を報告に行く。
ギルドの男が、信じられないという様子だったので、魔物退治の様子を、見ていた船乗り達に証言してもらった。男は魔物退治の事実は認めてくれたが、しかし、すぐには報酬が出せないと言った。
「アンタらへの報酬を、バランの街の金で払うわけにはいかないんだよ」
「どういうことよ?」
約束が違うと、マリラはむっとした。だが、ライはそう言われることは予想していたので、マリラを宥める。
ドラゴニアでは、民は税を納める代わりに、国は民を魔物から守る。よって、本来なら魔物退治は王国兵の仕事であり、それをジェス達のような冒険者が行った場合、報酬の請求先は、各地の街や村でなく、国になる。
「つまり、バランの街は、国に払った税金と、俺達への報酬を二重には払えないってこと」
なので、ジェス達が報酬を貰うには、やはり王国兵の到着を待ち、魔物の発生と退治の事実を認めてもらった上で、相応の手続きを踏む必要がある。
「……面倒なのね」
「まあな。ただ、この仕組みがあれば、地方の金のないような村でも魔物退治を依頼することができるんだ、一応な」
魔物の多いドラゴニアで、地方の防衛を、自衛に任せて放っておくと、国が端から滅びかねないがゆえだ。
男は、ライが国の事情に詳しいことに意外そうな顔をした。
「分かるなら話が早い。国に被害の状況を説明するから、報酬は待ってくれ」
「事情は分かるが、俺達は先を急ぐんでね……。言い値なんて無理は言わないさ。早く魔物を退治できた分、船が出せるようになって利益が上がるはずだ。そこから少しばかり、金を工面してもらえればいい」
それでも商業ギルドの男は渋い顔をした。ただでさえ船を失い、損をしているところで、余計な出費を避けたいのだろう。
ライは算盤勘定をする男と交渉した。最終的に一行が貰う報酬は、バランでの宿代とフォレスタニアへの船代をタダにすること、加えて、金貨五枚に落ち着いた。
「と、いうわけで、あんな巨大な魔物を倒した割には、まるで割に合わない報酬となった。悪いな」
ライはそうジェスに言ったが、ジェスは気にしなかった。
「いいよ、もともとちゃんと依頼を請けたわけでもなかったんだし」
ジェスとしては、港の人達が困っていたのを助けられたので十分だった。
ジェスの返事は半ば予想していたが、ライはそれを聞くとため息をつく。
「……まあいい。俺達は買い物に行ってくるから、ジェスは休んでてくれ」
「うん、ありがとう」
ライは、マリラとアイリスを連れて宿を出た。
一人部屋に残ったジェスは、ベッドに横になる。目を閉じると、疲れているのか、すぐに眠気が襲ってきた。
(…………僕は)
魔法剣から放たれる力は、もともと、ジェスの中にあるものだ。巨大な魔物を両断するほどの、破壊力。時として沸き上がる、強く渦巻く魔法力は、ジェスを支配しそうにさえなる。
眠りに落ちる瞬間、ジェスは、心の中で問いかけた。
(……僕は、本当に、何者なんだ?)
ライ達が港の市場を歩いていると、船乗りや街の人々に手を振られ、歓迎される。一行は、ちょっとした英雄扱いだった。
「あれを倒すなんてすごいな! 兄ちゃん達、強いんだなあ」
「それほどでも」
ライは軽く肩を竦めて謙遜しながら、さっさと買い物を終わらせた。
買ったのは、主にドラゴニアの特産物で、フォレスタニアに着いたら売って路銀の足しにするのが目的だ。
買い物を終え、三人は港から少し離れた岩場で休んだ。
ライは岩に腰掛け、海を見ながら、マリラとアイリスに話しかけた。
「話しておきたいんだが」
「……はい」
話の内容に予想がついたのか、アイリスとマリラは真剣な顔で頷く。
「ジェスのあの力……どう思う」
「魔法剣なのだけど、強力すぎるわ……。ジェスの中に、強い魔法の力があるのでしょうけど、私にも、よく分からない」
マリラも海を見ながら答えた。昨日の戦いを、思い出すように。
「でも、エデルと戦った時もそうだったけど、本人の意思で使いこなせるわけではないみたいね……。今も、力の使いすぎで気絶しているみたいだし」
「ああ。ただ、俺が気になってるのは……ジェスの力が誰かに利用されないかってことだよ」
アイリスは俯く。
ジェスは優しい。求められれば、誰にでも手を差し伸べるだろう。その裏に、悪意があるかなんて考えずに。
「……あいつ、自分の持ってる力が分かってないぜ」
ライは頭を掻いた。
だからこそ、ライは急いでこの街を出られるよう手配したのだ。
国に報酬を請求するということは、魔物退治の功績を国に詳しく伝えることだ。ジェスが巨大な魔物を剣の一振りで両断し、倒したなどと公に知れたら、どんな輩に目をつけられるか分からない。
「ジェスさんに、無理をしないように言わないといけませんね……」
勿論、強い力があるなら、その力を人助けに使うのは悪いことではない。だが、今のジェスはどこか危なっかしい。急に強くなった力に、本人の心が追いついていないようで。
沈んでしまったマリラとアイリスに、ライはあえて明るく言った。
「ま、今まで通り、俺達でジェスを助けてやるだけだ。だろ?」
「……そうね」
「はい」
今までも、ジェスの突っ込みたくなるほどのお人好しに、付き合ってきた。
自分達も、ジェスに助けられてここにいるのだから、それが当たり前だ。
仲間――なのだから。
「そろそろ戻りましょう、ジェスさんが待ってますよ」
アイリスは、ライとマリラの手を引いて笑顔で歩き出した。
空はずっと先まで晴れわたっている。出航は明日だ。