111:捜索
ライ、マリラ、アイリスは、かなり速いペースで山を下った。普通なら、体力もなく、足の遅いアイリスに合わせて進むのだが、三人は休憩もそこそこに、昼も夜もできるだけ通しで歩き続けていた。
息を切らすライに、アイリスは謝った。
「ごめんなさい、ライさん」
「いいから、アイリスは休んでろ」
アイリスはライの背におぶわれていた。そのまま早足で歩くライに、マリラも懸命について行く。
「はあ、はあ、はあ……」
ライとマリラはかなり無理をしていた。本当は休ませてあげたいところだが、アイリスは二人に〈癒し〉の呪文をかけて、体を楽にさせてやる。そうしてライとマリラは、また歩き出す。
アイリスも魔法の連続使用で、だいぶ疲れていたが、ライの背に体を預け、とにかく精神力を回復させるのが自分の使命だと言い聞かせた。
こうして、山下りの強行軍を続けているのには訳があった。
仮に、崖から落ちたジェスが木に引っかかるなり、柔らかい場所に落ちるなりして、奇跡的に助かっていたとしても、大怪我を負っている可能性が高い。それでなくても、エデルとの戦闘でかなり負傷していた。
森の中で迷子になろうが、山奥で遭難しようが、ジェスならば自然の中で生き抜いていそうな気もするが、状況が状況だ。旅の荷物も四人で分けて持っているので、ジェス一人で十分な装備を持っているとはいい難い。
できるだけ早く助けに行かなければ、手遅れになる。
そう思うからこその、無茶な移動だった。
山を下りきったところで、マリラはぐったりと座り込んだ。
「さすがに、休んだ方がいいわ……これ以上無理したら、私達が遭難してしまって、助けに行くどころではないもの」
「ああ……」
ライもアイリスを下ろし、どっかりと座り込む。
「そうですね、お腹も空きましたし……」
アイリスはライとマリラを気遣い、てきぱきと火を起こして、食事の準備をした。外で火を起こすのも最初は慣れていなかったアイリスだが、ジェスに何度も教えられ、今ではすぐに焚き火を起こせるようになった。
「ありがとう、アイリス」
そうしている間に、ライは手頃な大きさの石をいくつか地面に並べた。石はバーテバラル山脈の五つの山と同じ位置関係に置き、そして今自分達が見ている山の形から、大体の位置を割り出す。
「今は俺たちがいるのはこの辺か……となれば、ジェスが落ちた山の西側まで、北西に森を突っ切るのが一番早いな。マリラ、方角を確認してくれ」
「分かったわ」
マリラは、自分の杖を立て、その陰の伸び方で、方角を確認した。これは、最近では計算の早いマリラの役目だったが、元はジェスから聞いていた旅の知恵だった。
ライとマリラが相談している間に、アイリスが食事の支度を終えた。三人は黙々と食事を食べ、交代で少し仮眠を取ることにした。
「マリラ、眠れないのか?」
火の番をしていたライに声をかけられ、マリラはため息をついた。
「ええ……少し考え事をしてしまって」
「……俺もだ」
ライも、頭を振った。
ジェスに生きていてほしい――そう思うが、どうしても最悪の想像ばかりが浮かんでくる。
例えそうなったとしても、ジェスの事は連れ帰る覚悟は決めている。
ライの苦悶に満ちた表情を見て、マリラは居た堪れない気持ちになった。もちろん、仲間を思う気持ちはマリラもアイリスも同じだ。
だが、ジェスと共に過ごした時間は、ライが一番長い。男同士であることもあり、親友として、特別な思いがあるのだろう。
ライが王城を逃げ出し、フォレスタニアに来てすぐ、ジェスと知り合って、それからしばらくは、二人で冒険者として過ごしていたと聞いている。
「……ねえ、ライ、気になっていることがあるの」
「何だ?」
お互い、火を見つめながら、アイリスを起こさないように声を潜めて話す。
「ジェスが、エデルと戦った時のこと。どうして急に、ジェスがあんなに速く動けるようになったのか」
「……ああ」
ライも、それは分からなかった。速いだけでない。剣のぶつかり合う様子からして、あの時のジェスは、力や動体視力などといったあらゆる能力が、急激に上がっていた。
「あれは、魔法の一種だと思うわ」
ライにもそうとしか思えない。いくら何でも、あの動きは人間離れしていた。それにギリギリまでついていっていたエデルも化け物じみていたが、ジェスは、あれだけの動きをして息一つ乱していなかった。
「けどよ……身体能力を上げるような魔法があるっていうのは、知ってるけど、でも、誰がそんな」
「あの場で〈強化〉の呪文を唱えた人はいないわ。……詳しいことは分からない。魔法剣で、ジェスは自分の中の魔法の力を増幅させて、それを剣に纏わせて威力を上げているでしょう?」
魔法剣の理屈はよく分からないが、ライは頷く。
「多分なんだけど、あの時のジェスは逆に、剣で増幅させた魔法の力を自分の中にもう一度流し込んで、循環させて――それで自分の力を急激に活性化していたんだと思うの」
「……そんなことが可能なのか」
そんな事が出来るなら、魔法の扱いに長けているマリラだって、物凄く素早く動けることになるではないか。
「不可能よ、普通なら……。それこそ、古代魔法王国にいた、あらゆる魔法を使いこなしたっていう古代人くらいのものじゃないのかしら」
古代魔法王国で栄えた魔法は、今のそれよりもずっと発達していたと言われている。竜より直接、言葉と、魔法を教わった古代人は、魔法の真髄にずっと近い所にいたと。
「……。」
考え込んでしまったライに、マリラは謝った。
「ごめんなさい、変な話、したわよね」
「いや――」
ライは、白みかけてきた東の空を見上げた。
「……そろそろ行くか。アイリスを起こそう」
山を下り、森を突っ切って歩く事一日。ライ達は、山の西側の岩壁の元に辿りつく。
仲間の無残な姿を見るかもしれない――。その崖の真下に行くには、覚悟が必要だった。
だが――ジェスの姿はどこにもなかった。
最近崩れたと思われる、尖った大きな岩が、いくつも転がっている。間違いなく、崖崩れの真下はこの場所のはずだった。岩壁には途中で引っかかるような場所はなさそうだ。
「ジェスさん、どこにもいません」
「……ジェス! いたら返事しろ!」
三人で懸命に声の限り叫ぶが、返事はなく、いくらそこを探しても、ジェスの痕跡さえ見当たらなかった。
「……ジェスもいねえけど、竜の卵もねえな」
「そうですね……」
ジェスは竜の卵と共に崖下に落ちた。マリラはその時のことを思い出し、考える。
「もしかして、ジェスは竜と一緒にいるってことはないかしら?」
「え?」
「ジェスは卵を抱えていたでしょ。あの時は竜のことまで見てなかったけど……竜は当然、卵を追ったはずよ」
「……。」
マリラの仮説は、ライもアイリスも納得いくものだったが、果たしてジェスが竜と一緒にいたとして、それがいいことなのか悪いことなのか。
最強の生き物と一緒にいる限り、魔物には襲われないだろうが、その竜に襲われていたら、いくら何でもひとたまりもない。
「あれから、竜の姿は見ていません。もうすぐ生まれる卵を抱えたまま、遠くに飛び去っていくとも考えにくいですし……まだ、近くにいるのでしょうか」
「だとして、どうやって探す?」
ライの言葉に、マリラとアイリスは考え込んだ。