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青空の冒険者  作者: 梨野可鈴
第七章 竜の山と旅人達
109/162

109:黒の剣

 山の斜面では、戦いが続いていた。

 大剣を力の限り振り回すワンスに、細身の突剣で応戦するライ。ワンスの大振りの攻撃を、ライは軽いステップで避けていたが、剣の間合いが違い過ぎるため、ライも容易に近付けないでいた。

「おらおら、攻撃してこねえのか! 避けてばっかりじゃ俺は倒せねえぞ!」

「……それもそうだな」

 ライは、ワンスが下段から剣を振り上げてくるのに、突剣を打ち込んで返した。金属が激しくぶつかり合う音がした。次の瞬間には、ライの突剣が、回転しながら宙を舞った。

 ワンスは勝利を確信して、ニヤリと笑う。あんな細身の青年の小振りの剣と、自分の怪力で振るう大剣をぶつければ、力押しで剣を弾き飛ばせるに決まっていた。

 だが――。

「あごっ!」

 油断しきったワンスの顔に、ライの鋭い蹴りが入った。

 そして、回転した剣は、狙い澄ましたようにライの元へ落ちてくる。ライはそれを空中で掴むと、峰で喉を叩いた。

「ぐ、あっ……」

 ワンスが気絶したのを確認すると、ライはふう、と息をついた。

 ライは、ワンスと剣をぶつけた瞬間、手首を返して、ワンスの剣の勢いを利用しつつも、自分から剣を放り上げていた。

 真上に投げ上げた剣は、元の、ライの手の中へ落ちてきた。

 さすがに連戦で疲れていたが、まだ戦いは終わっていない。こいつらもなかなかの腕ではあったが、一番強いのは間違いなくエデルだった。

 エデルの強さは異常だった。

 しかし、ジェスやライ一人ではエデルを抑え込むことはできなくても、四人がかりでなら――特に、マリラやアイリスの魔法があれば、さすがに何とかなるはずだ。

 ライは早く助けに向かおうと、山の頂上の方を見て――驚きに息を飲んだ。



 ジェスとエデルがぶつかる瞬間、マリラは杖を向けて〈眠りの雲〉の呪文を唱えようとした。

(ジェスは怪我を負ってるし、剣の腕ではとてもエデルには――)

 この状態で魔法を唱えれば、確実にジェスを巻き込むことになるが、二人まとめて眠らせることになっても、構わなかった。

 だが、それを制止したのは、他ならないジェスだった。

「手は出さないでくれ!」

「えっ?」

 そしてジェスは、エデルの両の剣を、それこそ目にも止まらぬ速度で、打ち返していった。

 二本の剣に、一本の剣で――。単純に考えれば、あのエデルを超える速度で、ジェスは剣を振るっていた。

 あまりの剣技に、理解が追い付かない。

 マリラとアイリスは、呆然とそれを見守ることしかできなかった。

「な……っ!」

 ライもまた、ジェスとエデルの戦いを、驚愕に満ちた目で見ていた。ジェスのそれは、剣の腕の立つライでさえ、目で追うことがやっとの剣速だ。もはや、人間の動ける速さではない。

「どうなって……」

 ライはぐっと拳を握りしめた。正直、もはやこれはライが割って入れる次元の戦いではない。

 剣が激しくぶつかる度に火花が散り、闇が輝く。

 ぜえぜえと、エデルが肩で息をし始めた。

 急に動きの良くなったジェスに、エデルは混乱していた。

 しかし、ジェスは、エデルの攻撃をただ受け止めるばかりで、自分から斬りかかってこようとはしない。だが、ジェスは息を乱す様子もなく、淡々とエデルの剣を跳ね返していく。

 攻め続けているのはこっちのはずなのに、追い詰められている感覚だけがある。

 それでも、力を振り絞り、剣で喉を突く。

 ジェスの黒い剣が、その突きを真正面から受け止めた。

 

