114:竜の子
「ごめん、皆、心配かけて……」
マリラからこれまでの話を聞き、ジェスは謝った。
「話を聞くと、僕は結構長いこと、気を失ってたんだね」
「無理したのよ」
マリラは答えた。崖から飛び下りたこともそうだが、エデルとの戦いも、ジェスの体には、かなり負担だったのだろう。ジェスはアイリスの魔法で怪我を治してもらい、今は休んでいる。
「……ったく、ほら食え」
ライは、獲ってきた兎の肉を焼いて、ジェスに渡した。肉の焼けるいい匂いが洞窟中に広がり、子竜がくんくんと鼻を動かした。
一行は、竜の親子と共に、洞窟の中で休んでいた。
アイリスは、呪文の詠唱を止め、ふう、と息をついた。
竜の傷はこれで全部塞がった。体が大きく、傷はあちこちにあったので、一度には回復魔法をかけきれず、時間がかかった。
「お疲れ……アイリスも休んで」
「はい、でも大丈夫ですよ」
魔法を連続使用しているアイリスを気遣ってマリラが言う。
アイリスも火の傍に座ったが、その表情は無理しているようには見えない。
「このロザリオのお陰でしょうか」
アイリスは、白亜のロザリオを見た。このロザリオを使い始めて少し経つが、魔法の発動が少し楽になっている気がする。
「それを使いこなせるようになったのはアイリスの実力よ。ただ強い魔法具を使えば、強い魔法が使えるわけではないもの」
そんな話をしていると、竜が話しかけてきた。
『……妙な人間には、妙な連れがいるものだな』
『妙ですか?』
マリラが古代語で答えると、竜は返す。
『竜の傷を癒そうとするなどな。大概は、竜に癒してもらおうとする人間ばかりだ』
『それは癒しの力を持つ血のことですね。……もしかして、ご自分の血を舐めた方が、早かったのですか?』
『自分の血で傷は治らぬよ』
マリラはふむふむと相槌を打ち、竜の話を熱心に聞く。竜と話せる機会などまずない。ジェスはその様子を見て言う。
「マリラが古代語を話せて良かったよ」
ジェスを見つけた三人は、次に、すぐ横にいる竜を見つけて慌てた。慌てて自分達は危害を加えるつもりはないこと、ジェスをすぐ連れていくことを、マリラを通訳にして話したのだが、意外にも竜はなかなか話せる相手だった。
むしろ卵を守ったことの礼を言われ、しばらくはこの辺は魔物が出ないから少し休んでいくようにと勧められたのだ。
「きゅんきゅん!」
金色の子竜は、今や目が開き、遊びたい盛りのようだ。くりくりとした目を好奇心でいっぱいにし、ジェスに飛びかかってきた。
それなりの巨体なので、飛びかかられると危ないのだが、ジェスはうまく爪をかわして、尾をいなしながら、遊ぶ子竜とじゃれあっている。
「あはは、可愛いなあ、本当」
「……そ、そうか」
ライはその様子を、若干心配しながら見ている。子竜は遊んでいるつもりなのかもしれないが、端からは襲われているようにしか見えない。
「綺麗な金の鱗なんですね」
アイリスが言うと、マリラの通訳を通してそれを聞いた竜は、ふっと遠い目をした。
『……この子は父の属性を受け継いだのだ。生きていれば、見せたかった』
「……え」
『あらゆる獣が、子を成すのは命懸けであるように、竜も卵を孵すには全身全霊で魔法力を注がねばならん。彼にとっては三番目の子でな――卵に命を渡して、力尽きたよ』
だからこそ、竜が子を生むのは、その長い生涯の中でも、ごく稀なことであるという。
子竜がジェスに馬乗りになりそうになったところで、さすがに見かねた緑竜が、自分の尾をたんたんと地面に打ち鳴らして子竜を誘う。
きゅうきゅう、と鳴きながら、次は親竜の尾で遊ぶ子竜を、一行は見つめた。
「命懸け、か……」
ジェスは呟いた。
ライはその言葉に、少し複雑な感情が混ざるのに気付いた。
(ジェスは、生まれてすぐ捨てられてたのを拾われたから、両親と血が繋がってないんだったか……)
そういえば、このパーティでは、ほとんど家族の話をすることはないと思い当たる。
アイリスは実の親兄弟をほとんど知らないと聞いている。ライも、事情があったから、最近まではあえて話していなかった。
(マリラは……この前、叔母の話をちょっとしてたか。あまり実家の事は話したくなさそうなんだよな)
皆が様々な思いで見つめるのにも構わず、竜の子は転がったり、手足をぱたぱたさせたりするのに忙しい。
「きゅーっ、きゅー」
『こちらにおいで、愛する我が子よ』
緑竜が優しい声で言うと、ジェスははっとした。
竜は今――『愛している』と言った。ジェスは、古代語はそれだけは聞き取れる。
夢の中で、呼び掛けられる言葉を、ジェスは思い出そうとする。思い出せれば、マリラに聞けば、意味が分かるはずなのに、もどかしい。胸の奥がひどく締め付けられた。
翌朝、竜の親子は北へと飛び立っていった。
「お元気で!」
手を振る一行を、一度だけ振り返り、竜はあっという間に青空に浮かぶ雲の向こうへと消えた。
「さて……俺たちも行くか」
ライが、ぐっと伸びをしながら言う。
「うん、それで、相談なんだけど、皆」
ジェスは仲間を振り返った。
「一度、フォレスタニアに帰らないかな」
「……え?」
ライ、マリラ、アイリスはジェスを見た。ジェスはすまなそうに頭を掻く。
「完全に僕のわがままなんだけど……ちょっと両親に会いたいんだ」
そう言われ、ライ達は顔を見合せた。
もともと行き先も決めていないのだから、わがままと言う程の事もない。
「いいんじゃないの?」
「そうですよ」
「ああ、皆、あっちが故郷だしな。アイリスも修道院に顔出してもいいし」
ジェスは、そう答えてくれた仲間に笑顔で答えた。
「……ありがとう」
ジェスは、無意識のうちに、剣の柄を握っていた。
両親に会おう――そして聞こう。
僕は、どこで生まれたのか――僕は、何者なのか。
あの戦いから、自分の中に渦巻く、強い闇の魔法力を、ずっと感じていた。
「行こう、皆」
ジェスは、仲間と共に歩き出した。
遥か遠くから、竜が高く鳴く声が響いた気がした。