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青空の冒険者  作者: 梨野可鈴
第七章 竜の山と旅人達
108/162

108:混戦

 ドラドが放つ攻撃魔法の、石の礫を、ライは走りながら避ける。ワンスがマリラに対してそうしたように、ライもまた、魔法使いと弓使いを相手に、懐に入り込もうとしていた。

 エデルを相手にしているジェスも気がかりではあるが、ここは一旦、ワンス達を大人しくさせた方がいいと、ライは判断した。

「一人で二人を相手どろうなんて、恰好つけてんじゃねえよ!」

 ニケはそう言いながら、弓をライに向けながらもドラドと離れる。こうすれば、二人同時に懐に入り込まれることはない。

「は、じゃあお前らは恰好悪いってことか!」

 ライはそう相手を挑発してみせるが、実際のところ余裕はない。

(くっそ、せめてあの弓使いの矢が切れれば……)

 魔法使いは厄介な存在だ。ドラドを先に相手にしようと、距離を詰めようとはするが、ニケの矢がライの進路を的確に塞いでくる。


 マリラはそんな戦いの状況を横目で捉えていた。

(あの魔法使いはここから遠い……! なら狙うは!)

「アイリス! 〈護り〉をお願い!」

「はい!」

 マリラが叫ぶ。アイリスはマリラとワンスの間に壁を張った。大剣が、見えない障壁に阻まれ、マリラの目の前で止まる。ワンスの剣を握る両手に、びりびりと衝撃が伝わった。

 巨大な剣を前に真っ直ぐ怯えもせず立つマリラの様子に、ワンスは場違いにも感心した。

(ほう、度胸のある、いい女だ……)

 魔法で守られているとはいえ、その壁は見えない。普通なら、目の前に迫る剣を避けるなり、反射的に目を閉じるなりしそうなものだが。

 マリラは呪文を唱える。それは攻撃魔法ではなく、相手を眠らせる〈眠りの雲〉の呪文だ。

 狙いを定めた魔法は、ニケに向かって飛ぶ。矢をつがえていた手がだらりと下がり、ニケはその場に倒れ込んだ。

 弓使いは本来、それは遠距離から攻撃をしかけてくる厄介な相手だが、この場合は都合がいい。

 マリラの眠りの魔法は、範囲に向かってかけているので、あまり相手が近付いていると、自分や味方を巻き込んでしまう可能性があるからだ。

「助かったぜ、マリラ!」

 ライはそのまま、ドラドではなく、ワンスに向かって走り出した。


「なっ……!」

 ドラドは慌てて杖をライに向けるが、しかし攻撃魔法を唱えることはできない。さっきとは状況が逆で、ドラドは自分の魔法でワンスを巻き込むことを警戒した。

 剣士のワンス一人で、三人を相手にすることはできないだろう。慌ててドラドは、ニケを起こそうと、倒れたニケの元へ向かう。

「おい、ニケ、起きろっ!」

 しかし、ニケは完全に爆睡していて、ドラドが叩いても起きる様子はない。何かないか――ドラドは必死にニケの荷物を探った。ニケは弓使いというよりは盗賊で、色々と便利な道具を持ち歩いているのだ。

「あっ!」

 ドラドはニケの荷物から、その道具を取り出し、使おうとした。だが――。

「その弓使いと同じ所に行くなんて。私の魔法の射程内だって、思わないのかしら?」

 再び〈眠りの雲〉を唱えたマリラに、気絶させられていた。


「ふんっ!」

 ワンスは、ライと激しく剣をぶつからせて戦っていた。

「マリラとアイリスはジェスの所に行け!」

「……分かった!」

 マリラとアイリスは、ワンスを足止めしているライをその場に残し、エデルとジェスが戦っている、山の上の方を目指す。

 その前で、竜は卵にその力を注ぎ続けている。

(ジェス……!)

 マリラが心配しているのは、人間に対して竜が怒り、その力の矛先を自分達に向けることだった。そうなればこの切り立った山の中、逃げ場はない。今は卵を守ることを優先しているが、もし竜が人間を排除する方を優先し、その力を持ってこちらに攻撃してきたら――。

 マリラは力の限り叫びながら走った。

『竜よ! あなたを傷つけたことは謝ります! 人間の戦いは人間で収めるわ! どうか、この馬鹿共は私たちが回収して帰るから!』

 古代語で叫ばれた言葉の意味を理解できる者は――眠っている魔法使いのドラドを別とすれば――卵を守っている緑竜だけだった。

(竜は、かつて人間に言葉を教えた……!)

 しかし竜は、マリラの言葉を聞いているのかいないのか――ただひたすらに体を丸め、卵を抱き続けていた。

「ジェスさん!」

 そしてジェスは――、全身から血を流し、ぜえぜえと肩で息をしながら、どうにかまだ竜の前に立ちはだかっていた。

 致命傷は避けているようだが、双剣の攻撃を躱しきれない。対するエデルの身には、傷一つついていなかった。

(駄目だ、このままじゃ……)

 ジェスは、絶え間なく繰り出されるエデルの攻撃を受ける一方だった。まるで歯が立たない。当たれば強力なはずの魔法剣の一撃も、まるでエデルに当たらないのだ。

 速さが違いすぎる。

 狂ったようにただジェスを倒そうとするエデルはまるで、〈狂戦士〉の呪文にかけられているかのようだった。

 ジェスの体が、ぐらりと傾く。その隙にエデルは、ジェスを突き飛ばし、再び竜を狙う。

「駄目ですっ!」

 近付いてきていたアイリスが〈護り〉の呪文で、エデルの剣の前に小さな壁を作ったが――それはエデルの剣を弾くとともに粉々に砕けた。

(精神力が……!)

 先ほどから強力な壁を作り続け、アイリスは疲弊していた。これ以上は、竜を守る壁を作れそうにない。

 エデルは、自分の剣を阻んだものの正体に気付き――怒りを込めた目でアイリスを睨んだ。

「私の、邪魔をするな!」

 ぞくり、とアイリスは背筋が凍った。

 赤い髪を振り乱し、鬼の形相でこちらを見るエデルは――レイピアの先を、アイリスに向け、一瞬のうちに距離を詰めた。その素早い動きに、アイリスも、そして隣にいたマリラさえも、動くことはできなかった。

 殺される。

 アイリスの身開かれた青い瞳に、鋭い剣が、ひどくゆっくりと映って見えた――。


 マリラが悲鳴を上げた瞬間――黒い影が、滑るように動いた。


 アイリスに向けられた刃を受けたのは、ジェスだった。

 黒い剣は、エデルの左の剣を、そして左手は、下段から振り上げられた右の剣をしっかりと握っていた。剣と握られた手の隙間から、ぽたぽたと、血が落ちる。

「……どうして」

 ジェスは、悲しそうな声で――俯いたまま、そう言った。

 だがエデルは、歯を食いしばったまま、憎しみを込めてジェス達を睨む。

 ジェスの黒い双眸が、エデルの燃える瞳を、真正面から見た。

 黒の瞳の中に――銀の星を散らしたような光が輝く。

 エデルは素早く後ろに下がり、再びジェスを倒そうと勢いをつけて跳躍した。


「エデルさん――あなたは」

 風もないのに、ジェスの黒い髪が逆立つように揺れた。

 漆黒の剣から、闇が一瞬吹き出すが、それはすぐに消え――ジェスの周りを、黒い闇が円を描いて走った。

 瞳を彩るのと同じ銀の粒が、ジェスの周りを瞬いては消える。


 エデルが吠えたのと同時に、ジェスも静かに跳んだ。

「僕が、ここで止めます」

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