 壮絶な打ち合いは、どれだけ続いただろうか。

 ほんの僅かな時間だったのかもしれないが、息を詰めて見守る仲間達には、永遠にも思われるほどの長い時間だった。

「はあ、はあ、はあ……」

 エデルの腕はもはや震えていた。息は喉に引っかかり、血の味がする。腕は言うことを聞かず、鉛のように重い。それでも気力だけで剣を振り上げたエデルに――ジェスは横に剣を薙ぎながら水平に突っ込んだ。

 漆黒の影が、自分に刺さるように迫り――もはや、見えなかった、まったく動けなかった――死んだと思った。

 高く澄んだ音が、向こうの山まで響いて、跳ね返った。

 エデルは、どさり、と膝をついた。心臓の音がどこまでもうるさく響き――折れた双剣が、手から転げ落ちる、軽い音がした。

「……。」

 ジェスは、静かに剣を鞘に収めた。

 圧倒的な力の差だった。なのに、負けたはずのエデルは、傷一つなく――ジェスは、血だらけでそこに立っていた。

 あまりのことに、ライも、マリラも、アイリスも声が出ない。目の前にいるのは、本当に――自分達の仲間の、ジェスなのか?

 まだ銀の星が散ったままの目を、仲間達に向け、ジェスは――穏やかな顔で笑いかけた。

「うん……竜に怪我はさせちゃったけど……皆も竜も、助かって、良かった」

 そのいつもの調子に――ライはほっとした。

「ちょっと、危なかったけどな」

 マリラは、口に手を当てて考えていた。

「ねえ、ジェス、さっきの――」

 その言葉は続かなかった。山が揺れるほどの振動が、突然彼らを襲った。


 マリラの魔法で眠らされていたニケは、目を覚ました。

「むーん……?」

 あまりに深い眠りについていたので、自分がどこで、何故眠っていたのかも分からず、辺りを見渡した。ドラドも横で倒れている。

「おーい、ドラド? 何だこりゃ」

 揺すられて、ドラドも目を覚ます。魔法使いであるドラドは、マリラの魔法に抵抗を試みたのだが、結局実力の差があったらしく、眠りの魔法に捕らわれてしまった。

 ドラドも眠たげな目をこすっていたが、すぐに状況を思い出す。

「そうだ、竜は――!」

 ドラドはそこでニケと、ある物を見つけた。

 それは、戦いの最中、ドラドがニケの荷物から出して使おうとした火薬だった。

 結局、使おうとする前に、ドラドは眠らされてしまったのだが――ニケの荷物から零れた火薬の導火線に、火がついていた。

 本当にそれに火が点いていたのは偶然だった。眠らされる直前にドラドが落とした火種が、風に転がって、ニケの荷物に点火してしまっていたのだ。

「はっ……?」

 その意味を理解するや否や――ニケとドラドは悲鳴を上げてそこから逃げ出した。


 激しい爆発が、何度も山を襲う。

 ニケが竜を攻撃するために持ってきていた火薬が、次々に点火され、何度も爆発を起こしていた。

「きゃああっ!」

 立っていられなくなり、マリラとアイリスはそこに膝をついた。

「やばい! 山の上でこんな……!」

 ライが言った瞬間、火薬の爆発とは違う振動が一行を襲った。

 山崩れだ。

 竜が座っている崖の迫り出した部分に、激しく亀裂が入ったと思うと、一気に崩れ落ちた。足場がなくなり、竜は宙に投げ出され、抱えていた卵が、竜の手を離れた。

 轟音の中、誰かが何かを叫んだ。

 ジェスは、卵を追って、走り――崩れかけている岩を踏み台に、跳んだ。

 ライは、ジェスの手が卵に届くのを――巨大な卵を、抱えるように空中で捕まえたのを見た。

 そこまでだった。

「ジェス――――!」

 卵を抱えたジェスは、崩れた岩の足場と共に、遥か崖の下に落ちていった。

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