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青空の冒険者  作者: 梨野可鈴
第七章 竜の山と旅人達
113/162

113:孵化

 アイリスとライは息を吸い込み、せえの、で声を張り上げた。

「「ジェスー!」」

 その声を、マリラが風の魔法で広げていく。森中を、空気の波が駆け抜ける。

 声がかき消えるギリギリまで広げた後、次は逆に、空気を手繰り寄せるように風を操り、音を自分を中心とした一点に集める。森中の音を拾い集め、その中からジェスの返事が聞こえないか、耳を澄ませる。

「……聞こえない、次だ」

 ライは、アイリスの描いた地図に印をつけた。またしばらく進んだところで、同じことを繰り返す。

 ライ達三人は、そうやって、広がる森の中を延々探していた。



 歩き出した時、マリラがよろける。慌ててアイリスはその体を支えた。

「マリラさん……大丈夫ですか?」

「ええ……」

 そう答えたが、かなりしんどかった。森や山を歩き続ける肉体的な疲労に加え、精神を極限まで集中させ、風を精密に操り続けていたのだから。

「……あー。ほら」

 ライはマリラの前でしゃがむ。

「何よ」

「何って、背負ってく」

「えっ……」

 マリラは言葉を失った。

「そ、それは、大丈夫よ」

「大丈夫じゃねえだろ」

「でも……」

 マリラが躊躇っていると、ライは怪訝な目で振り向く。

「言っとくが、前で抱えるのは無理だぞ。それで森を歩くのは危険だから」

「そういうことじゃなくて!」

 アイリスは、ライとマリラを交互に見て、口を挟もうかどうか迷った。

(子供の私はともかく、背中におぶってもらうのは、マリラさんは恥ずかしい、ですよね……)

 しかしこれからも魔法を使わないといけないマリラに、無理はさせたくないので、できれば背負われることを勧めたい。

 マリラの躊躇をどう捉えたか、ライは苦笑した。

「マリラ、お前……。別に、アイリスより重いのは分かってるぞ? 前持ったこともあるし……」

 アイリスは咄嗟に目を閉じて顔を逸らしたが、ごっつん、とマリラがライの頭に拳をぶつける音はしっかり聞こえた。



 森を歩き続けた一行は、ため息をついた。

「……だいぶ西まで来たな。そのうち、別の山に入っちまう」

「ジェスさん……」

 アイリスは、手を組み合わせ、祈った。

(どうか――生きていてください)

 ジェスさんと、私達の運命はまだ――繋がっているはず。

 その時――向こうで、ドン、と何かが倒れたような音がした。

 はっとして、三人は顔を見合わせる。

「……ジェス、なの?」

「分からないが、行くぞ!」

 疲れた体に鞭打って、三人は音のした方へと向かった。



(やり過ぎたかな)

 倒れてしまった大木の様子を見て、ジェスはそう思った。

 ジェスの手には、黒い光を纏った剣がある。魔法剣を発動させ、宙に向かって素振りをするように衝撃波を飛ばし、洞窟の天井から見える木の枝を、切り落として手に入れるつもりだった。

 加減を間違えたらしく、木が一本倒れてしまったが、それでも大きな枝が折れて、洞窟の中に落ちてきたので良しとする。

 その枝を、やはり魔法剣でちょいちょいと切り分け、手頃な大きさにして組む。火を点けて、風を送って煽り、焚き火をつけた。

『……器用な人間だ』

「あ、煙たいですか?」

 ジェスは火にあたり、暖を取る。残念なことに、獲物は捕まらなかったので、干し肉を炙って食べていた。


 その時、コツコツ、と竜のいる方から音がした。

「……?」

 ジェスがそちらを見ると、竜が、卵から少し体を離し、それを愛おしげに見下ろしている。ジェスも同じように卵を見ていると、卵の表面に、小さなひびが入った。

「!」

 ひびは、ゆっくり、ゆっくりと広がると――急にパカリと割れて、眩しい光が表れた。

 いや、光ではなく――金色に輝く、小さな竜が、そこにいた。

 ジェスは言葉を失い、その目も開いていない、小さな竜を見る。

 竜の子は子牛ほどの大きさで、生まれたばかりでもそれなりに大きいのだが、親竜と並ぶととても小さく見える。

 濡れた体をふるふる震わせ、羽をぱたぱたさせる。そして、欠伸のように口を開けて一声鳴いた。

「きゅいー……」

 甘えるような声を聞き、ジェスはぱっと顔を輝かせた。

「……可愛い!」

『何と愛らしい子よ』

 ジェスと親竜が言うのは同時だった。

 緑竜は、我が子の体を舐めて落ち着かせてやっていたが、しばらくすると、ジェスの方を向いた。

『人間よ、我が子が無事に孵ったこと、改めて礼を言う』

「竜の赤ちゃん……可愛いですね!」

『じきに、弱った我の力も回復する。そうすればお前を送り届けてやろうと思ったのだが』

「あ、すぴすぴ言ってます。寝ちゃったかな」

 全く通じあわない会話だが、緑竜もジェスも気にしなかった。

 緑竜は、首をもたげて上を向く。それは何かを見ているというより、ジェスに上を見ろと促しているようだった。

『――どうやら、その必要もないようだな』



「あっち! 煙が上がってます!」

「何だあれ……地面に穴が開いてるのか!」

「地下に空洞があるのよ! 木も近くに倒れてる」

 ライ、マリラ、アイリスは、突然上がった煙を目印に、森を走っていた。

 間違いないという、確信があった。

「ジェス!」

 三人は、地面に空いた大穴に寄り、手をついて覗き込む。

 地面の下の空洞に、驚いた顔でこちらを見上げる、ジェスがいた。

「……みんな! 無事だったんだ!」

 笑顔でそんな事を言って、手を振るジェスに、マリラは張り詰めていた気が抜けて、その場で腰を抜かしたように座り込んだ。

「……この、馬鹿野郎が!」

 ライも怒鳴りながら、小さく震える。

 アイリスの瞳から、涙が零れ落ちた。涙を拭うこともせず、濡れた大きな瞳でジェスの存在を、何度も確かめるように見つめる。

「……ジェスさん」

「あ……」

 ジェスは、仲間達の様子に、ひどく心配をかけてしまったことを知り、おろおろとした。

 そんなジェスに、アイリスは小さく笑った。

マリラは別に太ってるわけではありません。意外とグラマーなだけです。

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