116:収穫祭
「やあやあ、よく来た、アノンへようこそ!」
「へ……?」
村に入るや否や、陽気に突然歓迎され、ジェス達は呆気に取られた。
「な、何?」
そこは、賑やかな雰囲気の村だった。村の中央の広場からは音楽が流れ、多くの人が楽しそうに行き交う。あちこちに屋台が出ていて、食べ物のいい匂いがした。
「ああ、収穫祭か!」
ライは納得したように周りを見渡した。
「収穫祭ですか?」
「まあ、収穫を祝う、そのままの祭りだけどな。そっか……一度来たかったんだよな」
ライは嬉しそうに周りを見渡した。
この辺りは、バーテバラル山脈から流れ込む、豊かな水の恵みを受け、国有数の穀倉地帯となっている。その中央に位置するアノンの村は、ドラゴニアの食料庫と呼ばれていた。
「年に一度、王都からここまで、大量の小麦を運ぶために兵が派遣されるんだが、それに合わせて、大きな祭りをやるんだ」
村人も兵士達も、この時ばかりは身分も関係なく、飲んで陽気に歌い踊るという。ライは、城に出入りする兵士達から、そんな村祭りの様子を聞いたことがあった。
「じゃあ、いい時に来たんだね」
「そうね」
村中が浮かれていて、見ているこちらも楽しくなる。
村の真ん中の広場にはやぐらが組まれていた。たくさんの花で飾られたやぐらの上には楽団がいて、常に明るい音楽を流している。
「屋台も結構あるし、食べていこうよ」
ジェスは肉を焼いている屋台に近付いていく。横には、丸太を切って作られた簡易的なテーブルと椅子があり、多くの男が昼間から酒を飲み交わしていた。
「えーと、串焼きと、あと麦酒を下さい」
「ジェス、あの……飲むわけ?」
「うん、お祭りだし」
ジェスは満面の笑みで答える。そんな一行に、村の男達が、話しかけてきた。
「おお、兄ちゃん達は旅の人か、こっちで飲んでかねえか?」
「いいんですか?」
受け取った麦酒のコップで乾杯すると、ジェスはまず一気に飲み干した。男達からおおっとどよめきが上がる。
「兄ちゃん、いい飲みっぷりだねえ!」
「うーん、美味しいですね!」
「今年は豊作で、いい麦酒がたくさん仕込めたんだ、どんどん飲んでってくれ!」
もともと人当たりのいいジェスだが、酒の力は恐ろしい。顔を赤くしてガハハと豪快に笑う村の男達に、すっかり馴染んでいる。
ライ、マリラ、アイリスは三人で、ジェスがいるのとは別のテーブルで、肉の串焼きを食べていた。
香草を効かせた肉は、辛めの味付けで、とても美味しく、麦酒が進む。ライは一杯だけ頼んだ麦酒をちびちびと飲んでいた。マリラとアイリスは薄く切った果実やハーブを浮かべた、香り水という飲み物を飲んでいる。
「ジェスを止めなくていいの……?」
「あれは大丈夫だろ……」
ジェスはさっきからどんどん酒を飲み干しては、次々に飲み勝負を挑む若者の相手をしている。一体、あの小柄な体のどこにそんなに酒が入るのか。
そうしていると、広場から聞こえてくる音楽が変わった。陽気でテンポの速い曲から、少しゆったりとしたメロディの曲だ。
曲が変わると、それまで広場で踊っていた人々のうち、半分ほどがやぐらから離れた。残り半分の人々は、近くにいた異性の手を取って踊る。どうやら次の曲は、男女がペアになって踊る曲のようだ。
頭に花を飾り、スカートをひらひらさせながら踊る女性達はとても華やかだ。アイリスはその様子を眩しそうに見た。
その視線に気付いたマリラは、アイリスに微笑みかけた。
「あら、良かったら、踊ってきたら?」
「えっ? でも」
「ライに相手してもらえばいいじゃない」
「え、俺?」
