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青空の冒険者  作者: 梨野可鈴
第七章 竜の山と旅人達
115/162

115:草原の墓

 竜の生まれた洞窟から、ジェス達一行は更に西に歩き、森を抜けることにした。結局、バーテバラル山脈を東から西に突っ切った形になる。

「一回ホルンの村に戻って、依頼の報告をしなくていいのかしら?」

「いいんじゃねえか? 報酬は前払いだし、そもそも依頼を達成した証拠がねえぞ」

 ライとしては、また山を越えてホルンに戻るのはかなり面倒だった。

 第一、フォレスタニア大陸に向かうなら、船着き場のある南西へ進む必要があるが、ホルンは逆方向だ。

「だけど……」

「カジャラッシャ様は、私達のしたことを、ご存知のような気がします」

 アイリスは、竜のロザリオを握って言った。

「きっと、私達が行きたいと思う場所に、真っ直ぐ進んでいくことを、お望みだと思います」

 アイリスの言葉には、妙な説得力があった。何となく、カジャラッシャならそう言いそうな感じもする。


 そして森を歩き、草原に出ると、一行は奇妙なものを見つけた。

「草原に、石がたくさん並んでる……?」

「……。」

 石はほぼ等間隔に、明らかに人為的に並べられていた。

 近付くと、表面に文字が刻まれているのに気付く。それを読み、アイリスは小さく声をあげた。

「お墓……。もしかして、ここは」

「メローラ町長の娘さんがいたっていう、村の跡だ……」

 風が吹き抜け、草がざわざわと擦れて音を立てた。


 かつて村だった場所は、今は草原に変わっていた。

 墓石と、村について書かれた石碑があるだけだ。

「魔物に滅ぼされた、か……」

 ライはその説明を読んだ。

 魔物に滅ぼされた無人の村や砦は、跡を残さず焼くのが基本だ。

 そのため、村の痕跡は跡形もなく、残された墓も、丈の高い草に覆われ、気がつかず通り過ぎてしまうかもしれない。

「メローラさんの娘さんのお墓はどれなんだろう?」

 皆で墓石を調べるが、分からなかった。名前が彫られていない墓石が、半分以上あったからだ。

「……無理もねえな。魔物に滅ぼされて、来た兵士がその場で埋葬したんだ。誰が誰だったかなんて、分からなかっただろうし……」

 アイリスは沈痛な顔をする。マリラは、そっとアイリスの頭を撫でた。

「私達がここに来たのも、何かの縁よ。出来ることをしましょう」

「……はい」


「だいぶ綺麗になったな」

「だね」

 ジェス達は、一つ一つの墓の土埃を払っていった。作業の邪魔になる伸びた草は、マリラが風の魔法で一掃した。

「それにしても、何でこの村、襲われたんだろうな」

「……そうだね」

 墓の数からすると、決して村人が極端に少ないということもない、普通の村だったと思われた。

 人の多い集落を、魔物が群れをなして襲うことはごく稀だ。この辺りは確かに田舎だが、国の監視がないわけでもない。

「何か理由があったのかもしれないけど……分からないね」

 四人で手分けして綺麗にした墓の前に、アイリスが跪いて花を手向けた。

「……ここに村があった事、たくさんの方が眠っている事は、忘れませんから」

 どうか、聖龍のもとに、安らかに迎えられるように。

 アイリスは祈りを捧げた。



 ジェス達はそれから、近くにあるはずの村へと向かった。

 一行が去ったしばらく後――草原の墓に、一人の女性が現れた。

 赤髪の女戦士――エデルだった。


 彼女の美しい顔に表情はなく、赤い髪は艶もなく乱れていた。

 自分でもどこへ向かっているか、よく分からないまま、その足は自然と、彼女の故郷へと向いていた。

 虚ろな様子で歩いていた彼女の足は、突然止まる。

「…………?」

 徐々にその顔に、驚きが広がる。

 草に覆われ、忘れ去られたように埋もれていくばかりだった彼女の故郷の墓が――綺麗にされていたのだ。



 エデルは、何度も目を擦る。

「一体、誰が……」

 こんなとうに地図から消えてしまったような、今や誰もその存在を覚えていないような村を、誰が訪れてくれたというのか。

 この村の村人はあの日、エデルを残して全員死んだのに。

「……。」

 エデルは、ふらふらと、草の刈られた地面へと進み出て、その中央に座る。

 知らず、嗚咽が漏れた。

「………ありが、とう」

 誰とも分からない相手に、礼を言う。

 家族を弔ってくれたこと。そして、エデルを救ってくれたこと。

 もし今のエデルが、滅びていくばかりの故郷を見たら、自分もその場で朽ちていこうとしたかもしれない。

 今も昔も、自分の無力さに打ちひしがれたままで。

 エデルは、折れた剣を手に取り、その欠けた刃を眺めた。

(私は――竜を殺すために、生きてきた)

 かつて、この村を襲った、竜がいた。

 その黒い竜は、闇の炎を吐いて村を焼き、エデルから、家も、家族も、友達も、何もかもを奪った。

 一人生き残ったエデルは、飛び去る竜に、竜への復讐を誓った。

(……だが、どうだ。今の私は……)

 強さを求めて腕を磨き、魔物との戦いに身を投じ、剣の強さを称賛されるうちに――何かを忘れたのだ。

 自分が傷つくことも厭わず、卵を守ろうとした竜を、それを守ろうとした彼らを、傷付けた。

「私にとって、一番強い人は、……お母さんだったのに」

 竜の息の前に、身を投げ出して自分を守ってくれた、母親。

 今の私は、母を理不尽な暴力で殺した、あの黒竜と同じではないか。

 エデルは、故郷の墓の前で、震えて泣いた。泣き疲れて、いつしかエデルは眠ってしまった。



 瞼の隙間から、強い光が見え、エデルは小さく呻いて目を開けた。光の正体は朝日だった。気付けば、朝になっていたらしい。

 エデルは身を起こした。冷えた体を擦って露を払うと、自分が地面に横たわっていたことに気付く。

 一晩の間、あれだけ無防備に眠っていたのに、エデルは生きていた。

 竜が卵を温め、強い魔法力を放った影響で、この一帯には魔物がいないからだ。

(……生きて、いるのか……また)

 あの時も――焼かれて消えた村の中、黒い炎に包まれて、崩れ落ちる家から、どこをどうして逃げたのかも分からないまま、草むらの片隅で震えていたエデルは――朝日で目が覚めた。

 エデルは立ち上がった。墓を後にし、草をかき分けて、進みだす。その手には、折れた双剣が強く握られている。

 生きている。いや、生かされている。

「行かなくては、ね」

 まずは、竜の伝承の多く残るこの地を、離れよう。再びエデルの心が、復讐に囚われてしまわないように。

 いつか――また、この地を、胸を張って訪れられるように。

 山々を、朝日が美しく照らし出していった。

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