急に名前を呼ばれたライは、ちょっと考えたが、頭をかいて立ち上がる。
「ま、いいか。……マリラは?」
「私はここで見てるわ」
「あっそ」
ライは、アイリスと一緒に、広場で踊る人の輪に加わった。マリラはその様子を、座ったまま遠くから見ている。
白い花を盛った籠を持った村人が、近づいてきたが、ライは要らない、と手を振って示した。
「アイリス、踊ったことは?」
「ええと、礼儀作法の一つとして、小さい頃少しだけ習いましたが」
「そんな肩っ苦しいもんでもないだろ」
ライはアイリスの手を取り、軽くステップを踏む。アイリスは軽やかにライの周りをくるくる回って舞う。
マリラはその様子を、遠くから微笑ましく思いながら眺めた。
アイリスは修道女として、慎み深く振る舞うことを常に強いられてきたが、最近は、こうして積極的な一面を見せる。本当は、好奇心の強い性格なのだろう。
ライは、身長差のあるアイリスを、うまくリードしながら、自分の周りで自由に踊らせている。元々貴族の出身である二人が一緒に踊れば、どうしても優雅な調子になる。端から見れば、貴族の兄妹のようで、村娘や兵士が踊る中で、そこだけ光が当たったように浮いていた。
「まあ、腐っても、王子様ね」
マリラがそんなことを呟いた時、曲が終わった。アイリスは頬を上気させ、ライの手を離すと、スカートの端をつまんで、ちょこんとお辞儀をした。可愛らしい。
二人はそして、マリラの方に戻ってこようとしたのだが、そこで、ライが近くにいた村娘に話しかけられたのが見えた。
(何してるのかしら?)
ライとアイリス、村娘は何やら話している。ライが頷いたのが見えた。次の曲が始まると、ライは彼女の手を取って、踊り始めた。アイリスだけがこちらに戻ってくる。
「……お疲れ様。ライは……」
「はい、あっちで踊っていますよ」
アイリスは素直に答えたが、それは見れば分かる。
「そうね」
「……マリラさん?」
マリラの声がやや低い。アイリスはきょとんとしたが、ちょっと考え事をして、そっとそこから離れた。
「マリラさん」
明るく自分を呼ぶアイリスの声に振り向くと、手に白い花を持ったアイリスが笑顔で立っていた。
「あら、どうしたの、その花」
「頂きました。配っているんだそうです」
「そう、綺麗ね」
アイリスは不機嫌なマリラの後ろに立つと、金の髪にそっと触れた。
「女性は、この花を髪に飾るのが、収穫祭の伝統なんだそうですよ」
確かに、若い女性にはこれと同じ白い花を飾っている人がたくさん見られた。飾っていない女性もいるようなので、強制ではないようだが。
そう言って、アイリスはマリラの髪を取って結いながら、結い目に花を挿して、髪飾りにする。茎を髪に編み込むようにしているので、簡単には落ちない。
「私はいいわよ、アイリスに飾ってあげる」
「いいんですよ、マリラさんの髪、とっても綺麗ですから」
「え? でも」
清楚な白い花は、自分のようなウェーブのかかった金の髪より、アイリスのような水色の真っ直ぐな髪の方が似合いそうだ。
しかしアイリスは、さっさと髪を結いあげると、まだ飲んでいるジェスの方を見た。
「私は、ジェスさんをそろそろ宿に連れて行きますね」
「あ、そうね、飲みすぎると体に悪いから……」
「いえ、ジェスさんというより、一緒に飲んでいる方達が可哀想ですので……」
振り向いて、マリラは絶句した。多少顔を赤くしながら、一人平然としているジェスの周りで、飲み勝負を挑んだ男達がぐったりしている。
マリラは呆然としながら、呟いた。
「……ジェスって、何であんなにお酒が強いの?」